第8話 チート装備

「まるで年上の弟が3人もできたみたいだ……。」


 俺は呟いた。

 枕を投げ合う段とべべ王、二人を止めようとして逆にべべ王にいじられる東風とそれに油を注ごうとする段。

 騒ぐ彼等を抑えて寝かしつけるまで随分と時間がかかってしまった。


「そういえば忘れてたな……」


 おれはカバンから歯ブラシを取り出した。

 4人の分の歯ブラシも欲しいところだが、リラルルの村で買うしかないだろう。


(そういえばブライ村長の家は道具屋だったな……。)


 あの店の商品棚に歯ブラシがあったかどうか思い出そうとしたが、よく覚えてはいなかった。

 俺は悩むのをやめて歯ブラシを片手に庭に向かった。


(悩んでても仕方ないか……できれば明日にでもリラルルの村に生活物資調達に行かないと。)


 4人があの村でどんな騒動を起こすのか、村に迷惑をかけはしないかという不安はある。

 だが、この広いクラン拠点を5人で管理するのは難しいし不足する生活物資は歯ブラシ以外にも必ず出る。

 いつかは村に行かなければならない。

 幸いあの村には空き家が目立つ状態なのだし、そのうちの一軒を借りてそこでこいつらを生活させるのが現実的だろう。


 庭に通じる広間に出ると、長テーブルの上に食事の時に散らかった食器がそのままになっているのが目に入る。


(仕方ねえなぁ。)


 俺は皿をまとめて掴むと足で広間のドアを開けて庭に出る。


シュッ


 ドアを開けると同時に細い剣が風を切るような音が俺の耳に入って来る。

 音がした方向を見ると月明かりの中でイザネが虚空に向かってメイスを無心で振るっていた。

 イザネの黒髪と赤い鉢巻が月光を反射して光って揺れ、メイスの先にある棘の付いた丸い鉄球が、まるで軽々とレイピアを振るうかのように早く連続して宙を舞っていた。


「なんだ、寝たんじゃなかったのか?」


 イザネが手を止めて、俺に話しかける。


「俺は昼間少し寝たからまだ眠くないんだよ。

 そっちこそ、寝たんじゃなかったの?」


「寝ようと思ったんだけどベットが埃っぽくてさ……」


 ガサツなヤロー共は気にしなくても、女性は気にして当然の事だった。


「……それに、隣の部屋がやたらうるさくて目が覚めちまったよ。」


 ですよねー。

 目の前の騒ぐ三人を止めるのに夢中で、隣の部屋に音が漏れていた事にまで気が回らなかった事を反省する。


 再びイザネはメイスを振るいはじめた。


「いつもそんなふうに訓練してるの?」


「まさか。

 こんな訓練より実戦で鍛えた方が早いだろ。

 今日はあのエテ公としか戦わなかったから、やってるんだよ。」


 ルルタニアという場所ではあの大猿以上のモンスターを毎日のように狩りまくっていたという事だろうか?

 しかし、あの強さのモンスターが当たり前のようにいる世界とはどんな魔境なのだろう。

 この人達ならばギルドにきた依頼を全てを1パーティで片付けるのも可能なのではないだろうか。


「動きの初動を隠し・武器の重さ・体重移動・肩甲骨の動き・筋肉は背筋まで含め全身を利用し・腹筋はもとよりその内側にある腸の力も借り・全てを利用してより完璧な動きをマスターと共に追及してきたけど、まだまだ道半ば……だな。」


 イザネはメイスを振るい続ける。


「あの大猿を一撃で倒せる程なんだし、もう十分じゃないの?」


 半ば呆れながら俺は言った。


「あいつがヤワ過ぎんだよ。

 それにあの時は完璧なタイミングでカウンターが入ったから、あいつの力を俺の攻撃に上乗せする事ができた。

 半ば自滅したようなもんさ。」


「もしイザネさんが完璧になったら、どのくらい強くなっちゃうんだろうな?」


 ストイックに強さを求める姿勢には憧れるものがあるが、流石にここまで来るとついていけない。

 俺は井戸で皿を洗いはじめた。


「なにやってんだ?」


 イザネがメイスを振るう手を止めて尋ねる。


「見てわからない?

 皿を洗ってるんだよ。

 誰も片付けようとしないんだもの。」


「ああそうか、ルルタニアでは食べ物を消費するとその付属品の皿も一緒に消えてたからな。

 気にしてなかったよ。」


「食器が自動的に消えるの!?」


「そうさ。」


「もったいないなぁ、それ。

 洗えばまた使えるのに。」


 俺は洗っている皿を眺めて言った。

 庶民が使うような木の皿でもなく、釉も塗ってない歪んだ皿でもなく、模様の入ったちゃんとした磁器の皿だ。

 模様の柄の地味さから貴族の趣味ではないだろうが、程よく儲けている商人達が好んで使いそうな代物だった。


「半分よこしなよ。

 手伝ってやるから。」


 イザネが手袋を外して俺の隣に座り込む。

 さっきもイザネには明かりを点けるのを手伝ってもらったが、もしかしたら人が何かしてると手伝いたくなる性分なのかもしれない。


ガチャッ……カチャカチャ


 皿を受け取るとイザネは不器用に洗いはじめる。

 まるで初めて母親の皿洗い手伝いをする子供のようだ。


「もしかして皿洗いするの初めて?」


「悪いかよ。

 さっき手を洗ったのだって、俺達は初めてだったんだぜ。

 ……アッ!」


 俺はイザネが落としそうになった皿を咄嗟に支えた。


「焦らなくてもすぐに慣れるよ。

 ところで、この大量にしている指輪はなに?」


 イザネの指には多くの指輪がはめられていた。

 そういえば、食事の時に他の3人も指輪をしていたのを見たような。


「ああ、これか?

 こいつが防御力上昇の指輪で、これが毒と暗闇と睡眠耐性を付与した指輪で、こっちが凍結と……」


 俺は慌ててイザネの言葉を遮る。


「ちょっと待って!

 もしかしてこの指輪をしてれば防具って必要ないの!?」


「べべ王のような防御主体の奴なら動きが遅くなるのを承知であえて重い鎧を着て防御力を上乗せするが、それ以外の奴はこの指輪だけで防具は十分だぜ。」


「なんだよそれ……。」


 初めて会った時にイザネが半裸で戦っていた理由がわかった。

 確かにこんな指輪があるのなら、どんな格好でも冒険はできる。


「あとでおまえにもクラフトして作ってやるよ。

 装備レベル制限に引っかからないようにしなければならないから、俺達よりランクの低い指輪になるだろうけどな。」


「その装備レベル制限ってなに?」


「なにってレベルによって装備する事のできる物のランクが決められてる事だよ。

 レベル1の冒険者がいきなり最高ランクの装備を身に着ける事ができたらゲームバランスが崩れるじゃないか。」


 ……は?


「そんなの聞いた事もないよ。

 そもそもレベルってなに?

 冒険者ギルドで活躍に応じて冒険者のランク付けは確かにしてるけど、それによって装備できる物に制限が付いてるなんて話は聞いた事がないぜ。」


「え……まさか……」


 イザネは自分が嵌めていた指輪を一つ抜き取とって、試しに俺の指に嵌めてみたが指輪は問題なく俺の指に収まっている。


「嘘だろ……もう殆どチートじゃねーかよ。」


「チート?」


「ありえない反則って意味。」


「俺にとっては、この指輪の性能の方がありえない反則だよ!」


 俺はイザネに指輪を返しながら言った。


「でもよ、それならなんでカイルはそんなよっわ~~~い弓を使ってんだ?

 装備レベル制限がないなら、もっと強い武器を使えよ。」


「こ、これだって高かったんだぞ!

 予算ギリギリだったんだからな!!」


 俺は顔を真っ赤にして魔導弓を握りしめた。


「なんだ、冒険者をはじめたばっかで金がなかっただけか。

 要領よく金策クエを回せば、金なんてすぐ貯まるのに……」


「冒険者にそんなうまい儲け話があるなんて聞いた事ないけど……」


 しかし、イザネは俺の返事を聞き流して既に何かを考え込んでいた。


「……うっかりしてたぜ。

 俺はこの世界の戦闘システムが、ドラゴン・ザ・ドゥームと変わらない物と思い込んでいたが、装備制限以外にもいろいろシステムが違っているのかもっ!」


 イザネは皿を放り出し、興奮した様子で俺の方に向き直る。


「他にも何かないのか?

 俺達の知らないこの世界独特の戦闘システムは!」


「俺はルルタニアとか、ドラゴン・ザ・ドゥームとか全然知らないんだよ。

 違いが分かる訳ないだろ。」


「あっ!

 あぁ、そうか……そういえばそうだよな。

 じゃ、じゃあ例えば……」


 イザネは俺のショートソードを指さした。


「なんでマジックアーチャーのカイルがショートソードを装備してるんだ?

 ひょっとしてマジックアーチャーってのは剣と弓が使えるジョブなのか?」


「ジョブってたぶんこの世界のクラスの事だよね。

 確かにマジックアーチャーは魔導弓しか使わないクラスだけど、俺はファイターの訓練も受けているから剣も少しは使えるんだよ。」


「それって、もしかしてジョブチェンジなしで剣が使えるって事か?」


「どのクラスの奴だって、剣の使い方を習ってれば普通に使えるだろ?」


 俺の言葉を聞いてイザネが目を輝かせる。


「スゲーなそれって!

 つまり俺がこの世界で魔法の使い方を習えば、戦士から魔術師にジョブチェンジしなくても魔法を使えるって事だよな!」


「ん?まぁそういう事だと思うけど、魔法ってそんなに簡単じゃないよ。」


「それは問題ないさ。

 ジョブチェンジできる神殿さえあれば、俺はレベルマックスの魔術師になれるくらい魔法も鍛えてあるんだ。

 今はジョブが戦士だから魔術師やった時に覚えたスキルが封印されているだけで、魔法の使い方くらいわかってるぜ。」


イザネが胸を張って答える。


「そのジョブチェンジってのが俺には良くわからないんだけど、もしかしてジョーダンもファイターにジョブチェンジすれば凄かったりするの?」


「そうだぜ。

 俺達はみんな全ジョブをレベルマックスまで鍛えてあるからな。」


 どおりでソーサラーらしき段が、あんなに筋肉ムキムキである訳だ。

 俺はやっと最初に会った時から抱いていた疑問に納得する事ができた。


「なぁ、試しに俺になんか魔法を教えてみてくれよ。」


 イザネはすっかり皿洗いに興味がなくなってしまったようだ。


「それじゃあ、基本的な魔法ですが……」


 俺は魔導弓を放り投げて呪文を唱えた……


『ロドゥムエィガリル!戻れ我が弓よ。』


 放り投げた弓が軌道を変え俺の手に戻って来る。


「かっこいいな。

 基本的な魔法ってことは、これすぐ出来るようになるのか?」


 イザネの目の輝きが増す。


「流石にすぐには無理だろうけど、試してみる?」


 俺は魔導弓をイザネに手渡した。


「まず、魔導弓の真ん中にある魔石の魔力の波動を読み取ってみて。」


「…………このなんとなく感じる魔力の波のようなもんか?」


「え?ああ、そうだよ。」


 イザネの呑み込みの良さに俺は驚いた。

 ジョブチェンジさえできればソーサラーとして魔法を習得しているというのも嘘ではないようだ。


「じゃあ、弓を手放してから引き寄せる魔石の持つ波動をイメージしながら『ロドゥムエィガリル!戻れ我が弓よ。』と唱えてみて。」


「こうだな。

 『ロドゥムエィガリル!戻れ我が弓よ!』」


 放り出した魔導弓はピクリとも動かない。


「やっぱり、もう少し慣れないと無理だったかな。

 俺も最初は何度も失敗してコツを掴んだよ。」


 俺はムキになって呪文を唱え続けるイザネをしり目に皿洗いを再開した。


(懐かしいな……)


 初めて俺が魔法を習った時、普通なら一日以上習得にかかるこの呪文を俺は半日で習得する事ができて嬉しかったのを今でもよく覚えている。

 今まで喧嘩に勝った事すらなかった俺が冒険者としてやっていけるかもしれないと自信を付ける事ができたのも、この出来事があったからだった。


『ロドゥムエィガリル!戻れ我が弓よ!』


ヒュッ……パシィッ


 何かが空を切る音がして振り返ると、イザネが自慢気に魔導弓を握りしめていた。


「そおれっ!」


 イザネは思い切り魔導弓を空に放り投げて呪文を唱える。


『ロドゥムエィガリル!戻れ我が弓よ!』


 魔導弓はブーメランのような軌道を描き、イザネの手の中に勢いよく納まった。


「確かにコツを掴むまでが結構難しいなこれ。」


「え?もう?」


 なにが難しいものか、まだ十分も経ってないじゃないか。

 半日でこの呪文を習得できた事を周囲に自慢していた過去の自分が、今となっては小さく見える。


「なぁ、これってメイスを引き寄せる時は、”戻れ我がメイスよ!”って唱えればいいのか?」


 イザネが尋ねる。


「これは魔石を引き寄せる事を利用して武器を手元に戻す魔法だから、魔石が組み込まれた武器にしか使えないよ。

 それに”戻れ我が弓よ”っていうのは合言葉として設定した部分だから、合言葉を上書きすれば自由に変えられる。」


 俺は少し不貞腐れながら説明した。


「もしかして”戻れ我が弓よ”っていうのはカイルが合言葉として設定したのか?」


 イザネが少しニヤニヤしながら聞いてきた。


「悪いかよ。

 合言葉としてはオーソドックスだし、かっこいいし問題ないだろ。」


「合言葉を変えるにはどうするんだ?」


「武器に合言葉を設定する魔法を掛けなおして上書きすればいい。

 さっきの要領で魔石の波動をイメージしながら”ガラハィウムハーレェ”と武器に向かって唱えた後に設定したい合言葉を唱えれば……」


『ガラハィウムハー……


 俺は呪文を唱えだしたイザネから慌てて魔導弓をひったくる。


「勝手に合言葉を変えるなよ。」


「ちぇーっ。

 いいじゃんちょっとくらい。」


 どーせろくでもない合言葉を設定して遊ぶつもりだったんだろ?

 試しに俺はイザネに尋ねてみた。


「どんな合言葉にするつもりだったんだよ?」


「”タマちゃーん、こっちおいでー”」


「ふざけんなよ!」


 怒る俺を見てイザネがケラケラと笑う。


「ま、いっか。

 実は試してみたい事がまだあるんだ。」


 そう言ってイザネは俺から離れ、呪文を唱える。


『ロドゥムエィガリル!戻れ我が弓よ!』


「あっ!」


 魔導弓は俺の手を離れ、イザネの元に飛んで行った。

 この呪文は魔力消費も僅かで便利なのだが、魔石の波動と合言葉を知られると敵に武器を奪われる危険性がある。

 もちろん、こちらが引き寄せる武器を手に持っていた場合は抵抗は容易にできるのだが、イザネの呪文の発動が早すぎて反応ができなかった。

 魔石との同調が余程よくとれているのだろう。


「なるほど、こういう欠点もあるんだ。」


 イザネは奪い取った魔導弓を見ながら言葉を続ける。


「もう一つだけ試したい事があるから、ちょっとこれ借りるぜ。」


「何をする気だよ?」


 さっき魔導弓に悪戯されそうになったばかりなので、不安になって俺は尋ねた。


「これを参考にして、もっといい性能の魔導弓を作ってみるんだよ。

 倉庫に素材は余ってるし、クラン拠点地下のクラフトルームで製作はできる。

 用が済んだら返すから安心しなよ。」


「今から作るのかよ?

 いつ寝る気だ?

 明日にしとけって。」


「時間が掛かりそうなら余ってる課金アイテムでクラフト時間を短縮するから問題ねーよ。」


 そう言うとイザネは魔導弓を脇に抱えてクラン拠点の中に引き上げていってしまった。



         *      *      *



 目が覚めるとそこにはジジイの髭面があった。

 べべ王はどうやら寝ている俺の顔を引っ張ったり摘まんだりして遊んでいたようだ。


(昨日は確か、イザネに魔導弓もってかれて、皿洗いを終えて、歯を磨いて、ベットの掃除してから寝たんだっけ……)


 俺は手を伸ばしてジジイのあご髭を掴んで適当に上下に揺すってから身を起こす。

 近くで段の笑い声が聞こえる。


「ひっどいの~、最近の新人はクラマスをないがしろにしおる。」


「寝起きは不機嫌な人が多いから悪戯すんのは考え物っすよジジイ」


(そういやこの人がクランマスターなんだっけか。

 リーダーって感じはまるでしないけど。)


 俺はべべ王の減らず口を軽くいなしてベットの上に座る。


(さて、歯磨きと洗顔くらいは済ませてこよう。

 そういえば、地下にあるというクラフトルームがあると聞いたが、この人達の分の歯ブラシをそこで作る事はできるのだろうか。)


「冒険に行くから準備しろよカイル。」


 段がまだ寝ぼけている俺を冒険に誘う。

 夜に寝る習慣がなかった人達なのだから、当然朝の歯磨きも洗顔の習慣もないのだろう。


「昨晩イザネさんに魔導弓をもってかれたから返してもらうまで無理だよ。

 それにこの世界では朝にやる事がいっぱいあるの。」


「何をやるんだよ?」


 その時まだベットの上に居た東風さんが大声をあげた。


「大変ですみなさん!

 またお腹が減っています!」


 段が驚いて東風の方を見る。


「おいおい、昨日食ったばかりだろ。

 っていうかお前その髪はどうした?

 ハハハハハッ」


「クスクスクスクス」


 寝ぐせが付いて東風さんの髪が激しく乱れているのだが、本人は自覚しておらず不思議そうに自分の髪を触って首をかしげている。

 そしてハゲはともかく、それを指さして笑っているべべ王自身もところどころ髪に寝ぐせがついているのだが、全く気づいていない。


(さて、どこからこの事態を収拾したものか……)


「食事は朝・昼・晩の三回するのが一般的。

 たまに朝・晩二食って人もいるけどね。

 あと、べべ王も髪が乱れてるから池で自分の顔を写して確認した方がいいんじゃないの。」


 俺がそう言うと、案の定三人が俺の与えた情報を整理しきれずに混乱し始める。


「そんなに食うのかよ!

 俺は早く冒険に行きたいのに、なんでそんなにやる事が多いんだよ!」


「本当だ。

 べべ王さんも髪に癖がついてますよ。」


「そういえば、わしも腹が減ってきたのう……」


(洗顔と歯磨きについては庭に行ってから説明しよう。)


 混乱する三人を他所に部屋を出た俺の眼に、隣の部屋のドアが写る。


(昨夜は夜更かししてたし、隣の部屋のイザネはまだ起こさないでおこう。)


 俺は魔導弓を早く返して欲しかったが、それをあえて後回しにして階段を降り始めた。


(そういえば、新しい魔導弓を作ると言っていたが完成したのだろうか?

 いや、どう考えても一晩じゃ無理だろう。)


 そう思った矢先に下の方から何か長い物を入れたカバンを担いで階段を上がって来るイザネを見つけ、俺は仰天した。


「お、おいまさか徹夜してたのかよ?」


 俺は階段を駆け下りた。


「いつまで寝ないで我慢できるか試してたんだよ。

 流石に辛くなってきたけど……」


フワァ~~と大きくイザネは欠伸をする。


「……もう少し耐えられるかな?」


「バカな事してないて体調を崩す前に早く寝ろよ。

 手前のベットの埃は昨日寝る前に落としておいたから、そこ使いな。」


 イザネは目をこすりながらコクコクと頷く。


「ほらこれ。」


 イザネは担いでいたカバンを俺に手渡すと階段をノソノソと登っていった。


(なんだろう?)


 カバンを開けるとそこには新しい魔導弓があった。

 魔導弓の中心にある魔石は以前の物より二回りも大きく、それを囲むように四つの小さな魔石が配置されている。

 また弓の両先端の部分は鋭く尖り、ショートソードに武器を持ち替えなくても槍のように使用して接近戦に対応できるようになっていた。

 このカバンはこの弓の鋭い先端をカバーして普段の持ち運びに便利なように用意したのだろう。


「へえ、いい弓ですね。」


 いつの間にか階段を下りてきた東風さんが、カバンの中を覗き込んでいた。


「これ、レイドボスの暗黒龍の素材を使っているじゃないですか。

 恐らく武器ランクは我々の使っている物と同等ですよ。

 イザ姐が作ったんですか?」


「しかし、これを装備するにはカイルのレベルがまだまだ足らんじゃろ。

 装備レベル制限が解除されるレベル180近辺まで鍛えるにはちと時間が必要じゃな。」


「昨晩作ってくれてたみたいですよ東風さん。

 それと、ここには装備レベル制限なんてないよ。」


 俺はべべ王にカバンから取り出した魔導弓を構えてみせた。


「はぁ!

 ふざけんなよ!

 そんなのチートじゃねーか!

 この世界のゲームバランスはどうなってんだよ!?」


 階段の上の方にいた段の怒鳴る声が庭に続く広間の吹き抜けに響き渡った。

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