第一章 出遭い
第1話 旅立ち
先日、僕が夢中でプレイしていたネトゲがサービス終了した。
モニターに写る「ただ今の時間をもちましてドラゴン・ザ・ドゥームのサービスを終了しました。」のメッセージ。
よくあるラノベの展開だとここで異世界召喚が起こりゲームの中に入って行ったりという事が起こるのであろうが、現実にそんな奇跡が起こる筈もなく残されたのは只の喪失感であった。
一緒にサービス終了を迎えた仲間達も同様であろう。
それが現実というものだ。
しかし、ふと考えてしまう。
我々は異世界に行けずとも、このゲームの中に我々が作ったアバター達……我等と共に冒険してきたアバター達の中の幾人かは、もしかしたら異世界に行ってまだ冒険の続きをしているのではないか……と。
だが、それはもっとありえぬ事だ。
彼等は1と0の組み合わせで出来たハードディスク内のの磁器信号に過ぎない。
それが異世界に召喚されてしまうなど、我々以上にありえぬ事だ。
ありえぬ事なのだが、それでも僕は彼らがまだ冒険を続けている事を望んでいる。
~消えゆきし世界とそこに住まう数多のアバター達に捧ぐ~
「勇者召喚は成功したのかラーグ」
スーツに身を固めた男が魔法陣に向かい祈りを捧げていた召喚士に声をかける。
「はい、成功いたしました。……ただ問題が一つ」
一緒に祈りを捧げていた召喚士の弟子達はざわめき、召喚士は男の顔色を伺うように言葉を続ける。
「召喚する座標が大幅にズレてしまいました。
ですが、お喜びください!
この度私が召喚した者は今までより強大な力を持ち……」
召喚士が早口でまくし立てる前に男が言葉を遮る。
「無能なバカならまだ救いがあるが、有能なバカは手に負えぬな!
ラーグよ貴様がした事がわかっているのか?」
召喚士は怯えて竦み、その弟子達は硬直する。
「どこに召喚したかもわからぬのでは、我らが接触する前に我らと敵対する者が接触し召 喚者を感化してしまうかもしれんのだぞ!
そうでなくとも、召喚者がこの世界に慣れる前に我々の思想を叩きこまねば我らの手足として使うには不便でならんのは貴様も知っておろう!」
「お言葉ですがボイルド様、おおよその召喚場所は多少時間はかかりますが調べる事が可能でございます。」
召喚士は弁明するが、ボイルドの怒りは収まらない。
「当たり前だっ!
すぐにでも貴様の召喚者の捜索チームを編成するとしよう。
召喚地点に関しては貴様がいなくとも、貴様の弟子に調べさせれば事足りるな。」
ボイルドは隣に控えていた側近に声をかける。
「ラーグを処刑しろ。
今までの功績を配慮し、苦痛を長引かせるのはなしとしよう。
即刻殺せ。」
ボイルドの後ろに控えていた男達が魔法陣に向かうと共にラーグの悲鳴が聞こえてくる。
「グラムよ、捜索に当たる召喚者を補充してくれ。
今は召喚者の空きがない。」
ボイルドは側近と共に控えていた老召喚士に声をかける。
「はっ。
では人数はどういたしましょう?
場合によっては見つけ次第始末せねばなりません。
ラーグめの召喚者が手練れというのが本当であれば多めに用意する必要がございますが……」
ボイルドは魔法陣に取り残されたラーグの弟子達の方に視線を向けた。
処刑場に引っ立てられていくラーグには最早一瞥もない。
「何人だ?何人召喚したのだ?」
「4人でございます。
それから、彼等と一緒に彼等が居た建物までもこの世界に呼んでしまいましたので……」
弟子の一人の返答にボイルドは舌打ちで答える。
「それが召喚場所が狂った原因か……
ヘボ召喚士めが!」
グラムが髭を撫でながらゆっくりと口を開く
「ならば捜索には6名用意いたしましょう。」
「ああ、そうだな。
ラーグの召喚者捜索に6名・ラーグの召喚者にさせる予定だった仕事のために新たに4名召喚してくれ。
まったく不足した召喚者を補充させる筈がとんだ手間だ。」
* * *
「カイルさんですね。
年齢は18才、クラスはマジックアーチャーですか。
珍しいクラスですね。
はい、これで冒険者登録終了です。」
冒険者ギルドの窓口の女性が登録書に目を通しながら俺を見る。
マジックアーチャーとはかつての召喚英雄がこの世界に作ったクラスで魔導弓と呼ばれる弓状の魔道具にて魔法の矢を放つのを得意とするクラスである。
味方に対して回復魔法の矢を放つ事もでき、攻守で活躍できる魔法職であり器用貧乏にもなりがちではあるのだが、魔法職のエリートクラスである事には変わりない。
俺は胸を張った。
幼い頃に聞いた物語の英雄に憧れ冒険者をめざし、魔法の才という己の武器を今日まで磨いてきた。
魔法職は人数が少ないというし、新人とはいえ好待遇でパーティに入れるだろう。
……あれ?
「あの、お姉さん。
それで終わりですか?
新人の冒険者に対してパーティの斡旋とかはないんですか?」
「はあ?」
俺の質問に受付のお姉さんは困り顔で返す。
もしかして、なんか変な事を言ってしまったのか?
「甘ったれたガキもいたもんだな。
パーティってのはな、冒険者同士で勝手に組むもんだ。
そんな事までギルドに世話してもらえるわけねーだろ。」
ニヤニヤ笑いながら冒険者風の大男が俺に近づいてきた。
「ちょうど魔法が使える奴が欲しかったんだ。
俺のパーティに入れてやろうか?」
「えっと、他のパーティも見て入るとこを選びたいので……」
逃げようとする俺を肩を大男の手が掴む。
まずい、絶対に逃がさないつもりだ。
「おいおい、新人の冒険者がパーティ選べる程この業界は甘くはないぜ。
誘って貰えるだけありがたいと思わなきゃ駄目だ。
パーティを選べるのはある程度実績を積んだ冒険者になってから。
そうだろ、マリー。」
「え……ええ、ええそうですね。
一般的には……。」
俺は助けを求めるように視線を送ったが、受付のマリーさんは困ったように視線を逸らす。
「だよなぁ。
って事だからよ、悪い事はいわねえ俺のパーティに来なよ。
ただ、お前は新人だから分け前は少なくなっちまうがそれだけは勘弁してくれよ。
新人冒険者はみーんなそうなんだしよ。」
うわっ、これってかなりヤバいパーティだよ。
なんとか断らなくっちゃ……でも、こいつ強引そうだしどうやって?
「いい加減にしろよチコ。
困ってるじゃねーか。」
声に反応して振り返ると一人の冒険者の男が立っていた。
チコってこの大男の名前か?
似合わねー。
俺は思わず吹き出しそうになってしまった。
「俺はチコリーノだ!
略してよぶんじゃねぇっ!」
似たようなもんじゃねーかと俺が思った瞬間、チコの隙をついて誰かが俺の腕を勢いよく引いた。
おれの体は油断したチコの手から離れてバランスを崩してよろめく。
「災難だったね、君。」
気付くとレンジャーらしき女冒険者が足がふらついて倒れそうな俺を支えていた。
俺は慌てて足を踏ん張り女性冒険者から離れる。
「あ、あありがとうございます!」
ちょっとドモってしまった、かっこ悪い……
その時、とっさに俺を取り返そうと伸ばしたチコの腕を男の冒険者が掴む。
「まーた、新人からピンハネしようと思っていたんだろ?
いい加減にしとけよ、おまえは後輩から嫌われ過ぎだ。」
「新人から教育料を取るのはこの業界の常識だ!
だいたいまだロクな仕事もできない未熟者が俺達と同じ報酬を得られると思っているのがおかしいんだよ!」
「なら、本人にチコのパーティに入りたいかどうか聞いてみようじゃないか。」
チコと言い合っていた男の冒険者がチコの腕を離してこっちを振り返る。
この人は戦士なのだろう。
筋肉質の体に剣を携え軽装気味のところどころに金属パーツが混ざった皮鎧を付けている。
「俺はデニム。
君の名前は?」
「カイルです。」
デニムと名乗った男の問いに俺は答える。
そうだよ、もともとこういうかっこいい戦士に憧れて冒険者になる事を決めたんだ俺は。
顔も整っているし、装備が妙に古ぼけている以外は気になるところはない。
先ほどからの行動をみても頼ってもよさそうな人だ。
「では、カイル君。
君はチコのパーティに入りたいのかい?」
「いいえ」
答えてからハッとしてチコの方を見る。
ああ……やっぱ凄い顔でこっち睨んでるよあいつ……おっかねぇ。
「という訳だ。
チコリーノさんにはお引き取り願おう。」
「ケッ」
チコはふて腐れて近くの席にドカッと座り、テーブルの上にあったコップの中の飲み物を口に流しいれる。
……あれって酒だよな。
この建物の2階は冒険者の宿になっており、一階は冒険者ギルド受付だけでなく食堂や酒場も兼ねている作りのようだ。
ともかく、チコに安い金でこき使われる事はこれでなくなった訳だ。
助けてくれた二人に礼を言おうとしたが、チコがまだこっちを睨んでるのを気にして俺は動けなかった。
「ねーねー、カイル君。
良かったらあたし達とパーティ組まない?」
チコの目を気にしてまごまごしていると、さっき俺の手を引いてチコから助けてくれた女レンジャーが歩み寄ってきた。
いや、レンジャーではなく本業はシーフだろうか?
ツインテールに結わえた金髪が特徴的だが幼い印象は受けない。
歳はデニムと同様に20前後ってとこだろう。
「おいルル!
俺の邪魔をしたのは、そいつを横取りするためかよ!
汚ねーぞテメー!」
俺が彼女に返事をする前にチコが椅子から立ち上がって怒鳴る。
(うるせぇよ、黙って座ってろよピンハネ野郎が……。)
心の中で毒づくのは簡単だが、それを言葉にするどころか態度にも示せない自分が情けない。
「は?今カイル君はフリーなんだしパーティに誘っても問題ないでしょ!
それに、あたし達はあんたみたいに強引に勧誘してないし、ピンハネもしないしね。」
ルルの一撃にチコの顔はますます険しくなるが、何も言い返さずに座り直して酒を煽る。
おそらくルルと口喧嘩しても勝てる自信がないのだろう。
芝居では勇者のパーティにはおしとやかな女僧侶や魔法使いが定番だが、ルルみたいなタイプの女冒険者が大半と考えるのが自然だな。
チコみたいなガラの悪い冒険者の相手をする事もあるのだから。
「で、どうかな?
あたし達のパーティに入る?」
ルルさんが再びこっちに振り返り尋ねる
よく見ると胸が結構あるなこの人。
そういえば、さっき手を引かれてよろめいた時に暖かいものが頬に当たったような気がしたが……もしかして最近の芝居なんかで流行のラッキースケベってやつなのか?
芝居では主人公がその度に大げさに騒いだりしているが、実際に自分で経験してみると状況が状況だっただけに必死過ぎて楽しんでいる暇などないものだ。
あ、余計な事考えてないでさっさと返事をせねば。
「はい、俺でよければ喜んで。」
「じゃあ決まりだな。
カイル、よろしく頼むよ。」
デニムさんが俺の肩ポンと叩いて微笑んだ。
「実を言うとね、この近くにあるリラルルって村からゴブリン退治を頼まれててね。
デニムと二人だとちょっとキツイかなって思ってたとこなのよ。」
「強い変異種がいない小さな群れのようだから今の君でも俺達と一緒なら問題ないだろう。
討伐が遅れると変異種や大きな群れを呼び寄せかねないのですぐにでも出発したいんだが、いいかな?」
ゴブリンは邪悪な小鬼だ。
身体能力は強くなく、時には子供にさえ負ける程に弱いがその活動は信じられない程に邪悪であり、群れが大きくなればなるほど手に負えなくなる。
変異種ともなれば熟練の冒険者でも手を焼く程に強いが、変異種のいない小さな群れであるなら、初心者の冒険者でも容易に相手にする事が可能だ。
「そうですね、群れが大きくなると討伐は大変になると聞きますし、すぐに出発する事に 俺も賛成です。」
急な話ではあるが、初心者冒険者が受けられる依頼など限られている。
今の俺の力を試すには二度とはない絶好の機会だといえる。
これを逃す手はない。
「いい判断だ。
君は冒険者に向いているよ。
リラルルまではここから馬車で半日ちょっとの道程だから今から急いで出発すれば夕方には着ける。
作戦や細かい打ち合わせは馬車で移動しながらするとして……え~っと……
馬車のレンタル料と食費なんかはどんくらいいるかなルル?」
デニムはルルの方に顔を傾けてウィンクする。
「え~またぁ?
そういう面倒な事は、いっつもあたし任せなんだからぁ。」
言葉とは裏腹にルルさんは楽しそうにデニムさんに駆け寄り二人で予算の相談を始める。
正直、冒険にかかる費用の事などまるで考えていなかったので俺はとても話についていけない。
仕方なく俺は傍で二人の話に耳を傾け、その会話から得られる知識を頭に入れる事に集中していた。
「ぉぃ」
気が付くとすぐ後ろにチコが立っていた。
デニムとルルは、話に夢中になっていてチコが近づいた事には気づいていないようだ。
チコは大きな体を小さくかがめて俺の耳元で話しはじめた。
「あいつらは元は俺と同じパーティだったんだがよ。
女絡みの揉め事でパーティをバラバラにしちまったんだ。
悪い事は言わねぇ、とっととあいつらのパーティから抜けて俺のとこへ来な。
今ならおまえの分け前を少しは考えてやってもいいぜ。」
それだけ言うと、チコは自分の席に静かに戻っていった。
……女絡みの揉め事だって?
そういえば、デニムさんとルルさんの話す時の距離が近すぎるような?
もしかして、この二人デキてるの?
いや、デキてる間違いない!
だってデニムさんの腕にルルさん抱き着いたし……絶対に当たってるよね胸が……。
え?なに?俺ってこれからの冒険中ずっとバカップルのじゃれ合いを見せつけられるの?
きっつ~~~……
「ごめんごめん、話し合いにちょっと夢中になり過ぎたよ。」
しばらくたって、デニムが笑いながらこっちを振り返る。
「いえ大丈夫です。」
そう答えてはみたものの、実は全然大丈夫じゃない。
たって、あんたが夢中になっていたのは話し合いではなくルルさんとのイチャイチャだったろーが……
途中から予算とは全然違う話してたよなあんたら。
ほんの少しの時間で俺の中のデニムの評価は既に底辺近くにまで急落していた。
「じゃあ、馬車借りてくるから食料の買い出しよろしくね。」
ルルさんは手を振ってギルドを一足先に出ていき、俺はデニムと共に市場に向かう。
(一人でいる時はまともだけど、ルルさんと一緒だと途端にバカップル化するんだよな、この人……)
一緒に市場をまわってみて良く分かったのだが買い物の手際も要領もいいし、街での評判もいい。
優秀な冒険者である事がよくわかるだけにバカップルの片割れである事が残念すぎる。
「すいません。
デニムさんにばかり払わせてしまって……」
金のない俺は必要な食料も冒険に必要な道具も買う事ができず、その殆どをデニムさんに支払ってもらっていた。
「なに、構わないさ新人冒険者が貧乏なのは知っているからね。
けどさ、それにしたってカイルはちょっと極端だぜ。
冒険に必要なのは武器や防具だけじゃないんだ、それ以外の必需品も買うために金は余らせとくものだよ。」
自分が冒険者としての常識を欠いていた事を思い知らされ赤面する。
「すいません。
魔導弓の値段が思ったより高くついてしまって金が殆ど余らなかったんです。
マジックアーチャーが自体が稀ですので魔導弓を作ってくれる鍛冶屋が限られているんですよ。」
「そうか、そういう事なら仕方ないな。
武器を持たずに冒険に出るわけにもいかないもんな。」
デニムは笑って答える。
「でも、これからは気を付けてくれよ。
ちゃんと武装以外にも十分に金を払えるだけの報酬はまわしてやるからさ。」
ギルドの前に戻ると、ルルさんが小さな馬車と共に待っていた。
「遅いぞデニデニ~」
デニデニってなんだよ……なんなんだよもぅ……
冒険が始まる前から、俺は疲労を感じはじめていた。
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