第234話 二人の関係
「やっと見つけた」
荘厳に飾り付けされた宮殿の中で、部屋の真ん中で漆黒の力を纏っている存在を見て少女は呟く。
「……おかしいな。結界で入れない筈だけど」
「そんなの私には効かないの、知ってるでしょ? ゼファル」
いつぞやに見せたパワードスーツを身に付け、フィーと名乗っていた少女、フィーデルは眼前に座り込んでいる魔神を睥睨する。
「その名前はとっくの昔に捨てたんだ。あの日、君達人間に家族を殺された時からね」
そう呟く魔神の言葉には何の感情も込もっていない。
それは憎しみや怒りではなく、人間に対する諦観である。
人間という存在から脱した異質なその少年は長く黒い髪の毛をゆらりと垂らし、フィーデルを空虚な眼のまま見上げる。
神と呼ばれるには少し幼過ぎるその見た目。しかして、フィーデルにとっては最も馴染み深い姿だ。
いつぞやのように龍の姿になり、暴れ回る魔神ではなく、ただの少年であった頃の少年の姿が。
「今の時代の人には関係ないでしょう?」
「それはそっちの都合だろ? というか、時代が変わろうと本質の部分はどうせ変わりっこないんだ。僕ら家族だけが暮らせる理想の世界。それを作り上げなきゃ、どうせまた同じ悲劇が起きてしまう」
最早説得できる程度の状態ではないのはフィーデルも分かっている。
しかし、彼女にはやるべきことがあった。
「君こそ何をしにこの時代に飛んできたのさ。僕は物知りだからその代償がどれほど大きいのかは知ってるよ」
「もちろん、あなたを救うためよ」
躊躇いもなくそう告げるフィーデルに流石の魔神も少し驚いたのかピクリと眉を動かす。
しかしすぐに表情を殺し、目の前で揺蕩う漆黒の力を眺める。
「僕を救う……その言葉を何千年も早く聞けていれば変わったかな? いや、そんな事はないか。それに今はもう人間じゃない。ねえ、一つ聞かせてよ、フィー」
「何?」
「人間を辞めるつもりはあるかい?」
「無いわ」
「じゃあ、決裂だね」
その瞬間、空間を濃密な力が覆っていく。息をするのも苦しいほどの重圧。
完全に臨戦体制に入った魔神を前にしてもなお、フィーデルは怯むことなく、構えを取る。
「遅いよ」
いつの間にか眼前に迫る魔神の顔。そしてフィーデルの身体を貫かんとして黒い力が迫る。
その状況、そして相手は魔神だ。到底避けられるはずは無いその一撃は奇しくも空を切る。
「残念、私は時間を止められるの。遅いかどうかだなんて関係無いわ」
そうしてフィーデルはパワードスーツによって強化された拳を放つ。
これでも竜印の世代を一瞬で二人も屠った彼女だ。
魔神といえど無視できるものでは無い。
そう思われた時、突如として彼女の身体を黒い力が貫く。
「う、そ、」
「だから言ったでしょ? 遅いって」
身体を貫かれ、地面に倒れ伏すフィーデルに近付くと魔神は顎をクイと自分の方へ寄せ、目を合わせる。
「君にしてはあんまり賢くなかったね。あの子と一緒に来たらまだ分からなかった」
「……だって、巻き込むわけにはいかないもの!」
そう言うとフィーデルはキッと鋭く魔神を睨み付け、その幼い手を握る。
「また会えると良いね」
刹那、フィーデルから凄まじい光が発せられ始める。
「何をするつもりなのかな?」
「あなたに耐えられる? 私が作り出した最高傑作の威力だよ!」
そして、一瞬、周囲の時間がゆっくりになる。
穏やかな世界。こんなに不穏な事が起こっていようと緩慢な世界ではそれすらも落ち着いて見える。
しかし、そんな穏やかな世界を打ち砕くが如く、凄まじい爆発が巻き起こる。
魔王によって強化された玉座の間も抉り取られるほどの超威力。
大地が蒸発してゆく。分子をも切り離すその攻撃は触れるだけでも生物を亡き者とする。
発達した古代文明の最先端の科学をこれでもかと詰め込んだ一撃だ。
その渦中に居た二人がただで済むはずは無い。
静まり返る宮殿内。生存者など居るはずがない、その空間から煙が取り払われていく。
そして煙が晴れ渡った時、驚くべき事にその場に立っている者が居た。
「……何だ。お得意のカラクリか」
そう呟く魔神の体には一切の汚れすら見受けられない。
そして目の前に居たはずの少女の姿が消失したのを理解すると、その場でゆっくりと手を広げる。
「創成」
その瞬間、豪華な玉座が作り出され、魔神はそれにゆっくりと腰を落ち着ける。
「さてと、続けるか」
そうして魔神は何事も無かったかのようにまた深い集中に魂を落とすのであった。
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