第232話 各地の戦況

 メルディン王国が魔神族に攻め入られている中、グランミリタール帝国でもまた魔神族の攻勢を受けていた。そこで指揮を執っているのは皇帝であるハミルトン・ドゥ・グランミリタール。

 そして帝国最強の矛はというと、前線に立っていた。


「アッハッハッハ! 温室育ちの皇子様がこんな前線に出てきて大丈夫なのかい? それともこの国には皇子様を守る程の力が無いってことなのかな?」


「何とでも言うが良い。私は貴様の首を刈り取りに来ただけだ、魔王とやらよ」


「僕達の母上を返せ!」


 魔神族の司令塔である二柱の魔王の目の前に居るのはグランミリタール帝国で最強と歌うたわれている双子の皇子。先の魔神族との戦いでは幼かった二人。それでもかなりの功績を立てていたわけだが。


「母上? 何の事を言ってるのか分からんなぁ、のう、色欲よ」


「ホントだよね、傲慢。そんなことより君達、操られちゃいな」


 そう言って色欲が手をかざすと不気味な光が発せられ始める。それは闘神祭で嫌というほど思い知らされた、生物を思うままに操る『色欲の魔王』の力。

 しかし、それはまた一振りの剣で断たれるのであった。


「そんなまやかしのような術の破り方は元使用者である私がよく分かっている」


「なにっ!?」


 そこに居たのは元黄金騎士団副団長であり、元『色欲の魔王の子』であったアーリア・グラルーンの姿であった。


「アレス殿下! こ奴の術の破り方は私にしか分かりません。色欲は私にお任せください」


「でかしたぞ、アーリア」


 能力は奪われて無くなってしまってはいるものの、剣術だけを取れば帝国最強の戦士だ。対色欲の力を持つ者であれば彼女ほどうってつけの者は居ないだろう。


「裏切り者を隊に入れる兄上の考えはよく分からなかったけど、まさかこんな所で使えるとは」


「クレスト、色欲はアーリアに任せてこっちの魔王を二人で潰すぞ!」


「了解」


 闘神祭の時はギクシャクとしていた兄弟の関係も戦場ともなれば凄まじい連携を発揮する。その勢いはまさにかつての帝国最強の存在、ヒルトン・ドゥ・グランミリタールを彷彿とさせるほどであった。



 ♢



 一方、ゼルン王国でもまた魔神族たちの攻勢は他と遜色ない。ただ1つ違う事があるとすれば、魔神族たちの侵入を阻むような形で大きなバリアが張り巡らせていることであった。


「ガウシア、あとどれくらい持ちそうかしら?」


「ここは世界樹様のお力が強いですので当分は大丈夫だと思われます。ですが、魔王の力が底知れない以上、油断はできません。戦いに行ってまいります」


 強固に張り巡らされたバリアは世界樹の巫女であるガウシアが居てこそ作り上げられた結界であった。そして肝心のいつも彼女の肩に乗っていたあの世界樹はというとここには居ない。だが、世界樹の力をガウシアが使えないわけではない。

 一時的にとある目的を果たすために離れているだけで力は繋がっているのだという。


「リアさん、健闘を祈ります」


 そう呟くとガウシアは兵士たちを引き連れ、戦場へと向かうのであった。





『まずまずの進捗じゃな。まあ今代の聖女が死んでしまった代わりである故、時間がかかるのは仕方あるまい』


 そう呟いたのはいつもガウシアの肩に止まっていた鳥の姿をした世界樹である。今、ゼルン王国の真ん中にある世界樹本体にてリアを聖女へと覚醒させようとしているのである。

 肝心のリアはどこに居るのかというと、宙に漂う透明な液体の中で体を丸めて眠るように意識を失っていた。


 聖女になるには聖なる力に順応しなくてはならない。そのために世界樹から力を受け取り続け、力に順応させているのであった。


『今は苦しいだろう。しかし、耐えるのだ。聖女が居なければあの魔神を倒すことは難しいだろう。魔神とは違う特異点が一つ存在しているとはいえ、年月が違うからな』


 そう言って眠るように宙に浮いているリアの近くへと飛んでいく。順応していない者が聖なる力を受け取り続けると、身体が木へと変化してしまうのだ。

 それを治すのが鳥の姿をしたこの世界樹である。少し変色が始まったリアの髪の毛を見て再度力を加え、元の姿へと戻す。

 これを繰り返したのちに、やがて聖女へと至るのである。


『体が、熱い。息が苦しい』


 精神世界でリアは絶え間なく降り注ぐ力の奔流に打ちのめされていた。体も動かせず、ただ心をかき乱され続けるような、そんな地獄のような受難。

 しかし、彼女の心は今もなお、正気を保ったまま力と向き合っていた。


 その理由はただ一つ。いつも助けられてばかりいるあの黒髪の男の子の助けになる、陰で騎士様と呼んでいた頃とは違い、一緒に並んで戦うのだという決意がリアの心を確固たるものとしているのであった。


『クロノ、待ってて。いつも迷惑をかけてる分、今度は私が助けるんだから』

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