第228話 聖女

 体が……熱い。焼けるように熱い。いや、熱いんじゃないな。痛いんだ。だがどうしてだ?

 確か魔神が復活して、俺はそれを止めにいった筈。それでどうしてこうも痛い。負けたのか?


「――きて。起きてクロノ」


 そんな言葉で俺は目が覚める。目の前には心配そうな母さんの顔があった。


「母……さん?」


「何言ってるの。フィーだよ」


 そう言われてようやく視力が戻った俺の目には母さんの姿はどこへやらいつの間にかフィーの姿に変化していた。


「良かった。このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思ったよ。この世界の命運的に」


「すまない、迷惑をかけたな」


 そうして起き上がろうとすると頭から鈍い痛みが伝わってくる。その痛みで俺は魔神の力によって吹き飛ばされたことを思い出す。

 頭の怪我はその時にできた怪我だろう。


「痛っつ」


「まだあんまり体を動かしちゃダメだよ」


「大丈夫さ。このくらいの怪我にはもう慣れてる」


 それも幼い頃からずっとな。


 俺はそう言うとフィーの制止も無視してゆっくりと立ち上がり、遠方で天に届くほどの高さにまで成長した漆黒の魔力を眺める。

 あれが魔神の魔力なのだろう。今もなおその邪悪な気配を感じ取ることが出来る。


「それじゃあ行ってくる」


「待って」


 そうして魔神の下へと向かおうとした俺の前にフィーが立ちはだかる。


「なんだ?」


「前と違って今回は完全な状態で復活した魔神だよ。さっきの攻撃で何となくわかったでしょう? がむしゃらに突っ込んだらまた同じことの繰り返しになっちゃうよ」


「前と違う? どういう意味だ?」


 まるで以前の魔神の力はまだまだ未完成であったとでも言うようなフィーの口ぶりに思わず聞き返してしまう。


「前回の魔神はまだ力が戻り切っていない状態で無理やり叩き起こされたんだよ。そのせいで本来の力を取り戻すことなく黒の執行者であるあなたの手で倒され、封印されてしまった。でも今回の魔神は自我も取り戻している完全体。以前の魔神相手に苦戦していたあなたではまず勝てない」


 そう言うフィーの眼差しはいつもの飄々とした態度ではなく真面目な態度でこちらを見つめている。そして俺の中では一つの疑問が湧き上がってくる。


 以前の魔神が不完全で今回の魔神が完全体であるという話が本当であるとして、何故フィーがそのことをこうも断言できるほどまで理解しているのか。


 だってそうだろう? 以前の魔神が不完全であると断ずるにはなにか比較対象が必要だ。今回の魔神と比較したというにはあまりに情報量が少なすぎるし比較対象になり得ないだろう。


 湧き上がってきた疑問はやがて大きな疑惑となる。考えてみればフィーの素性も謎のままだ。一回ここいらではっきりさせておく必要があるだろう。


「……フィー、お前は一体何者なんだ?」


 俺がそう問いかけるとフィーは少し迷ったように視線をずらす。しかし、決心がついたのか再び俺と視線を合わせるとこう告げる。


「私の本当の名前はフィーデル・ゼル・。今は亡きグレイス王国の王女、そして魔神が現れた時代のよ」


「はい?」


 一瞬言われた意味が理解できず聞き返す。グレイス王国の王女?

 疑問を解消しようと問いを投げかけたら更なる疑問が生まれていくだけになるとは。それにしても意味が分からない。

 グレイス家の娘って事なら理解できるが、母さんには俺しか子供がいないはずだし、ファーブルさんは独り身の筈だ。

 どういう訳か分からずに首を捻っている俺に対してフィー、いやフィーデルは続ける。


「本当は今代のに伝える事なんだけどね。でもまあだし実質聖女ってことで良いかしら?」


「い、いやちょっと待ってくれ。話が行き過ぎていて全然理解が追い付かない。聖女ってなんだ? それに俺が聖女の息子ってのはどういう事だ?」


 次々と与えられる情報の多さに頭がこんがらがってくる。


「聖女というのは世界樹から選ばれた女性だけが発現する世界に干渉を及ぼすくらい強力な能力を持つ者の事よ。あなたは今代の『聖女』であるエマ・エルザードの息子って事。そして私は何百年以上も前のグレイス王国からをしてきた『時の聖女』なの。大丈夫? 付いてこれるかな?」


 何も飲み込めてはいないが取り敢えず今はすべて話を聞いてから理解しようとフィーデルの言葉に頷く。


 それからフィーデルの口から衝撃的な内容が紡がれていった。


 聖女というのは世界樹が世界を安定化させるために作り出した存在であるという事。

 そしてフィーデルは時の聖女として数百年前の過去から魔神が復活する現代へタイムスリップしてきたこと。


 聖女同士なら記憶を引き継ぐことが出来るらしく、自身の持っている情報を伝えようと今代の聖女を探すためグレイス家に向かったこと。


 しかしグレイス家で今代の聖女であるエマ・エルザードが亡くなっていることを聞き、困っていたのだという。


「……とまあこんなところかしら。聖の力を持つ聖女が居ない今、魔神と対峙するのは危険よ。それは実際に戦ったことのあるあなたなら分かるはず」


「でもフィーデルも聖女なんだろ? なら大丈夫なんじゃないのか?」


「私は今の世界樹に力を貰っているわけじゃないからそんなに強い聖の力を使えないの。魔神を弱らせてからなら滅ぼす策はあるんだけど」


 つまり魔神を滅ぼすにはどうしても今代の聖女である俺の母さんの力が必要だって話か。でも母さんはもうこの世には居ない。俺がこの自分の力である『破壊者』の力を憎むようになった忌まわしきあの事件のせいで。

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