第212話 アドリブ

「え、クロノ?」


 崩落する大掛かりなセット。その付近に立っていたリア様を間一髪のところで抱き上げると俺はその場から離れる。


 ガッシャアアンッ!!!!


 凄まじい音を立ててセットが崩れ落ちる。幸いにも他の生徒達には当たっていないようで、怪我をした者は居ないようだ。


「危なかった」


「く、クロノ? ありがたいんだけど……」


 そう言ってリア様が視線を観客席の方へと向ける。何だろうと思い、そちらの方を見てようやく現状を理解する。


「あれって事故なの? それとも演出?」


「魔神がグレシア姫を助け出したぞ」


 そうか。魔神である俺が氷のドームという封印を解いて姫を救出したせいで台本が滅茶苦茶になったのか。仕方なかったこととはいえ、これではこの演劇を成功させようとしていたSクラスの皆に、特に一番気合が入っていたクリスに申し訳が立たない。


 そんな風に考えていると、突然、リア様が俺の首にかけているペンダントに手を伸ばす。いつの間にか魔神の仮面が外れ、その中に隠していたペンダントが露出していたらしい。


「このペンダント。もしかしてあなた、昔行方不明になった!?」


 いったい何を言い出すんだ。クロノスだって? もしかしてこのまま演技を続けるおつもりなのか?


「やっぱり演出だったか」


「それにしても魔神が幼馴染? 何だか聞いたことのないストーリーだな」


 リア様が演技を続行したことにより、観客たちも事故ではないと判断し、セットの崩壊で少しざわついていたが、すぐに物語の続きに集中し始める。


「き、貴様! グレシア姫から離れろ!」


 そう言って剣を突き付けてくるのは勇者役のジオン。その目には絶対に成功させろよ、という圧が見える。こういうものに興味がなさそうなジオンでも主であるクリスが中心となって準備をしたこの演劇を何としてでも成功させたいのである。


「おやめください、ライデン様! この者は先程までの魔神とは違います。見てください、この顔を」


「しかし、元は魔神であることに変わりはない! そこをどいてくれ!」


 そう言ってジオンが能力を使おうとする。そして俺がこの演劇を続けるためにする演技はただ一つ。


「グレシアには手を出すな!」


 そう言って俺はリア様の前に出て能力のこもっているジオンの手を払う。そして後ろに居るリア様の方を振り返り、こう告げる。


「俺は無意識とはいえ魔神に作り替えられて沢山の人を殺めてきた。見てはないが、確かに俺の中に眠るこの力がそう言っているんだ。だから、俺は裁きを受けることにするよ」


「……クロノス」


 潤んだ瞳でこちらを一瞬だけ見て、タタッとリア様が俺に駆け寄り、頬に口づけをする。その行動に驚き、目を見開いたままリア様の方を見つめる。


「行ってきなさい。来世でまた会いましょう」


 そうして俺がジオンにより連行されてステージ上が暗転する。


「やってくれたな、貴様」


「すまんなジオン」


 ステージの袖でジオンにそう言われて俺は素直に謝ることしかできない。


「まあ、君もクロノを責められる立場ではないけどね。ジオン」


「殿下」


 そう言ってクリスが近づいてくる。


「君が気が付いてリーンフィリアを助けていれば綺麗に勇者がお姫様を救ったっていうシナリオで行けていたはずだしね」


「……申し訳ありません」


 まあそれを言うのは少し意地悪だと思うけどな。大半は俺が勝手な行動をしたのが悪いわけだし。


「クリス、すまないな。俺のせいで劇が失敗して」


「失敗? そんなことはないと思うよ」


「え?」


 クリスがそう言った瞬間、会場中を包み込まん勢いの拍手の音が聞こえてくる。あれでよかったのか?


「ね?」


 クリスが得意げにそう言うと、他のキャストの方へねぎらいに行く。少ししてリア様やカリン、ライカ、ガウシアもこちらへと集まってくる。


「いや~、ビックリしたよ。いきなりセットが崩れるんだもん」


「さっきは助かったわ、クロノ。ありがとう。お陰で台本は凄く変わっちゃったけど」


「そうですよね~。あの演技だとグレシア姫、魔神に惚れちゃっていますもの」


「それって大丈夫? 情勢的に」


「まあ大丈夫なんじゃない? お客さん、喜んでるしさ」


 未だに鳴りやまない拍手の音を聞いて、今でもこの状況が本当なのかを疑いたくなる。どう考えても失敗だと思ってた。


「それじゃあ出演した人~。最後に舞台上で挨拶するから集まってくれ」


 クリスの呼びかけにみんなが集まっていく。


「私たちも行かなくちゃ」


「そうですね」


「うん」


 カリン達がさっさとクリスのもとへ集まりに行く。俺も向かおうとすると、ちょんちょんとリア様が俺の背中をつついてくる。


「さっき、焦りすぎてお姫様の名前じゃなくて私の名前を呼んでたわよ」


「へ?」


 そんな俺の反応を見たリア様はフフッと微笑みながらクリスのもとへと歩いていく。


 言われてみればそんな気がする。とんでもないことに気が付いた俺は何とも言えない罪悪感とともにリア様の後を追うのであった。

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