第211話 本番

「どう? 似合ってる?」


 そう言ってリア様はくるっとターンしてドレスの全貌を見せてくれる。


「ええ。これ以上ないくらい似合っていますとも」


「ありがと」


 満面の笑みを浮かべるとまだやる事があるのか向こうへと行ってしまわれる。


 その後ろ姿を見つめていると、何かが脇腹をちょんちょんと小突く感覚がする。


「クロノ、魔神の方、リハしたい」


「あー、分かった」


 ライカにそう言われた俺は魔神軍を演じる生徒達の下へ向かう。そこにはカリンとガウシアの姿もあった。


「おっ、クロノ。魔神の姿似合ってるよ」


「うん、それって喜べば良いのか分からんな」


 カリンのことだしどうせ含みはないのだろうが、それにしても人類の宿敵である魔神の衣装が似合っているのはいかがなものかと思ったのだ。まあ、魔神の顔である仮面は黒の執行者姿である俺の姿と通ずるものがあるだけに何とも言えないんだけどな。


 まあ、そっちの方が見てる方は感情移入しやすいか。


「それにしてもこれだけの衣装をよくこのクオリティで沢山作れますよね。純粋に凄いです」


「確かに」


 ガウシアの呟きに同意する。どう見ても素人が作ったレベルではない。どれも普通に店で売れる質のものだ。


 まあ、Sクラスに集結している権力を使えばそんな物を揃えるのは容易いことなのかもしれないが。


「じゃあ時間もないことだし始めよっか」


 そうして俺達のリハーサルは進んでいくのであった。



 ♢




「まもなく、1年Sクラスによる演劇、『魔神の封印』が始まります。ご着席してお待ちいただけますようご協力のほどよろしくお願いします」


 会場にとうとう開演のアナウンスが入る。いよいよ俺達の演劇が始まる。スーッと幕が上がっていくにつれて並んでいる客の顔が一斉にこちらを向いているのが見える。


 俺はまだ出番ではないのでステージの袖で見ているだけだが、その熱気は凄く伝わってくる。クリスのせいで学園祭という大イベントの締めくくりがこの演劇しかないのだ。まさに全生徒、いやそれだけではない。ここを訪れたものすべてが注目しているといっても過言ではない程に期待が高まっていた。


 まずリア様が扮するグレシア姫と勇者ライデンが出会うシーンから始まる。最初、グレシア姫は勇者に対して懐疑的な姿勢を保っていたのだが、魔神の侵攻を食い止め続ける勇者に対して徐々に恋心を抱いていく、そんな物語だ。


「やばい、次私の出番だ」


 横でぼそりとそう呟いたのはカリン。カリンは魔王の中で一番最初に勇者の前に立ちはだかる。出番も魔王の中で一番早いのだ。


「それじゃ行ってくるね」


「ああ。いってらっしゃい」


「頑張ってください」


 魔神と魔王の静かな声援を背に受けてステージへと飛び出していく。その瞬間、会場が少しざわついたのがわかる。リア様が出たときもざわついていたが、それとはまた別の騒めき。本物の勇者が魔王を演じていることに対しての驚きなのかもしれないな。


 ただ、昔の勇者は伝承では男だという話のためカリンは勇者役にはなれなかったのだ。まあそれはそれで本人も楽しそうだったけど。


「貴様が勇者ライデンか。面白い。我を倒してみせよ」


 最初、ライデンは初登場の魔王にコテンパンにされる。そこをリア様が演じるグレシア姫が兵を率いて助けに来るのだ。それにしても本来の台本ではライデンは熱血勇者みたいな感じだったのにジオンが演じるとクール系になってしまう。それもまたいいと思うけど。


「ふう、緊張した~」


「お疲れ」


 無事に勇者をコテンパンにしてきたカリンが安堵のため息を吐きながらこちらへと戻ってくる。普段、民衆の注目を浴びているカリンでもこの状況は緊張するらしい。その点、ガウシアやリア様は慣れてそうだな。


 そうして物語はどんどん進んでいく。魔王に敗北した勇者が己の弱さを嘆いて特訓を積むのだ。数々の武の先生に師事し、驚くべき速さで成長していく。最終的にはそれぞれの武の師匠達に勝てるようになっていたが、その時の魔神の侵攻は深刻なものとなっており、今まさに救世主が必要といったところで勇者が駆けつけるのである。


 本家であるエルザードで母さんに読み聞かせられた話とは少し違う、美化されたものではあるが、民衆の心は掴んでいるようで勇者が実際に能力を使って敵を倒すたびに席の方から歓声が上がっている。


 そうしてようやく魔王との戦いだ。カリン、ガウシア、ライカの順番で勇者の前に立ちはだかり、各々が試練を与えていく。


「そろそろ俺の出番だな」


 ジオン扮する勇者ライデンが最後の魔王を倒し切ったところでステージが暗転する。その隙に俺はステージ上の一番高いところに置かれてある邪悪な椅子に腰かけて、手をたたき始める。


「フフフフッ、勇者ライデンよ。よくぞここまでたどり着いたな」


「貴様が魔神か!」


「如何にも」


 自分が魔神だと肯定するのがなんだかむず痒い気分になりながらそう言うと、俺は椅子から立ち上がり、椅子の前にある階段を下りていって勇者ライデンの近くへと歩み寄る。


「それで? 我に勝てるとでも?」


「愚問だな。そうでもなければ貴様の前に現れることはないだろう!」


 そう言って勇者ライデンが持っている剣で斬りかかってくる。最初、勇者ライデンは魔神に太刀打ちできずに倒れるわけだが、その一撃がどうもおかしい。剣を弾き飛ばすも、その瞬間、周囲に氷の矢が無数に現れ、襲い掛かってくる。


 待て待て、こんなのリハーサルの時無かったぞ。もしかして。


 そう思い、勇者の顔を見るといつも不愛想なその顔にほんのりと笑みが浮かんでいる。主人に似てどうやらこの状況を楽しんでいるらしい。


 そっちがその気なら。俺もムキになって若干大げさに周りの氷の矢を破壊しつくす。


「まだまだ!」


 勇者はそれに懲りず、学んできた武を次々と披露していく。そのすべてがリハーサルの時にはなかった氷の能力による演出があったのは言うまでもない。その尽くを潰しきり、ようやく俺が攻撃するターンになる。


「所詮、軟弱な人間のやることなど我には効かぬのだよ」


 そう言って俺は最小限に抑えた力でジオンに能力を打つ。このくらいでもジオンなら耐えられるだろう。少し意趣返しの意味もあってそれを放ち、無事演出は成功する。


 魔神を前にしてボロボロになった勇者ライデン。


「くそ、魔神がここまで強いとは!」


 一撃だけで立ち上がれない程のダメージを受けた勇者のもとに一人の助っ人が現れる。


「ライデン様!」


 そう言って現れたのはリア様が演じるグレシア姫。勇者の怪我を光の能力で癒すと、また全回復して勇者が立ち上がる。


「ありがとう、グレシア姫」


「ライデン様。こうなれば私たちが力を合わせて倒すしかありません」


「そうだな」


 そう言うと二人の前方に光と氷の能力で作り出された幻想的な技が作り出される。それが俺へと打ち出される。


「な、なんだと!?」


 あたかも抑えきれない、という演技をして俺は見事に氷漬けにされる。これでラストスパートだ。俺の役目も終わった。そう思って安心しようとしたその時、何やら上にいる照明係が必死に何かを伝えようとしているのが見える。


 何だろう、そう不思議に思って辺りを見渡すとその異変はすぐにわかった。ステージ全体を覆っている魔神城のセットが崩れかけているのだ。恐らく、リハーサルの時よりも激しく行った俺と勇者の戦闘のせいだろう。


 問題はリア様が今まさに崩れかかっている城の近くに居るという事だ。ジオンもリア様も演技に夢中で気が付いていない。いくらリア様といえどこれほどの質量の瓦礫が不意打ちで落ちてくるとなると当たり所が悪ければただでは済まない。


 仕方ない。そう思ったときには俺は自身を覆っている氷の膜を破壊していたのであった。

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