第197話 演技

「待って! ライデン様!」


「止めてくれるな、グレシア。私は悪しき魔神を封印するため、魔神城へ向かわねばならないのだ」


「はいカット! リーンフィリアもジオンも中々仕上がってきたね。でもジオンの方がまだ表情に色が無いかな~」


「申し訳ありません、殿下」


 今、俺達は先日決まった演劇の練習をすべく、稽古場へと来ていた。ヒロインとなるお姫様役はリア様、勇者役はジオンがすることに決まったのだ。一応、クラス全員が何かしらの役職に就いている。


 現場監督はクリスと女子数名で行われており、細かい演技指導や照明をつけるタイミングなどを事細かに指示される。


「じゃあ次は魔神の方をやっていこう。クロノ、頼んだよ」


「分かった」


 ちなみに魔神役は俺で、魔神の配下役がカリンとガウシア、そしてライカである。皆、各々結構良い役を貰っていた。魔神役に関しては貴族連中からの熱い要望で俺になったわけだけどな。一応、劇中では本当に能力での戦闘となるため、怪我をしない程度のものではあるもののボコボコにされる魔神役は少し不遇でもある。


 今回の物語は、基本的には過去の逸話で語られている魔神伝説と同じだ。突如、国に現れた魔神が世界を滅ぼさんと活動するのを勇者と当時の国のお姫様が魔神を封印するといった物語となっている。


 最終的に魔神を封印した二人は結婚し末永暮らしていくのであった、というものに少しアレンジを加えて劇に落とし込むらしい。


「ハハハッ! 貴様ら人間如きがこの魔神様に敵うとでも思っているのかー」


「カット! クロノ、いくら何でも棒読み過ぎだよ。もうちょっとこう、感情を込めて」


 最初の数分間、練習をすることで理解した。俺って演技が苦手だ。自分が思っても無い言葉に感情を込めて読むなんて恥ずかしくてできないのである。


「ハハハッ! 貴様ら人間如きがこの魔神様に敵うとでも思っているのか? 笑止千万! 魔王たちよ、この者共を蹴散らしてしまえ!」


「そこで魔王役の三人が勇者たちに襲い掛かって、そうそうそう」


 そうそうそうって言うが、ライカの電撃ちょっと強すぎやしませんかね? ジオンだから大丈夫なのかもしれないが、他の生徒だったら間違いなく気絶してるだろ。


「これで終わりだ!」


 最終局面で、ジオンが氷で作り出した剣を俺の胸元に突き刺す演技をする。向かってきた剣先が俺の横腹を掠めたところで俺はうめき声をあげてその場に倒れ一言。


「き、貴様ら! 覚えておけ! 必ずや! 必ずやこの恨み晴らさん!」


 そう言って暗い谷底へと封印されるのであった。チャンチャン。


「オッケー。通しはそのくらいで後は細かい修正を入れていこう。まずは意地悪伯爵役のゴルド君。君は……」


 そんな感じでクリスから細かいところまで指摘されていく。クリス以外の現場監督も照明係に対してこの演出の時はこの色のライトでだとか道具担当や衣装担当に対してもやっぱりここはこの感じの色を使ってと色々と指示を出していく。


「よし! 今日はこれで終わりにしよう! 皆、遅くまで付き合ってくれてありがとう! 学園祭まで近いから気を引き締めてやっていくよ!」



 ♢



「ドリューゲンって知ってるか?」


 演技指導があったその日の夜、俺は部屋でセレンにそう尋ねていた。ここ数日の間、セレンはどこかへと出かけていたらしく今日ようやく帰ってきたのだ。


「知っておりますよ」


「え、知ってるのか!?」


「はい。王族たちの情報など私には筒抜けでございますので」


 流石はセレンと言ったところだろうか。簡単にそう言ってのける。


「そこに奴等が潜んでいるかもしれないとかクリスに言われたんだが」


「いえ、居りませんよ。私を誰だと思っているのですか。そんなところに居るのでしたらとっくの昔に見つけておりますよ」


 千里眼の持ち主の言う事は違う。たとえドラゴンが住む土地で、認識阻害の様な物が働いていたとしても効かないらしい。


 というかセレンの言う通りドリューゲンにすらいないとするならばいよいよどこに居るのだろうか? もしかして……。


「地上にはいないのでは、ですか?」


「ビックリした。よくわかったな」


「何だかそんな顔をしておられましたので」


 そんな顔ってどんな顔だよ。単純に推測だろ。


「私もその線は濃厚なのではないかと思っております。世界のいくつかに不自然な空間の揺らぎがありますので、その先ではないかと。ただ、問題は私の力ではその中に入ることはできないことですかね」


「なるほどね」


 手を出そうにも出せない場所。そこに奴等が潜んでいる。敵にアンディが居ることを考えれば地上に居ないと言うのも信ぴょう性が増すというものだ。


「取り敢えず今は奴等からの動きがないとこっちからは動けないって訳だな。一応、グレイスにも知らせておいてくれ。あいつらとは連携を取る必要がある」


「承知しました」


 そう言ってセレンはその場から姿を消す。瞬間移動をしたわけではない。早すぎて消えたように見えただけである。


「強くなったな」


 セレンが立ち去った後、そんな呟きを零すのであった。

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