第186話 付き人は執行者

「何だ? 地震か?」


 魔物を倒しながら駆け抜けていると、ここ最近で一番大きな地響きが襲う。安全のため、一度立ち止まり、周囲を警戒する。


「……収まったわね」


「何だったんだぁ?」


 このタイミングで巨大地震。何か不吉な予感がする。そう思っていると、コミュニティカードに受信が入る。カリンだ。


「どうし……」


『ヤバイよ、クロノ!』


「少し落ち着け。何があった?」


 俺の言葉を遮るほどの慌てようだ。先程の地震と言い、嫌な予感がしていた俺はそう尋ねる。


『あいつが出た! 暴食の魔王!』


 その言葉だけでカリンの置かれている状況がどれほど危険なものなのかということが予想がついた。暴食の魔王というのは敵味方関係なく全ての者を食い漁った正真正銘の理性無き化け物だ。


 その強大な力は他の魔王たちを以てしても止めることが不可能であったために俺が交戦する前に魔神の手によって幽閉されたと聞く。それまでの短期間で残した被害は数か所の国が滅び、何十万人の死者を出した魔神族最強の巨人。


 あらゆる能力を吸収し、それを全て糧としながら成長していく。まさに災害そのものであった。


「分かった。少し待っててくれ」


 そう言うと俺は素早くコミュニティカードの通話を切り、リア様に話があると言って部隊から少し離れる。


「リア様、この先に暴食の魔王が出現しました」


「暴食ッ!?」


 その所業は誰もが耳にしたことがある。リア様も驚きを隠せずに大声を上げる。


「正直言って私達の部隊の実力では死にます。このまま引き返してください。セレンもお供しますので」


 俺がそう言うと隠れて付いて来ていたセレンがその場に姿を現わす。


「ダメよ。私も行くって決めたの」


「リア様。今回は相手が悪すぎます。相手は近づいた者敵味方関係なく能力を吸収していきます。傍に立つだけで倒れます」


 リア様たちくらいの実力であれば気絶するだけで済むだろう。だがそれでもカリンやライカぐらいの強さがないと戦うのは難しい。


「だけど! クロノは行くんでしょう?」


「私は行かないといけませんから」


 偽の黒の執行者も居るという話だが、カリンのあの話し方からして何とかなりそうな状況ではない。恐らく、抑えきれていないのだろう。


「どうしてクロノは行かないといけないの?」


 俺の言葉にリア様は鋭く追及してくる。本当であればこんなところで打ち明けるわけにはいかないんだがな。だが、状況も状況だ。殺戮者である過去の俺の姿を見せたくないだのととやかく言っている暇はない。


 今までと同じような手加減した力ではない。全力の破壊の力を身に纏っていく。


「今まで失礼を承知して隠しておりましたが」


 辺り一帯を埋め尽くすほどの黒い世界が一瞬にして俺の体に凝縮されていき、一つ一つ黒の執行者としての力をかたどっていく。


「私の正体はエルザード家の長男、それだけではありません」


 そうして俺を覆いつくす黒いオーラが一気に霧散し、露わとなった俺の姿にリア様が驚愕に目を見開く。


「魔神族との戦いで殺戮の限りを尽くしていた醜い存在、黒の執行者とは私の事なのです」


 俺の告白に最初、目を見開いたままであったリア様もやがてどこか納得したかのような表情に戻り、はあと息を吐く。


「そんな気がしてたわよ。あなたに出会った時から」


「本当ですか!?」


 俺がリア様と出会った時というのはあの死にかけの俺に手を差し伸べてくれた時からという事だろうか? 予想していた反応とは違ったため、安心したとともに笑みが零れる。こんな姿を見せれば存在自体を拒否されると思っていた。


 途端にそんなことを考えて黒の執行者であることを隠しリア様と接してきた自分が恥ずかしくなる。


「2年も前から見抜かれていたとは私もまだまだですね」


「あなたと出会ったのは2年前じゃなくてもっと前なんだけれどね」


「へ?」


 俺が間の抜けた声を出すと、リア様は上品に微笑みながら告げる。


「ほら、急いでいるんでしょう? あなたの事情は分かったから私達はもうお父様の部隊に合流するわ。その代わり分かっている?」


「そ、そんなに近付かれると……」


 破壊の力が危害を加える、そう言おうとするのを遮ってリア様はズイッと近づいて下から俺の顔を覗き込む。


「あなたは私のなんだからヘマしたら承知しないわ。無傷で帰って来なさい」


「承知しました」


 そう言うと俺は跪き、リア様の手に口づけをする。


「私はあなたの付き人でありあなたの剣です。必ずや無事に戻ってきます」


 そう言うと俺は勢いよくその場から飛び立つのであった。



 ♢



「隊長さんや、遅かったじゃねえか。てかあいつはどこ行ったんだ?」


「クロノは別件の用事があるから離脱したわ。それはそうとこの部隊の今後の行動が変わったから教えるわね」


 そう言ってリーンフィリアは四人にゼルダン公爵の軍と合流することを伝える。その胸に抱いた思いを秘めたまま。

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