第185話 強大な存在

 あらゆる方角から進撃を続けていた連合軍はとある場所で一つに集まる。各勢力の最前線たちが揃う中で一人、異彩を放っている者が居る。黒い装束に身を包み、眼前に広がる敵陣を見上げている。


「あれが黒の執行者か」


「初めてこんな間近で見たわ」


 トップ冒険者たちですらその伝説の存在を目の当たりにして戦場だというのに色めきだつ。当の本人はそれをまるで意に介さないまま、ポツリと呟く。


「待ってて」


 誰かに語り掛けるかのようなその呟きは遠くに居る者には聞き取れない程小さい。


「覇斬!」


 一方では赤黒いオーラを放ちながら一部透明な刃に装飾された黒刀を赤髪の男へと振りかざす存在がいた。カリン・アークライトである。彼女の出現にまたもや冒険者たちは湧く。彼女もまた黒の執行者ほどではないにしろ憧憬の念を抱かれるほどの存在だからだ。


「案外強かったね」


 そう言って目の前に倒れ伏す男を一瞥すると、スウッと視線を上の方へと持ち上げ、目の前に聳え立つ魔神教団の本拠地を睨みつける。


 先程の男は魔神教団に手助けをしていた犯罪者ギルドの長である。能力強度測定を行っていないため、順位には載っていないがその実力だけで言えばSランク冒険者以上はあるだろうと言われている男だ。


 そんな悪名高い男をいとも簡単に倒したカリンへと賛辞が贈られる。しかし、カリンは分かっていた。こんなところへ放り込まれる奴なんて魔神教団からすればまだまだ序の口だという事を。


「あれが黒の執行者か」


 カリンは遠くに見える唯一人ポツンと佇む人物を見てそう呟く。黒の執行者の正体を知っているカリンからすれば、あれが偽物であることは明白だが、確かにその人物が放つ力も強力だ。それこそ、能力強度だけで言えばカリンですら負けているかもしれないと思えるほどに。


「あ、ガウシアだ」


 遠くの方に見えるエルフの軍勢の先頭に見慣れた顔が見えて、カリンは安堵する。


 そうして続々と連合軍が集まってくる。順番にカリンが率いる冒険者達、アレス・ドゥ・グランミリタール率いる帝国の黄金騎士団、世界樹の番人ことガウシア・ド・ゼルンが率いるゼルン王国の軍勢、ライカやバルキメデス軍を含むSランク冒険者達、そして黒の執行者。


 奇しくも五つの光全てが集結したその場所に突如として上空から何かが勢いよく落ちてくる。


「よーよー、人類の守護者たち様よ~。全員雁首揃えてご立派なこって」


「フフッ、本気で我々に勝てるとでも思っているのでしょうか?」


「知りたい知りたい! 黒の執行者のホントの姿!」


 出てきたのはかつて勇者として崇められていた元竜印の世代、エヴァン・アイザックにアンディ・ベルトーニ、そして強欲の魔王の子であるグリーディ・グレイス。その後ろから一人の赤い長髪に黄色い瞳をした女性と勇猛な肉体を持った黒髪の男が歩いてくる。


 魔神教団教祖のレヴィとエルザード家当主であるシノ・エルザードだ。


 その四人が出てきた瞬間、その場に居合わせた全員の緊張感が最高潮に達する。正真正銘、敵陣の最強戦力の集結であると誰もが確信していた。


「シノ・エルザード! 貴様には呆れたぞ」


「……」


 アレス皇子の言葉に一切振り向くことなく無視を貫くシノ。それを見た黄金騎士団たちがいきり立って突入しようとしたが、それをアレスは手で制止する。


「挑発しただけだ。お前達がそれに乗るな」


「も、申し訳ありません」


 黄金騎士団がそんなやり取りをしている中、シノはそちらには一切目を向けず、ただ一点を見つめている。


「黒の執行者とやら。貴様がその呼び方に酔いしれている内に無様に潰してやる」


 そう言ってぼんやりとシノの後方にある建物を眺めている黒の執行者に鋭い視線を飛ばす。対する黒の執行者はそれすらも気に留めていないかのような素振りでぼんやりと無言のまま立ち尽くしている。


「落ちこぼれ如きが調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 その態度を見たエヴァンが人型の狼の姿となって黒の執行者に襲い掛かる。そんな状況だというのに黒の執行者は微動だにしない……かのように見えた。


「あなたには用はないのです」


 いつの間にかエヴァンの真後ろに移動していた黒の執行者はその有り余る力で後頭部目掛けて拳を振るう。


「なっ!?」


 エヴァンはその攻撃を獣の反射神経を以ってすさまじい速さで回避する。


「無駄ですよ」


「それはどうかな?」


 いつの間にか黒の執行者の近くに来ていたアンディがそう呟いた瞬間、三人の身体は異空間へと吸い込まれていくのであった。


 そして数瞬後、何もない空間から飛び出してきたのはボロボロになったエヴァンとアンディの姿と体に一切の傷が無い黒の執行者であった。


「なるほど、想定以上に強い。これはサタンにお願いしておいてよかったわな」


 そう言うとレヴィはその指をパチンと打ち鳴らす。何かの合図か? そう皆が気を張り詰めていた時、突如として常人ならば立っていられなくなるほどの地震が起こる。


「妾達が姿を見せたのは奴の縛りを解放するための時間稼ぎだ。だが、そなたらが来るのが遅かったゆえにもう準備は済んだようだ。一度、奴に敵う者は居ない。たとえ黒の執行者でもな! せいぜい足掻くと良い!」


「フフフッ、聖域」


 グリーディの力によって倒れている二人を含むすべての存在がどこかへと消える。そして何も残っていない更地に一筋の亀裂が走る。その亀裂は幾重にも連なっていきやがて地面の下から巨大な黒い物体が飛び出してくる。


 その姿を見たものは誰もが畏怖し、動けなくなってしまう。それこそあのアレス皇子ですら恐怖で体が動かせないのだ。


 暴食の魔王、ベルゼブブ。かつて人類を恐怖のどん底へと突き落とした最強の巨人が顕現したのであった。

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