第12章
第159話 憩い
ザザーン……。
白い砂浜に太陽の光を照り返しながら波が打つ。俺達は長期休暇を利用して海へと来ていたのであった。
「風が気持ち良いわね」
「そうですね」
ここはアークライト家が所有している避暑地であり、俺達以外に誰も居ない。いや、正確に言えばガウシアの護衛として数名の騎士たちは付いてきているが、それだけだ。
リア様が白い椅子の上に座り、木の実のジュースを飲んでいる横で俺は使用人の服を着たまま直立している。この木の実のジュースはガウシアがゼルン王国から持ってきてもらった木の実を使用している。
「あなたも水着に着替えればいいのに」
「私は大丈夫です」
リア様と話しながら水着に着替えて海の中で遊んでいるガウシア、カリン、ライカ、ヘルミーネの姿を眺める。別に泳ぎたくないとかああいう輪の中に入りたくないという思いがあるわけではない。ただ……
そこで俺はちらりと横に視線を逸らす。そこに居たのは筋肉質な体を恥ずかしげもなく見せつけ、海を泳いでいる男。今回、男一人では寂しいだろうというリア様のご配慮によってクリスも来ていたのだが、いかんせん余りに露出の多い水着に俺は恥じらいを感じていた。
「何だ、クロノは泳がないのか?」
リア様が呼んだもう一人の男、ジオン・ゼオグラードがそう声をかけてくる。俺がグレイスに入った事をきっかけにある程度話す仲にはなっているが、本人があまり社交的なタイプではないため、話しかけてくるも少し壁があるように感じる。
「ああ。お前らの水着を見るとどうもな」
それと他にも理由がある。魔神族との戦いの日々で満足に治療も施さなかったことが原因で俺の身体には無数の傷跡が残っている。それも水着姿になることへの躊いの理由の一つであった。
「そうか。まあ私も泳ぎはしないからこれに着替えたのは意味ないけどな」
「じゃあ何のために着替えてんだよ」
「それは……気分だ」
気分かよ。いまいちつかみどころのない男だ。というかお前の主が呼んでるんだから行ってやれよ。
「あら、ジオンとも仲が良くなったのね」
「たまたま話す機会がありまして」
「そうなのね。意外だわ」
「まあ最初に関わったのがあれだったからな」
ジオンの言葉であの時の事を思い出す。やたらと魔神教団と繋がってるんじゃないかと疑われた挙句、攻撃までされたからな。まったく酷い話だ。
「そういえば他の奴等はどうしたんだ?」
「まだ任務中だ。あいつらも海に来たがってはいたが生憎忙しくてな」
「へえ、そうか」
カトリーヌなんかは滅茶苦茶こういうの好きそうだもんな、とぼんやりと考えているとスウッとすぐ後ろに人が現れる気配がする。
「セレンか」
「いかにも」
もう少しまともな現れ方をしろよな、と思いつつ後ろを振り返ると、そこには布面積の少ない大胆な水着を着たセレンが立っていた。
「ていうか水着を着ててもそれは取らないんだな」
「初めての感想がそれですか!?」
俺が顔を覆っている布について感想を述べると、セレンが地面に崩れ落ちる。
「クロノ。あなたってホントに乙女心が分からないわよね」
「えっ、あっ、そうですよね。すまん、セレン。可愛いと思うぞ」
本当はストレートに言うのが恥ずかしかっただけでどういう言葉を欲しているのかが分かっていないわけではない。
それに、俺とセレンの関係というのは飽くまでセレンが俺の事を恐怖しているから成り立っている関係であってそういう発言をして良いのか、という疑問もあったのだ。
「そ、そうですか。なら良かったです」
いつの間にかスッと立ち上がり、いつも通りの感じに戻る。どうやら機嫌は直ったようだ。
「そういえばセレン来てたのね。いつから居たの?」
「いつから? クロノ様がこちらにいらっしゃると聞いていたから昨日の昼にはもう居たわよ」
あの一件以降、セレンの存在はリア様には認知されており、こうやって普通に話し合う仲にまでなっていた。最初こそセレンがリア様に敵対心剥き出しではあったもののリア様の大いなる御心のお陰ですぐに打ち解けていた。
まあ、カリンにはまだ言ってないんだけどな。何かセレンが嫌がるから。
「では私は少し殿下の下へ行ってくる」
「ああ」
そう言ってジオンが離れていく。向こうの方でクリスが海から上がったのが見えたからだろう。
「私も休憩できたし皆の所に戻るわね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
そう言ってリア様もこの場を離れていく。残されたのは俺とセレンだけだ。
「クロノ様」
「なんだ?」
セレンが現れた時点で何かを察しているもすぐにそう聞き返す。
「少しお話があります」
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