第122話 勇者と魔王
「やっぱり来ると思ったわ。勇者さん」
黒い刀を携え、化け物じみたオーラを放つカリンを前にしてアーリアはまるで予期していたかのような口調でそう語り掛ける。
「でもこれだけのSランクの魔物が居たら流石の勇者様でも守りながら戦うのは不可能でしょう?」
カリンによって吹き飛ばされた魔物たちがぞろぞろと起き上がる。軽い攻撃ではびくともしない程強力な個体ばかりである。
カリンは後ろで満身創痍となっているグラザスとアレスを見やると瞬時に状況を判断する。
「アレス殿下、副騎士団長と共に団員の皆さんを連れて退いてください。ここは私が引き受けます」
「カリン殿、心配はご無用だ。私ならば対等に……」
「殿下!」
引こうとしないアレスの腕をグラザスが掴み、首を横に振る。
「ここはおとなしくカリン殿に任せましょう。アーリアさ……いえ、アーリアだけならまだしも一度現れたら大災害をもたらすと言われるあのSランクの魔物がこれだけ大勢いるのです。正直レベルが違います」
「あらあら、まるで私だけなら何とでもなるって言い方ね、グラザス。そういう生意気な子にはお仕置きが必要だと思うのよね」
立ち上がろうとするグラザスに向かって剣を振るおうとするアーリアの剣先に黒い刀が滑り込む。
「させないよ」
「鬱陶しいわね。でも相手は私だけじゃないのよ?」
アーリアの剣を抑え込んでいるカリンの脇から2体の魔物がアレスの下へと駆けていく。アーリアが操るSランクの魔物である。
1体は巨大な体を持ちながら目にもとまらぬ俊敏さで相手を翻弄するベヒモスという魔物。嘗てこの魔物が出現することによって小国が二つ滅んだという。
そしてもう1体は強力なブレスを放つクリスタルワイバーン。世界に3体だけ存在するという伝説の魔物ドラゴンの下位種であるワイバーンの中で最も強力な種族であり、その水晶でできた体の硬度はダイヤにも勝ると言われている。
「しまっ……」
「行かせないわよ」
助けに向かおうとしたカリンの行く手をアーリアによって防がれ、先程とはまさに真反対の構図となってしまう。
「黒炎竜!」
2体の魔物に向かって黒い炎の竜が襲い掛かる。
「アレス殿下!」
「分かっている。足止めをしただけだ!」
そう言うとアレスはグラザスと共に黄金騎士団員たちの体を担いでステージの入り口の方へと走っていく。
「あのレベルの魔物であれど流石に足止めくらいはできるだろう」
ちらりと後ろを見やりながらアレスはそう呟く。その思惑通り、黒炎はベヒモスの体を燃やし、その激痛に身を悶えさせるに成功する。
しかし、クリスタルワイバーンには火が通らず、黒炎の中を意に介さずに突撃してくる。
「ベヒモス1体くらいならばなんとかなったのだがな。一体こんなにどこで集めてきたのか」
Sランクの魔物にダメージを与えることすら本来ならば至難の業であるため、アレスは決して弱いわけではなくむしろ世界基準で見れば強い方なのである。
ただ、相手が悪い。
それぞれの弱点を補うがごとく多種多様な魔物たちがアレスたちを追いかけてくる。
二人が捌ける許容数はせいぜい1体。10体近く居る今では素直に退くことしかできない自分に悔しさを覚えたのかアレスはギリッと歯を食いしばり、そのまま走り出す。
「カリン殿! 後は任せた!」
そうしてアレスとグラザスは騎士団員を担いだまま退路を急ぐのであった。
♢
「まさか逃げられるとは思わなかったわね。仮にもSランクの子たちなのに」
アレス達が逃げた先を見据えてアーリアはそう呟く。その周りにはカリンに斬られて再起不能になった魔物たちがごろごろと転がっている。
「何体かこっちに残しておいて正解ね。危うく私が斬り刻まっるところだったわ」
「その割には結構余裕そうだったよね?」
「うふふ、バレた? まっ、逃げた子たちはどうでもいいか。能力強度をもらうのが後か先かの違いだけだから。先にあなたを倒さないといけないしね」
色欲の魔王の能力は魅了と呼ばれるもので自分よりも格下の相手を無制限に操ることができるという能力だ。一見すると魔王個人としては弱いようにも思えてしまう。
しかし、実際には魔王と呼ばれるだけあって凄まじい膂力と俊敏さをも兼ね備えている。
その力を引き継いだアーリアは元々、剣の達人であったことも合わせて、戦闘面において他の魔王の子たちと全く以て引けを取らない存在となっている。
現に勇者のオーラで強化されているカリンに対してすら余力を残しながら相手ができるほどだ。
「
カリンが放つ極大の斬撃はアーリアには届かず、近くにいた魔物を斬り刻むのに終わる。
「そんな大ぶりな攻撃、当たらないわよ!」
若くして帝国トップの騎士団で副騎士団長を務め、現団長を以て次期団長とまで言わしめた天才は身体能力が魔王と同等になったことで更に強化されてしまい、こうして世界で二番目の能力強度を誇るカリンと対等に打ち合えるほどにまでなっているのだ。
「もちろんこれを当てる気じゃないからね」
カリンは躱された刀を逆に返して斬りかかるもそれも読まれていたのかアーリアの剣によって阻まれる。
「覇斬は避けるけどこれは避けないんだね」
「……何が言いたいのよ」
「別に? もしかしてあの攻撃は受けきれないのかなと思っただけだよ」
その言葉を聞いたアーリアはトンッと後方へ飛び、カリンから距離を取る。
「仲間の魔物たちももういなくなったことだしこれからは本当に1対1の勝負だね」
「……流石に勇者が相手となると分が悪いわね」
アーリアはちらりと仲間の傲慢の魔王の子の方を見やる。あちらもあちらで中々に苦戦しているようで、いまだ戦っている最中だ。更に自分が魅了をかけた奴等も気を失っているかどういう訳か解除されているということを感じ取っていた。
「最悪ね、こいつは飲まないって決めてたのに」
「何をする気?」
「あなたには内緒よ」
胸ポケットから赤い液体の入ったガラス瓶を取り出すとアーリアは中の液体をゴクンッと一気に飲み干す。その瞬間、アーリアの力が爆発的に上昇し、その力の奔流がその辺一帯全てを呑み込むようにして暴れはじめる。
「覇斬ッ!!!!」
ガキンッ!
異変を感じ取ったカリンが凄まじい速さで移動し、斬りかかるもその一撃はアーリアの振り抜いた剣によって体ごとはじき返されてしまう。
ドガン!!
カリンはアーリアの力によって壁まで吹き飛ばされ、壁が砕け散るほどの威力で全身を強打する。
「これ飲んじゃったらもうおしまいよ。勇者様でもね」
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