第90話 黒い過去

「それでどうしたんだ? 孤児院に来てから様子がおかしいのはなんとなくわかっていたが」


 ライカに連れられて孤児院の外に来た俺は開口一番にそう問いかける。


「私、あの人を知っている」


「あの人ってキャルティさんのことか?」


 俺の言葉にライカはコクリと頷く。


「多分、あの人は私のこと、気付いていないけど。だいぶ変わったから」


「なんだ? 昔の知り合いか?」


「知り合いというか私が居た孤児院の元院長」


「なんだと!?」


「声が大きい」


 ライカに言われてすぐに口を塞ぐ。いきなりそんな思いもよらないことを言われたんだからそりゃ驚くだろ。


 そしてふと昔のライカとの会話を思い出す。


「だがライカって確かここ出身じゃないよな?」


「うん。多分、彼女が私達の孤児院から出た後にここに来たんだと思う」


「孤児院を出た?」


 院長が孤児院を出るとは? 引継ぎか何かでもあるのだろうか?


「うん。彼女は孤児院を出た。正確に言うと追い出された」


「追い出された? なんでだ?」


 金でも横領していたのだろうかと思い理由を聞いたのだが、返ってきた言葉は俺の想像を超えるものであった。


「孤児院の子供を売ってたから」


 素っ気なく語られた闇の真実は嫌な予感というものに結びついていく。


「てことは今回の子供たちに起きている事件も彼女の仕業かもしれないってことか?」


 俺の問いかけにライカはコクリと頷く。


「ただ、彼女の能力に魔物化はない。証拠もない。だからまだわからない」


 なるほどな。その真実を知っているからこその今までのライカの態度だったってわけか。とか冷静ぶっているが内心は衝撃であんまり話が入ってこないが。あんなに優しそうな人が人身売買だと? 世の中は分からないな。


 だが証拠があるわけでもない。昔はそうだったとして今は違うというパターンも1%くらい残されているかもしれない。


「なら現状は静観で良いな。怪しい動きでもしたら取り押さえればいいし」


「でも私達がいる間にそんな動きは起こさないと思う」


「それは大丈夫だ。一回帰ればいいんだよ」



 ♢



「あら、外に出ていらっしゃったんですか?」


「ええ、まあ少し」


 ライカの衝撃的な話を聞いた後に孤児院の中へと戻ると、件の人物であるキャルティさんに声をかけられる。


 俺はなんとか怪しまれないように平静を装ったが、恐らく様子がおかしいことはバレただろう。不思議そうにキャルティさんがこちらを覗き込む。


「どうかされたのですか? お二人とも」


「い、いえ。子供たちを襲った犯人は誰なのかと考えておりまして」


 内心冷や冷やしながらもぶっこんでみる。これで少しでも真であるという反応を見られればやりやすいのだが、現実はそう甘くない。


「そうやって考えていただけるだけでありがたいです。皆さんは依頼を受けているわけではないのですから」


 特に表情の変化も見られないな、と思っていると横で黙っていたライカがずいっと前に乗り出してくる。


「その依頼、何ランクで出してる?」


「え? Fランクですけど」


「ありがと。それだけ」


 そう言うとライカはキャルティさんから離れるように歩いていく。


「すみません。あいつはいつもああいう奴なんです」


「いえ、お気になさらず」


 なるほどね、子供の失踪を探る依頼をFランクで出しているのか。それも馬車で来なければならないような田舎で。誰もそんなうまみのない依頼には飛びつかないだろう。それが狙いなのかはたまた単に金がないだけなのか。


 ますます俺の中でキャルティさんへの疑念が強まっていく。


「皆寝ちゃったみたい」


 キャルティさんと話していると、そこに疲れた表情のリア様とカリンがやってくる。子供部屋の方を見ると確かに皆すっかりおやすみのようだ。


「ありがとうございます。こんな所ですから子供たちも遊び相手が私しかいませんので嬉しくなったのでしょう」


「いえいえ、私達も楽しかったので」


「そうだね。久しぶりに子供たちと遊んだから楽しかったよ」


「リア様、もう遅いですしそろそろ帰りますか?」


「そうね。子供たちも心配だけどキャルティさんがいるなら安心だし」


「はい。次からは子供たちが攫われないよう用心しますから」


 そうして孤児院を出る。胸を張るキャルティさんの姿に一抹の不安を覚えながら。


「すみません、リア様。少し連絡したい人がいるのですが、よろしいですか?」


「別に断らなくても良いわよ」


「では失礼します」


 そう言うと、俺は4人の下から離れてある者のカード番号に連絡をかける。


「お前の所の一人借りられるか? 今、コムギ村に居るんだが」


『ああ、良いよ。ちょうど一人任務でそこに向かってるから連絡するね。用件は?』


「コムギ村の孤児院の監視だ」


 俺がそう告げると向こうから微かな笑い声が聞こえる。


『奇遇だな。こっちの任務と一緒だ』

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