第4章 選考試合

第36話 選考試合

「今日はたくさん採れたね!」


 山菜を採った帰りのこと、黒い髪の少年は快活に横に居る白髪の女性に向かって言う。


「そうね~、群生地を見つけられたからかしら?」


 その日は調子が良く、いつもよりも多くの山菜を手に入れることができた二人はホクホク顔で帰路に就いている。


 少年は嬉しくなって、女性と歩幅を合わせて横に並んで歩く。


「今日はどんな料理を作ろうかしらね? 何か希望はある?」


「俺はなんでも良いさ。……さんの作るものはなんでもおいしいから」


 ニコリと少年が女性の方を振り向くと、その女性の腹から腕が生えているのが見える。


「に、逃げて……クロノ」


 一瞬、目を離しただけだった。


「……さん!」


 少年は女性の命を助けるべく、隠していた能力を発現させる。破壊の能力は全てを包み込んだ。


 いつしか、女性を殺した者は跡形もなく消え去っていた。


 しかし、その女性は助からなかった。


 が横を歩いていたばかりに。


 が敵の接近に気付けなかったばかりに。


 少年は強く心に刻みつける。


 これは大切な人を殺された少年が孤独な復讐の始まりの物語。



 ♢



「ハッ」


 俺は勢いよく体を起こす。


 ……なんだ夢か。


 体が冷や汗でびしょびしょだ。


 俺は布団から抜け出すと、すぐにシャワーを浴びに向かう。


 それにしてもあの頃の夢を見るのは久しぶりだな。最近、黒の執行者の名前をやたらと聞いているからかもしれない。


 今の夢は俺の中で忘れたい記憶であるとともに絶対に忘れてはならない記憶でもある。


 シャワーを浴びながら俺は少し考え事をする。


 思えば俺がやたらと背後を気にするようになったのはあの一件からだったな。


 そして俺が魔神族を潰し始めたのもあの一件からだった。


 懐かしいな。



 ♢



「今日は選考試合だ。各人、今まで培ってきたものを全て吐き出すつもりで挑め。じゃあ、会場に向かうぞ」


 ギーヴァ先生の後ろをぞろぞろとSクラスの生徒たちが付いていく。


「いよいよ始まるのね」


 リア様は少し緊張していらっしゃるようだ。


「私、暇」


「お前は仕方が無いだろ? 強すぎるんだよ」


 ライカはSランク冒険者ということで選考試合に出ずに、闘神祭本選から出ることになったのだ。


「それはクロノも同じ」


「お前ほどじゃない」


 ライカの疑う眼差しを華麗に避ける。


「そうですね。ここ3週間ほど見てきましたが、ライカさんは他とは一線を画するほどだと思います。クロノさんが弱いとは言いませんが、それでもライカさんほどではないと思いますよ?」


 ナイスフォローだガウシア。


「クロノも選考試合を免除されるくらいには強いと思うんだけどな~」


 リア様がこちらを振り向きながら言う。


「それはないですよ。私はリア様が思うほど強くありませんので」


 リア様は俺が本気の能力を見せたことが無いというのになぜか過大評価をしてくれる。心情的にはありがたいのだが、どうして俺が本気を隠していると分かるのだろうか?


 まるで昔の能力を存分に使っていた俺に会ったことがあるような……


 そうしてギーヴァ先生に連れられてきたのは決闘場を更に大きくした会場であった。


 普通に決闘場で試合をするものだと思ったんだがな。あそこもまあまあでかいし。


 そうして俺達はそのまま会場の中へと入っていく。中には既に上級生らしき人達がいる。


 観客席にはちらほらと生徒の姿が見える。恐らく、今回出場しない生徒たちだろう。


 出場しない人って結構多いんだな。1年Sクラス以外の1年生を集めてもこれほどの人数にはならないだろうから、半分くらいが2年生以上の生徒だろう。


「うわあ、本格的だね」


「そうですね。まさかここまでの設備がこの学園にあるとは思いませんでした」


「今からここで戦うんですよね……少しドキドキしてしまいます」


 ライカは出場しないため、既に観客席にいる。一人だけつまらなさそうな顔をしてこちらを見ている姿が見える。


「これで、全出場選手が出そろいましたね。それでは、選考試合のルール説明を始めたいと思います!」


 遂に選考試合が始まる。

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