第31話 勇者との食事

「わ、私のことなんかよりもカリン先生のお話の方が聞きたいです」


 俺はそう言って5人の話題を俺の仮面の話とは思い切り違う方へと変える。これ以上話していたらいつかぼろが出そうだからだ。


「あっ、私も聞きたいです」


 俺の言葉にリア様がいち早く反応してキラキラとした目をカリンの方へ向ける。


「私の話ですか……例えばどのようなお話がよろしいでしょうか?」


「七罪魔王の軍勢を勇者の方々だけで撃退した話などが聞きたいです」


 魔神の軍勢には魔神族を率いて行動する、いわゆる幹部のようなやつが居た。そいつらは「七罪魔王」と名乗り、姿かたちは他の魔神族と同じく人間のような見た目をしているのだが、他の魔神族とは一線を画する強大な実力で次から次へと人類を追い詰めていった。


 魔神を封印した今でも七罪魔王の内、3体、嫉妬の魔王、憤怒の魔王、暴食の魔王は倒せないまま行方を眩ましている。


「私達はあくまで撃退に成功しただけなのですが、それでよろしければ話しましょう。まず、私達が迫りくる魔神族を倒している間に突如として現れたのが怠惰の魔王でした。これが初めて七罪魔王が出てきた時ですね」


「知ってます! 確か、対象の動きを鈍らせる能力を使ったとかいう奴ですよね?」


「そうです。正確には『スロウ』という能力なのですが、私達はその能力に苦戦しながらも必死になって食らいつきあと一歩というところまで追い詰めたのです。しかし、そこからが絶望の始まりでした」


 そう言うカリンの表情は暗く沈む。


 俺はなんとなく知っているからその暗い表情の理由は分かる。


「なんと、怠惰の魔王は私達を相手に本気を出していなかったのです。私達が追いつめたと思っていたのは怠惰の魔王が真の力を出していなかったからなのです」


 流石は「怠惰」という文字を名前に冠する魔王というところだろうか。自分が追いつめられて初めて実力を出し始めたのだ。俺はその現場に居合わせていなかったからあまり詳しくは知らないのだが、勇者たち以外にかなりの被害を出したらしい。


「それまではゆったりとした動きで、凄まじい力を振るう感じだったのですが、追いつめられた後は想像を絶するほどの速度で強烈な攻撃を次から次へと繰り出してくるようになったのです。ただでさえ、こちらはさらに強力になった『スロウ』で動けないというようにそんな攻撃をされてしまい、手も足も出ませんでした」


「勇者様が手も足も出ない……」


「お、恐ろしいです」


「……」


「怖いな」


 俺は怠惰の魔王を知っているため、その恐ろしさもようく分っている。


「結局、私の『勇者』の能力がその戦いの中で進化することで撃退するに至ったのです」


 ここだ。ここがカリンの能力『勇者』の強みだ。本来ならば普通の能力はそんなに急激に成長することは無いのだが、勇者はそれが実際に起こるのだ。あまりの急激な成長のため、勇者に限って能力が『進化した』という表現が使われる。


 これがカリンの能力が最強だと言われる所以であり、唯一無二の力である所以でもある。


「勇者様ですら倒すことができなかったなんて……では『怠惰の魔王』はいったい誰に倒されたのですか?」


 リア様が問うと、カリンは静かに答える。


「私達より上の存在と言えば二人しかいないでしょう? 現1位のあのお方とそしてもう一人」


「……黒の執行者さまですね」


「その通りです」


 そう、怠惰の魔王を倒したのは俺なのだ。だから、俺は怠惰の魔王のことを知っているし、その特徴までも知っている。


「黒の執行者は私達が何日にも亘って苦労して撃退した怠惰の魔王すらほんの数時間で片付けてしまいました。あの時ほど、劣等感を抱いたことはありません」


 それは悪かったな。そしてもっと言うと数時間もかかっていない。


「やはり、黒の執行者様って偉大な存在なのですね……あ~一度でも良いからお会いしたいです」


 恍惚とした表情を浮かべてガウシアが言う。本当のことを言えば一度ならず何回も顔を合わせているんだがな。


 一方で俺の正体に薄々感づいているライカは横目でこちらを見てくるが、俺は素知らぬ顔をする。


 それから、リア様とガウシアがカリンに黒の執行者とはどんな姿だったのか、またどんなエピソードがあるのかを聞いているうちに、昼休みが終わった。

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