40代中年パパの場合

羽弦トリス

第1話係長は小学生の子供のパパ

ここは中部地方のとある街のとある会社。

「係長、この書類ですが不備がありますから、業務部に突き返して宜しいでしょうか?アイツら総務課をバカにしてますよ!」

「藤原君。ミスは誰でもある。優しく説明してね。聞き手の粗相は言い手の粗相っていうからね」

「もう、8回目なんですがね」

「何?8回だと?けしからん、僕が直接書類を業務部に突っ返してやる」

「か、係長、そこまでキレなくても」

「総務課をバカにしおって!」

堀江は書類を藤原から奪い、一階下の業務へ向かった。


「おい、大倉君。この書類作成したの誰?」

大倉は堀江と同期で同い年だ。役職は課長。

「どうしたのさ、堀江君」

「君の電算課に同じミスを8回もした、たわけ者がいるんだ」

「ごめん。ホントごめんよ。オレが厳しく指導するから」

「わ、分かったよ。今夜はおごれよ」

「いいよ。すまんね、わざわざ」


自分の席に戻ると、若いヤツラがこっちを見る。

そして、"鬼の堀江"はやはり噂通りだと全員が思った。

その時だ、スマホがブルブルしてきた。着信だ。

堀江はスマホを見ると、発信者は自宅になっている。

席を外し、廊下で電話に出た。

【パパ~?】

「うん、パパでちゅよ!どうしたの?」

【かぜひいちゃった~】

「ママも、いまちゅか~?」

【いるよ!】

「ママと代わってくださちゃい」

【トシ君?洋太、熱出しちゃって。小学校から電話があったの。今日は早く帰れる?】

「う、うん」

しまった!飲む約束していたが子供の為だ!今日は早く帰ろう。

【トシ君、あんた今、会社のなかでしょ?でちゅ~とか言わないでよ!恥ずかしい。あと、菊千代のエサと牛乳買ってきて!】

「はい」


こんな所を見られたら、"鬼の堀江"の名がすたる!

今日は5時ジャストに帰ろう。大倉に飲めないとLINEを送った。

振り返ると、藤原と田中が立っていた。

「な、何か用事?」

「はい、係長のサインをもらいに来ました。印鑑は僕が押しますんで」

「……分かった!」

「それと、係長は意外とお子さんには優しいんですね。幼稚園ですか?」

堀江は逃げ出したい気持ちだったが、

「し、小学生」

「"鬼の堀江"もお子さんには、でちゅとか使うんですね。ギャップ萌えしました」

「た、田中、藤原、誰にも内緒で」

「分かりました」

「分かりました」


堀江は屋上の喫煙所で時間を潰していた。早く帰りたい。

恥ずかし過ぎる。あの2人は秘密にしてくれるだろうか?

昼休み、オフィスに戻った。弁当を食べている部下の顔がにやけて見える。

ふと、予定表を見るためにホワイトボードに目をやった。


【藤原。担当者会議の為、N社へ。その後、直帰でちゅ】


な、なんじゃこりゃ~!

だいたい、あいつの担当はISO手続き専門じゃねえか!

やられた。


午後に電話が鳴る。

「係長、内線1番でちゅ」

「堀江君?今から、訂正した書類今から持っていきまちゅ」

ど~なんてんだ、この会社はっ!

堀江は目眩を覚え、倒れてしまった。


「パパ~ど~したの?パパ~」

「トシ君、トシ君」

堀江は目を開いた。自宅のベッドの上であった。

「今、何時?」

「夜中の2時半過ぎ。トシ君、ずっとうわごと言ってた!悪夢でも見た?」

「う、うん。悪夢だった。今日は何曜日だっけ?頭がパニックで」

「日曜日よ」


この夢を見た日から、堀江は『でちゅ』を二度と使わなくなったのである。




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