ヤキトリヤキソバ

ポムサイ

ヤキトリヤキソバ

「『やきとり』ってさ…正確には『やきにわとり』だと思うのよね。」


「へ?」


 国語の授業中、先程行われた席替えの結果隣の席になった島津梨花が明らかに俺に向かって言葉を投げてきた。

 初めて交わす会話が『やきとり』とは…それに島津さん、今授業中ですぜ…。俺は聞こえない振りをして教科書に目を落とした。


「だって、可哀想だと思うのよ。」


 続けるんかい!!島津梨花は成績優秀、口数の少ない可憐な乙女…って感じだったのだが、そのイメージを改めてなくてはならないようだ。


「鳥って世界に何種類いると思う?」


「え~と…2000くらいかな?」


 俺はつい答えてしまった。だってしょうがないじゃない…可愛いんだから…。


「残念!10000種類近いと言われてるんだよ。なのに『やきとり』って…。にわとりに世界10000種類の鳥達の思いを背負わせるのは可哀想だと思うの。ダチョウとかコンドルとか果ては水族館の人気者ペンギンとかの代表だなんてにわとりには荷が重過ぎると思わない?」


 何言ってるんだコイツ…。鳥達の思いを背負ってる自覚がにわとりにある訳ないだろう。島津梨花…さては変な人だな。可愛いのに残念だ。


「え~と…、別に思わないかな。」


 はい、これでこの話しはおしまい!テスト近いんだからちゃんと授業は受けましょうぜ。


「思わないか~。じゃあ、精神論はここまでにして、現実問題として『やきとり』を注文して『やきペンギン』が出てきたらあなたはどう思う?」


 さっきまでの話は精神論だったのか?そして現実問題と言ったが『やきペンギン』は現実的じゃないだろうが!!


「え~と…嫌かな。」


「でしょ?その解決策が『やきとり』を『やきにわとり』に変更するって事なのよ。いえ、変更ではないわ…。これは訂正ね。画期的だと思わない?」


 ああ…面倒臭い。


「え~と…そうだね。うん…画期的だと思うよ。」


 ニヤリと得意気に笑った島津梨花だったが、その表情はすぐに暗く沈んだものに変わった。


「…そう言ってくれるのはありがたいんだけどね…。残念なお知らせがあるの…。」


 急にどうした!?


「北海道、埼玉、東京、九州の一部では豚肉に…主にバラ肉なんだけど、それに串を打って焼いた物も『やきとり』って言うんだよね。」


 へ~。それは知らなかった。


「私…もう『やきとり』が何なのか分からなくなってきちゃった…。ねえ、『とり』って何なの?『とり』って鳥じゃないの?それとも豚も鳥だったの?」


 豚は鳥ではない…当たり前だけど。絵に描いたような錯乱ぶりだな。島津梨花は心なしか目が潤んでいた。泣くほどの事じゃないだろう!?


「お~い。そこ、うるさいぞ~。」


「あ、すみません。」


 ほら、叱られた。って何で俺が謝らなくちゃいけないんだ?当の島津梨花は少しも申し訳なさそうな顔もせずにいる。何だか腹が立ってきたぞ。


「あの…あのね、今授業中だからさ、その件は休み時間とか放課後にでも…。」


 腹が立っても強く言えない俺…情けない。


「こ…これは!?」


 俺の絞り出した言葉も島津梨花には届かなかったらしい。彼女は授業中だというのにスマホの画面を食い入る様に見つめていた。まだ理性があるとみえて教科書を立て先生からはそれが見えないようにしている。


「…なるほど、そういう事だったのね。」


 そう言うと島津梨花はスマホを机の横に掛けている鞄にしまい何事も無かった様に授業を聴き始めた。

 良かった。検索で彼女の疑問は解決したらしい。これで俺も授業を…ちゃんと…聴く…ことが…出来…………ヤバい、メチャクチャ気になる!!

 豚肉でも『やきとり』で良い理由?いや、そもそもやきとりにおける『とり』の定義が違うのか?

 …いや、待てよ、島津梨花は豚の串焼きをやきとりと呼ぶ地域を詳しく知っていたし、世界の鳥の種類数も知っていた。それは検索で知った知識ではないのか?

 だとしたらその理由も事前に知っていた可能性があるんじゃないか?ならば、今まで話した事もない俺に…しかも授業中にこんな話を振ってきたんだろう…。


「あ…。」


 思わず声が出てしまい慌てて周りを見渡した。幸いにも俺に目線を向ける者はいなかった。

 一つ思い当たる事があった。

 冒頭述べたが島津梨花は成績優秀だ。だが、そんな島津梨花に俺が唯一勝っている科目がある。それがただ今絶賛授業中の国語だ。逆に言うと俺は人様に見せられる教科は国語しかない。特に英語と数学は壊滅的で母親にテスト結果を見せたら怒られるでもなく呆れられるでもなく爆笑されるという有り様なのだ。

 そこから導き出された答えは一つ。島津梨花は俺の国語力の低下を狙っているのだ!!間違いない!!自ら授業を放棄してまでもその策に出るとは…島津梨花…恐ろしい女だ。きっと自分は家でこの授業分の内容を頭に「必勝」と書かれたハチマキを巻いて猛勉強するに違いない。

 そうとなれば俺も黙ってはいられない。死なばもろとも島津梨花を母親に爆笑されるレベルまで引き摺り落としてくれるわ!!


「俺は常々『カップヤキソバ』は名前を改めるべきだと思うんだよね。」


 俺は反撃の狼煙を上げた。島津梨花の眉がピクリと動くのが分かった。俺は続ける。


「だって、『ヤキソバ』を名乗っているにも関わらずあれ…焼いてないんだよ。」


「確かに…そうね…。」


 掛かった!!俺は心の中でガッツポーズをした。


「島津さんなら何て改名する?」


 島津梨花は俺に一方的に話しかけるか軽く質問するという妨害を行ったが、俺は違う。相手に考えさせるという一段階上の妨害を実行したのだ。何と悪魔的な策だろうか。自分が恐くなるぜ。


「そうね…。『ヤキソバ風カップ麺』なんてどうかな?あなたなら何て名前にするの?」


 レスポンスが早い!!しかもすぐさまの質問返し…。コイツ…出来る!


「やはり焼いてない事を明確にするべきだと思うんだ。だから実際の調理法を冠して『ヤキソバ風ふやかし麺』てのはどうかな?」


「ブフッ!ン゛ン゛ン…。」


 島津梨花が吹き出した後に誤魔化すように咳払いをした。


「確かに…フフ…あれは…ふやかして…フフ…いるね…。」


 『ふやかし』というワードがツボにハマったようだ。

 これも俺の策の一つ、危険な賭けではあったが成功したようだ。それは『ふやかし』という音として間抜けな雰囲気を持つ言葉をぶちこむ事により相手を笑わせる技だ。もちろんスベる可能性もあるし、ただただ流される可能性もある。そこで成功率を上げるために俺は真顔でこの言葉を発した。これにより真剣に考えたにもかかわらず『ヤキソバ風ふやかし麺』なる珍妙な名前が出来上がったという間抜けな結果になり、より可笑しみが増す。


「ちょっと待って…。」


 俺が自分の策に酔いしれていると、いつの間にか島津梨花の顔から笑みは消えその眉間には深い皺を寄せ険しい表情になっていた。


「ど…どうしたの?」


 何か島津梨花の気に障る事でもあっただろか?俺は少しビビりながら聞いた。


「これは刑事事件に発展する可能性があるかもしれない…。」


 何か物騒な事を言い出したな…。


「どういう事?」


「『景品表示法』って法律知ってる?」


「聞いた事はあるかな…。」


「商品やサービスについて品質、内容、価格を偽って表示する事を規制する法律だよ。」


 何でそんな事知ってるんだ?


「ふ~ん。それが何か?」


「気付かないの?焼いてないのに『ヤキソバ』と表示してるんだよ?まさに『偽って』に当たると思わない?」


 そうかも知れないけど、そんな大事だろうか?誰も気にしてないんじゃないの?


「いや…そこまでは…」


 キーンコーンカーンコーン…


 俺が言いかけると授業終了のチャイムがなった。号令がかかり礼をすると先生が教室を出て行った。


「ねえ、今日この後何か予定ある?」


 島津梨花は俺に話しかけた。


「いや…別に何もないけど…。」


「この件に関してもう少し深掘りしたいの。付き合ってくれない?」


 俺は耳を疑った。授業妨害じゃなかったのか?いや、放課後も勉強させない作戦なのかもしれない。それは即ち島津梨花の勉強時間を削る事にも繋がる。願ったり叶ったりだ。俺は彼女の提案を受ける事にした。


「う、うん。良いよ。」


「『やきとり』の件でもあなたに伝えなきゃいけないしね。」


 ん?教えてくれるの?


「ああ、何か分かったんだね。」


「ええ、いても立ってもいられずに検索しちゃった。あなたにはみっともない姿を見せちゃったね。」


 ん?んん?


「え?じゃあ、何で検索してすぐ教えてくれなかったの?」


「え?あなたが休み時間とか放課後にって言ったんじゃない。ちょっと長くなりそうだったから後でしっかり正しく伝えようとも思ったしね。私って何か思いついちゃうと誰かにすぐに話したくなっちゃうんだよね。大体呆れられるか無視されるんだけど、こんなにちゃんと付き合ってくれたのはあなたが初めてよ。」


「あ…そうなんだ。」


「しかも新しい疑問まで提起してくれるなんてびっくりしたけど嬉しかった。私と同じような思考の人が隣になるなんてこれは奇跡ね。」


 俺の国語力低下を狙ってた訳じゃなかったのか…。兄貴が聴いていた歌手の歌の一節に「他人のズルさが分かるのは自分にズルい心が同じようにあるから」というのがあった。島津梨花に俺を妨害しようという意図はなかったのだから今回は単に俺のズルい心が露呈しただけだったのだ。俺はただただ反省した。


「じゃあ、放課後に話の続きをしましょう。」


 そう言った島津梨花の笑顔はくすんだ俺の心を洗い流すには充分だった。


「うん。じゃあ放課後…。」



 それから俺と島津梨花の疑問からの考察、追求は日課となっていった。それはいつの間にか勉強会となり俺は国語を島津梨花はそれ以外全ての教科を教え合う事になる。結果、島津梨花は易々と俺の国語の成績を上回り、俺は爆笑されずに呆れられるレベルまでには成績を上げる事が出来た。


 これが俺の初めての彼女になった女性『島津梨花』との誰にも言ってない最初の思い出だったとさ。はい、おしまい。



 




 

 

 

 


 

 



 


 





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