第18話

1.透き通る季節の中で



それから1年程が経ったある日のこと。


僕はもう、今日を最後に、病院へは行かないことにした。


いつまでもいつまでも過去にすがっていては何も変わらないだろう。


ほとんど祈りに近いような気持ちで、解れていた靴紐を結び直し、僕は病院へ向かった。


その道中、何度も「いなかったら」という気持ちが僕の心を汚染した。


いなかったら。


あの日のように。


そうしたら僕はもう、縋り付く術を失うのだ。



「今日はもう、退院する方はいらっしゃいませんよ」


病院の受付カウンターの人に尋ねて、これまで退院した人達にそれっぽい人がいないことがわかった上で、僕はこれからの退院者の有無を聞いた。


僕は最後の望みを簡単に打ち砕かれて、その場に座り込みそうになった。


力が抜ける。


「……ありがとうございます」


僕はどんより沈んだ声で感謝を述べた。


これで、何もかも終わったのだ。


僕のたった1つの希望のような日々はこうして脆く、終わりを告げた。


病院を出て、外のベンチに座る。


風が冷たく、今はそれが心地よかった。


目を閉じた。


暗闇の中、僕を呼ぶ声。


いつか見た、遠い天国のような景色。


「ソラくん」


おずおずと語尾の少し上がった声が僕を尋ねる。


透き通る、冬の澄んだ空気のような声で。


それが自分の頭の中からする音じゃないことに気がついて、僕は、はっと声のする方へ顔を向ける。


パッとそのタイミングで、暗い世界に光が宿る。一定時間を迎えると点く、外の明かりが目の前で点いた。


べっ甲色のその輝きを宿した瞳が、僕を捉えている。


金の糸のように見えた毛束は、ちゃんと見ると明るい茶色で、肩の上辺りで切りそろえられていた。


「やっぱり!ソラくん」


にこやかに笑う君は光の権化だと言ったって天罰は下らない程、優しく、心を明るく照らす。


「……ルリカ」


掠れた(かすれた)声でそっと尋ねる。


そこには車椅子で、長袖のパジャマにブランケットを掛けた少女の姿。


その光景に、いつかの日の半袖の少女の姿を重ね見ていた。


あの日々も、その後の日々も、そして今日も、無駄ではなかったのだ。


君を待った日々には、ちゃんと意味があったのだ。

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