第25話 俺の幼馴染が見守る③
正直な性格の椎名は、勝負事にとことん弱い。それは彼女と交流を深めていけば、嫌でもわかるようになる。
感情を隠すことが苦手で、トランプなどを使うゲームでは自分の持つカードが弱いと顔に出てしまう。ババ抜きやポーカーをしても、一歩的に椎名は負けることが圧倒的に多い。
また運の要素が絡むゲームでも、椎名は運がない。なので運要素の強いゲームでも負けることが多いのは、彼女を知る人間の共通の認識だ。
それを嘘だと思われることも多いが、椎名と一緒に遊ぶと全員がそのことを納得してしまう。そんな稀有な女の子なのだ。
椎名のような人間が他に居てたまるか。
絶対に嘘をついている。事前に知っていた椎名の癖を真似しているとしか思えない。
じゃんけんで先に自分の手を見せた遠野さんを、俺は疑うことしかできなかった。
「お前、わざとだろ?」
「私が故意的にそんなことをするメリットがありまして?」
普通ならそんなことする利点なんてない。しかし遠野さんに限っては、間違いなくメリットがあるからしたんだろう。
椎名の居場所を上手く奪おうと画策しているとしか思えない彼女なら、それをすることで少しでも俺を動揺させれた時点で彼女にとっては利点となり得るかもしれない。
しかし俺の不信感を増させる可能性の方が高いはずなのに、こんなことをする意図も理解できなかった。
「なんで椎名の真似なんてしたんだ?」
「成瀬さんも私と同じ癖を?」
「椎名は昔からの直らない癖でじゃんけんは先に手を見せるんだ」
「それは奇遇ですね。私の癖と同じ癖を持っている方が他にもいるなんて」
あっけらかんと遠野さんが答えた。
頬を膨らませてむくれる椎名に、遠野さんはまるであざ笑うように小さな笑みを浮かべていた。
「別にそんなことしても俺は信じないからな」
「それは残念です。これで勝也さんの幼馴染と証明できると思いましたのに」
これで俺が信じると初めから思ってない。そういう顔をしているように見えた。
これは俺のこと以外にも、椎名のことも遠野さんは知っていると思った方が良い。一体、本当にどこで椎名の情報を知ったのか……
しかし嘘だと思っても、今の遠野さんが行った行為を意図的な行為だと証明する手がない。
わざとかわざとではないか。これは言ったか言わないかの世界の話なので、癖だと公言する遠野さんが嘘と言わない限り、本当のことになる。
これに関しては、もう追及するだけ無意味だと判断して俺は話を戻すことにした。
「それで? じゃんけんは分かった。他には俺と過去にどんな勝負をしたことがあるんだ?」
「あら? 私の癖には追及はありませんの?」
「するだけ無駄だ。早く答えてくれ」
「いけずな方ですね。まぁ、それでも良いでしょう。それも想定済みですから」
俺に先程の件が効果的でないと察して、悲しくわけでもなく遠野さんは終始楽しそうだった。
想定済みと言っている時点で、遠野さんの打算的な考えが伺えた。
「そうですねぇ……私と勝也さんがお会いしていたのは随分と昔のことでしたので、意外と勝負したモノは少ないんですよ」
「だから答えられないって?」
「勝也さん。そんな風に女性に会話を焦るのは良くありませんよ。淡白な会話だけでは楽しくありませんので、少しじらすことも必要だと思いますよ?」
「別に会話に華なんて求めてない。良いから答えろ」
余計なことを話す気がない。俺がそういう意味で伝えると、遠野さんはつまらなさそうに肩を小さくすくめた。
しかし俺が取り合うつもりがないのを察したのか、遠野さんは呆れた表情を浮かべて答えた。
「勝也さんと私が勝負したことがあるのは、ほとんどがチェスでした」
「チェス?」
「ええ、私と勝也さんはよくチェスで勝負をしていました」
「その勝負、全部俺が勝ったのか?」
「はい。私は一度も勝てませんでした」
その言葉を聞いて、俺が昔を思い返すが心当たりはなかった。
「まったく覚えがない。本当に言ってるのか?」
「本当ですよ。あの頃の私もまだ子供でしたので、勝也さんに負けると癇癪を起こしたこともありました。今でもあのことは思い出すだけでとても恥ずかしいことをしたと思ってしまいます」
苦笑いして、遠野さんがそう話す。それも本当か嘘か、俺は判断ができなかった。
だが今の話で、数少ない彼女の情報を知ることができた。手数が少ない俺としては、とりあえず何か攻め手が欲しいとその点を攻めることにした。
「へぇ? 遠野さんみたいな礼儀正しい子でも癇癪なんて起こしたのか?」
「お恥ずかしながら、昔の私は感情を隠すことができなかったんです。負けると癇癪を起こして暴れるなんてはしたないことをしたこともありますので」
「……全然、想像つかないな」
「ふふっ、よく言われます。昔と今では私も随分と変わりましたから」
こんな令嬢って言葉が似合いそうな女の子に、そんな子供時代があるとは信じられなかった。
ゲームで負けて癇癪を起こすなんて誰でもある。俺も昔は親にボコボコにされて泣かされたことも多かった。
俺に負かされて、彼女が泣いた。そんな場面が今まであっただろうか?
銀色の髪で、俺とチェスで負けて、癇癪を起こす。
何故かその言葉に、覚えがあるような気がした。
少し考えて、どこかでそんな場面を見たような気がする。
そうして考え込んで、俺は少し思い出したことを彼女に伝えていた。
「遠野さん? もしかして子供の頃、髪長かったか?」
「あら? 私を揺さぶるおつもりで?」
「いや、単なる質問だ。子供の頃、遠野さんって腰くらいまで長い髪だったか?」
「……えぇ、とても長かったです」
少しの間を空けてから、遠野さんが小さな声でそう答えた。
先程までと反応が違った。俺が思わず遠野さんの方を向くと、彼女は今までの微笑みとは違い、張り付けたような笑みを浮かべていた。
明らかに反応が変わった。俺は微かに記憶に残っていたあのことを思い出しながら、それを告げていた。
「俺に負けた時、泣いてチェスの駒を投げたりしたか?」
「……そんなことしたか覚えてません」
「投げるだけ投げて、泣いて逃げたりしなかったのか?」
その俺の言葉を聞いて、遠野さんが唐突に足を止めた。
急に足を止めた遠野さんに、俺と椎名が振り向く。
そして振り向いた先に、立ち止まる遠野さんが明らかに動揺した顔で俺を見つめていた。
「……そんなはず」
小さな声で、遠野さんがそう呟いていた。
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