第24話 俺の幼馴染が見守る②
ある程度の予想はしていたが、予想以上だった。
俺が椎名のことをしーちゃんと子供の頃に呼んでいたことを、遠野さんがまるで自分のことのように語っていた時点で恐ろしいと思っていたが、これは更に怖くなってくる。
俺が両親から鍛えるという名ばかりの嫌がらせのことも知っている。そして俺がその両親に勝負で一度も勝ったことがないことすら知っている。
一体、彼女はどんな方法でそこまでのことを知ることができたのか、本当に疑問でしかなかった。
ここまでの数少ない問答だけで、俺は認めるしかなかった。この遠野栞子という女は、確実に俺に関する大方の情報を知っていると。そうでなければ、今も彼女が余裕に満ちた表情なんてできるはずがない。
その情報源が不明過ぎて、彼女がどこまで俺のことを知っているかも分からない。これでは下手に攻めても、ただ時間を無駄にする可能性の方が大きかった。
「あら? もう終わりですか? まだそんなに質問をされていませんが……降参されますか?」
「冗談なんて言える余裕あるんだな?」
「勿論です。なぜなら、それは私が勝也さんの幼馴染だからです。勝也さんのことならなんでも知ってますよ。お隣にいる怒りん坊さんの成瀬さんと同じ、もしくはそれ以上に」
「ぐぬぬっ……!」
黙って唸っている椎名を煽れるくらいには、まだまだ遠野さんには余裕が見える。俺の攻めを苦とも感じてすらいないんだろう。俺の幼馴染を自称しているだけあって、俺の攻めに対する彼女の守りは予想以上に頑丈と判断するしかない。
この彼女の頑丈な守りをどうやって攻めるべきかと、俺は頭を動かす。
他に気楽に質問できそうなことは、昨日の昼休みに椎名と遠野さんが口論していた時、すでに椎名がしている。
あの時、椎名がしていた質問に、遠野さんは全て即答で答えていた。それも全て正解の答えで。
その時に聞いていなかったことを、先程の質問で俺は攻めてみたが軽々と遠野さんに答えられてしまう。
あの時の口論とさっきの問答の内容を思い返せば、遠野さんに俺の簡単なパーソナルデータは全て知られていると思っておく方が良いだろう。
俺に関する情報で攻められないなら、攻め方自体を大きく変えるしかない。
俺のことで攻められないとすれば、逆に相手のことで攻めるのが無難だろう。
そう思って、俺は楽しそうに微笑む遠野さんを鋭く見つめた。
「遠野さん? 確か遠野さんは俺とあの約束したって言ってたよな?」
先程までと毛色の変わった俺の質問に、遠野さんの口角が僅かに上がったのが見えた気がした。
俺が攻め方を変えたことを察したらしい。しかし遠野さんは驚くわけでもなく、相変わらず楽しそうに微笑んでいた。
「はい。仰る通り、私は勝也さんとその約束を果たしに来たんです。もうすぐその約束が果たされるかもしれない。そう思うと、この胸の高鳴りが収まりません」
「俺に勝てると思われているのがムカつくな」
椎名と交わした約束が果たされる条件は、俺が椎名に負けること。それを遠野さんが果たすと言うことは、俺に勝つことだ。
勝負する内容はさて置いて。俺に簡単に勝てるような素振りを見せられるのは舐められているとしか思えなかった。
「いえいえ。私の力量程度で簡単に負けるような実力なら、もう勝たせてもらってます。私から見ても、あなたはとても手強い相手と思っていますよ」
どの口が言うか……ことチェスにおいてタイトルホルダーにまでなった実力を持っているのに。
チェスが強いなら、頭を使うことなら大抵の勝負事ことは強いはずだ。読み合い、また先の展開を予想する力がなければチェスは勝てない。それができる時点で、遠野さんは勝負において、かなり手強い相手になる。
「手強い? 俺と勝負したことないのに、よく言えるな?」
俺を手強い相手と言った遠野さんに、思わず言い返す。
過去、一度も勝負したことがない相手からそんなことを言われる筋合いなんてない。
しかし遠野さんは俺の言葉を聞いて、首を小さく横に振っていた。
「あるに決まってるじゃないですか?」
「いや……ないだろ?」
「それは勝也さんがそのことを忘れているだけです。私は、あなたに今まで一度も勝てたことがありませんよ」
そう答えた遠野さんの言葉が嘘だとしか思えなかった。
彼女は俺が忘れているだけと言っているが、こんな見た目の女の子と勝負したことなんて俺にはないはずだった。
「……何で勝負したか言えるのか?」
だからだろう。その言葉が嘘だと思っても、無意識に俺はそう訊いていた。
俺に勝てなかったという勝負。遠野さんがそれを答えられるかによって考えられることが変わってくる。
俺に訊かれた遠野さんは、少し考える仕草を見せる。そして彼女は何を思ったのか、徐に俺に拳をそっと向けてきた。
「……その拳はなんだ?」
「まずは手軽いところから、ジャンケンはどうです?」
「俺は昔にしたことのある勝負の話をしてるんだけど? まさかそれで勝負をしたことがあるって話にするつもりじゃないだろうな?」
「まさか、そんなつまりはありませんよ。実際に見てもらうのが分かりやすいかと思いまして」
遠野さんのその意図が分からず、俺はほんの少しだけ首を傾げた。
「先にお伝えしますが、このジャンケンの勝ち負けによるデメリットは互いにありませんよ。ただ一度、私としてみてくださいな」
「もし俺が負けたらそれでお前の約束を満たすことになるぞ?」
「このジャンケンで勝也さんが負けることはないので、ご安心ください」
余計に分からない話だった。まるで自分が必ず負けると言っている。
ジャンケンで必ず負ける人間なんて椎名しか俺は知らない。運だけの勝負なら確率は決まっている。そこに技術的な要素が入らない限り、その確率はほぼ変わらない。
俺を騙そうとしているのか、俺は疑う視線を遠野さんに向けていた。
「心配性ですね。ではこうしましょう。この勝負で仮に私が勝っても、約束を果たす条件を満たしたことにならないと約束します。そして勝也さんの守る家訓の例外とさせてください」
「そんなの後からいくらでも覆せるぞ?」
「誓いましょう。そんな無粋ことをこの遠野栞子はしないと」
「そう言われてもなぁ」
「では、今の約束をもしも私が反故にしたら、二度と勝也さんに話しかけないと約束します。勝也さんも私のことは金輪際無視して頂いて構いません」
拳を俺に向けたまま、空いている反対の手を胸に添えて、遠野さんは自分に誓うようにそう告げた。
そこまで言われると断る理由がなかった。負けるつもりなんて微塵もないが、勝ち負けによる損益がないのなら受けても良い。
遠野さんが家訓の例外とすると言っても、彼女がそう言っているだけで俺の家は許さないだろう。どの道、負けるつもりなんてない。
拳を向けてくる遠野さんに、俺は合わせるように拳を向けた。
それをジャンケンの勝負を受ける承諾と受け取ったのか、遠野さんは満足そうに頬を緩めていた。
「では、良いですか?」
「ご自由に」
「はい。それではいきますよ……ジャン、ケン」
その声で、俺と遠野さんが小さく拳を振り上げた。
そして互いに拳を落とす。俺は自然と遠野さんの振り下ろしている拳を見つめた。
振り上げた拳が降りる。ジャンケンで出す3種類の手は、拳を降ろし切る直前で変えるのが普通だ。
しかし落ちていく遠野さんの拳を見て、俺は目を大きくした。
グーの状態で降りるはずの遠野さん拳が――もう変わっていた。
遠野さんのその手がグーから変わったまま、降ろされる。
拳から人差し指と中指を立てた形、チョキの手で遠野さんはそれをそのまま降ろしていた。
「ポン――やはり負けてしまいましたね」
チョキを出した遠野さんの手に対して、俺が出したのはグーだった。
グーはチョキに勝つ。よってこのジャンケンの勝敗は、俺の勝ちとなる。
だが俺はそんな勝敗よりも、理解できなかったことがあった。
「お前……なんで先に出す手を俺に見せた?」
先に出す手を見せれば、遠野さんが勝てるわけがない。
ジャンケンで自分が出す手を見せる行為なんて、直前で変えるなどの小細工でしか使わない。椎名のように手癖で先に出すような稀な人間もいるが、そんな人間なんて多くいるはずがない。
遠野さんが出す手を先に見せた意図が分からず、俺は怪訝な表情を見せた。
しかしそんな俺に、遠野さんは小さく肩をすくめていた。
「これは私の癖なんです」
「……は?」
呆気に取られる俺に、遠野さんはそのまま続けて答えた。
「お恥ずかしながら……私、ジャンケンだと子供の頃からの癖で先に出す手を見せてしまうんです」
そう言って恥ずかしそうに遠野さんがはにかむ。
俺は返す言葉もなく、反応に困った。
「それ、私の癖……」
そして隣で、椎名が小さく呟いたのが聞こえた。
遠野さんの言っている自分の癖。それは紛れもなく、椎名の癖と一緒だった。
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