第22話 俺の幼馴染を落ち着かせる




「椎名。とりあえず落ち着け」




 ガルルとまるで猛獣のように声を出しそうな表情で遠野さんを威嚇する椎名に、俺はそう言って彼女の肩を優しく叩いた。

 しかしこの程度で冷静になるわけもなく、俺に心底納得がいかないと不服そうな表情を椎名は作っていた。




「しょーくん!? まさか遠野さんの味方するの!?」

「そんなわけないだろ」

「じゃあどういうこと!」




 荒ぶる椎名に答えながら、俺は余裕の表情を見せている遠野さんを一瞥いちべつする。

 明らかに自分は不利にならないと遠野さんが確信している。絶対にどんな質問をされても困らないと、その表情が告げていた。

 その表情を少しでも歪めてやりたい衝動に駆られながら、俺は椎名に視線を戻した。




「わざわざ遠野さんから提案してきたんだ。その厚意、ありがたく使わせてもらおうじゃないか?」

「それはとても良い判断です。前向きな考えはとても好感を持てますわ」




 俺の言葉に、遠野さんが微笑む。

 遠野さんの味方を俺がしていると思っているのか、いまだに椎名は不満そうに口を尖らせていた。

 この様子だと、椎名は俺の考えに気づいていないらしい。

 俺はそっと椎名の耳に顔を近づけると、遠野さんの提案に乗った理由を伝えることにした。




「色々質問して、遠野さんの化けの皮を剥いでやる。彼女が嘘をついているって分かれば、もう俺達に近寄らなくなるだろ?」




 小さな声で、そっと椎名に耳打ちする。

 その話を聞いて椎名が目を僅かに大きくして、すぐに納得して小さく頷いた。

 そのおかげか怒り心頭だった椎名も落ち着いて、大人しくなっていた。

 それでも一緒にいるのが不満だと遠野さんにジト目を向けているのは、椎名なりの抵抗だろう。

 ともかく、ようやくまともに話ができる状態になったことを内心で安堵して、俺は遠野さんに顔を向けた。

 さて、眠くて仕方ないが頭を動かそう。横で楽しそうに歩く遠野さんに、一泡吹かせてやりたい。




「あら? お隣の怒りん坊さんは静かになったんですね?」

「ぐぬぬ……!」

「静かになったのは勝也さんに先程何か言われたからでしょうか? 一体、どんな言葉で猛獣のようなその怒りを鎮めたのか? 私、とても興味があります」




 そう思っていると、遠野さんが椎名を煽っていた。

 椎名も言い返すと思っていたが、思いのほか何も言い返していなかった。 

 チラリと見れば、椎名が頬を膨らませていた。言い返すと俺の邪魔になると思っているのか、我慢しているような顔だった。

 そんな椎名を見て、遠野さんは楽しそうに口を手を添えてお淑やかに笑っていた。




「ふふっ、必死に我慢されてるみたいです。そこまでして話の邪魔をしないということは、今からする勝也さんの話が大事なことと思われてるみたいですね?」

「そんなことないだろ? いい加減怒るのも飽きたんじゃないのか?」

「面白いことを仰らないでくださいな。彼女の顔は、とても飽きたような人の表情ではありませんのに」




 咄嗟に俺がそう答えるが、遠野さんは先程と変わらずに楽しそうに笑うばかりだった。




「では私への質問の前の余興で、当ててさしあげましょう」

「なにをだ?」

「勝也さんが私に何を企んでいるのか、です」




 そして微笑みながら、遠野さんは楽しそうに人差し指をわざとさしく突き立てていた。

 この様子だと、わかっているんだろうな。俺が知らないフリをして首を傾げるが、遠野さんは気にも留めずに口を開いた。




「私が嘘をついていることを証明する。それが勝也さんの目的ですね?」

「……わかりやすくて悪かったな」

「いえいえ、これは私にも都合が良いことなので」




 その返事に、俺が眉を寄せる。決して崩れることのない遠野さんの自信が、その言葉にあることを俺は察した。

 自分から不利な状況を作ったのにも関わらず、余裕を見せてる時点で何かしら遠野さんにも目的が俺も少なからずあるとは思っていた。




「都合が良い?」

「ええ、だってもし勝也さんがこの問答で私が嘘をついていると証明できなかった場合、私の話が本当であることの証明にもなります。つまり、私は勝也さんと幼馴染であることが真実ということです。私からすれば、これは願ってもない展開です」





 そういうことかと、俺は顔をしかめた。

 そもそもそういう流れになるようにしている時点で願ってもない展開だなんてよく言えたと思った。

 何も考えなしに遠野さんがこんなことを言ってくると思っていなかったが、これはずる賢いとしか思えなかった。

 気楽に攻めてやろうと思ったが、思わぬカウンターを受けた気分だった。




「なら俺が遠野さんに嘘をついてるって証明できたら、素直にそれを認めるのか?」

「ええ、認めましょう。ですが証明できなかった場合、私は勝也さんの幼馴染だと認めてくださいな?」




 

 即答するってことは、負けることはないと思っているに違いない。

 というか冷静に考えて、これは勝負だと思った。

 遠野さんが嘘をついているか、いないかを証明する問答という名の俺と彼女の勝負。

 そうなれば話は変わる。俺は負ける気なんて更々ない。




「では学校に着くまで、気軽な世間話でもしましょう?」

「認める気なんてないぞ?」

「奇遇ですね。私もです」




 失笑とばかりに俺は鼻を鳴らす。遠野さんは微笑むだけ。

 絶対にその余裕の顔を歪めてやる。そう思って、俺は遠野さんとの予想外の問答に挑むことにした。






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