第17話 俺の幼馴染が口論する
さらっと怖いことを言い出した遠野さんに朝子がきょとんと呆けたが、次第にその表情は驚愕に変わっていた。
俺もその一人、そして椎名と浩一も驚いた顔を作っていた。
そんな俺達の顔を見て、遠野さんは楽しそうに口に手を添えてお淑やかに笑った。
「ふふっ……そんな驚かなくても、なにも不思議なことはないと思いますよ?」
「いや驚くだろ? 人の恋人奪うなんて?」
思わず、俺はそう言ってしまった。
一般的に誰かの恋人を奪う行為なんて良いとは思われない。それを平然とすると言っているのだから、驚くのも無理のない話だった。
しかし遠野さんは、俺の言葉に小さく首を横に振っていた。
「そんなことありませんよ。想いを寄せる殿方を自分のモノにしたいと思うのなら、至極当然の行動だと思います。考えてみてください。もし自分が心の底からもうこの人しかいないと思えるまで好きになった方に恋人がいたとして、素直に身を引けますか?」
その言葉に、俺は言い淀んだ。
その言い方はズルいと思った。もし俺も、仮に椎名に恋人が居たとしたら、全力で奪いに行くかもしれないと思ってしまった。そんな状況なんて、まずありえないと思っていても。
「なに言ってるんだか……普通に考えて奪えるわけないでしょ?」
呆れた顔で、朝子が遠野さんに冷めた視線を向ける。
意外なことに椎名さんは朝子の言葉を聞いて頷いていた。
「そうでしょう。そうでなければ、二人は恋仲になりませんからね」
「なら素直に諦めなさいよ」
「ですが、絶対に奪えないと断言もできませんよ?」
素直に頷いたと思えば、今度は朝子に反論している。
怪訝に顔をしかめる朝子に、遠野さんは楽しそうに続けて話し出した。
「今の彼女よりも、私の方が魅力的であることを証明すれば良いんです。それでも駄目だった時は、もしかしたら諦めるかもしれませんが」
「そのご自慢の身体でも使うのかしら?」
俺と浩一がいるのに随分なことを朝子が言い出した。
制服姿から見ても、遠野さんのスタイルの良さが分かる。さらっとした身体つきで、モデルのような体型。胸に関しては椎名には負けるが、それでも他の女子生徒よりは大きく、女性らしい身体だと思えた。
普通の男子生徒なら、きっと容姿と相待って遠野さんにすぐ惚れるかもしれない。そこをあえて朝子が突くとは思わなかった。
まさに絵に描いたような女同士の静かな喧嘩に見えた。椎名に関しては、朝子の威圧に怯えて俺に身を寄せているだけだった。
「確かに私の身体は客観的に見て、殿方にとって魅力となるものでしょう。しかしそれだけでは私を好きにさせる要因にはなりえません。異性を好きになるのは沢山の要因があります。それこそ身体や顔立ち、仕草、口調、何気ない行動と性格など、そんな多くの要因から人は他者に好意を持つんです。それが今の恋人よりも上回った時、初めてその殿方を奪えると私は考えます」
朝子を見つめてそう告げた後、遠野さんが椎名に微笑んだ。
今の言葉はお前に言っている。その笑顔を見て、俺はそんな意味が込められていると感じた。
椎名もその意味を感じたんだろう。遠野さんに俺は絶対に渡さないと自分のだと言いたげに、ぎゅっと俺の腕に抱きついていた。
「しょーくんは私だけが好きだもん! 遠野さんに浮気する人じゃないんだから!」
「そもそも、お二人はまだお付き合いされてません。その言葉に私の行動を制限する効力はありません」
椎名と遠野さんが見つめ合う。椎名は怒ってると目を吊り上げて、そして遠野さんは余裕を見せつけるように微笑んでいた。
「そんなことないもん! しょーくんは私と将来結婚するの!」
「勝也さんとの勝負に勝てない現状では、意味のない言葉です。私が勝也さんに勝つ方が先です」
「私の方が先に勝つもん!」
気付くと、謎の張り合いが始まっていた。
俺達が止めようと目を合わせるが、それよりも椎名がヒートアップしていた。
「遠野さんはしょーくんのこと知らないでしょ! しょーくんと幼馴染なんて嘘つかないで! しょーくんの幼馴染は私だけだもん!」
「いえ、私は勝也さんと幼馴染です」
「本当にしょーくんと幼馴染って言うならしょーくんの背中に目立つホクロがどこにあるか言える! そんなこと知らないでしょ!」
待て、さりげなく俺の暴露大会みたいことをしようとしてないか?
驚きのあまり俺が目をぱちくりさせている間に、遠野さんは自信満々に答えていた。
「左肩の後ろ、肩の付け根辺りにあるはずです」
「へっ……?」
その答えに、驚愕する椎名。遠野さんの言う通り、俺の背中には目立つホクロがあるらしい。家族や幼馴染、もしくは男友達くらいしかしない情報だった。
咄嗟に椎名が俺に疑う目を向けてきたが、俺は激しく首を横に振って意思表示した。俺は遠野さんと幼馴染なんかじゃないと。
「ならしょーくんの好きなモノは!?」
「マインドスポーツです。当然、知ってます」
「しょーくんの嫌いなモノは!?」
「辛い食べ物全般です」
「うぅ……! じゃあしょーくんが子供の頃に好きだった女の子は!?」
「そんなの私じゃないですか……きゃっ!」
「ぶぶー! 違いまーす! しょーくんが好きなのは私でーす!」
激しくなる二人の言い合い。それが進むにつれて俺の秘密がバラされていた、
極めつけは、俺が風呂の時にどこから洗うかなんて話す始末だった。椎名はともかく、なんで遠野さんが知っているのか実に疑問だった。
「お前、椎名と一緒に風呂入ってんの?」
「幼稚園の頃の話だ。変な勘違いすんな」
「……嘘つくなよ」
「マジで入ってねぇから!」
その所為で、浩一に要らぬ誤解が生まれた。朝子も俺と椎名が付き合ってもいないのにも関わらず、そんなことをしていると勘違いしたのか、俺を睨んでいた。
「しょーくんと過ごした時間は私が多いんだから! 幼馴染なんて嘘つく遠野さんとは違うの!」
「嘘ではありません! 私は勝也さんと子供の頃に深い絆で結ばれていたんです! 一緒に過ごした時間ではなく、互いに想う気持ちが大切なんです!」
「しょーくんは私のこと大好きだもん! 膝枕してあげると嬉しそうな顔してくれるんだから!」
「それは私もしてあげれば喜んでくれますよ! 昔のことを忘れているだけで勝也さんは私のことを想ってくれた方です!」
「違うもん! しょーくんは昔から私のことが大好きなんだから!」
「成瀬さんより私のことが勝也さんは好きと思ってます!」
そして気付けば、どちらが俺を好きかという口論に発展していた。
俺が「いい加減に……」と声を掛けて二人を止めようとしたが――
「しょーくんは黙ってて!」
「勝也さん! これは私と成瀬さんの話です!」
揃って返されて、俺は返す言葉を失っていた。
どうにか収めようにも、二人の口論は更にヒートアップしていた。声を掛けても黙ってろと言われる始末。
朝子に助けを求めようと俺が視線を向けるが、何故か彼女は二人の喧嘩を眺めながら弁当を食べていた。
「おい、これどうにかしようと思えよ」
「止めたいけど、止めたら逆に面倒そうだわ」
未だに言い合うを続ける二人を横目に、朝子が小さな溜息を漏らす。
どうしようかと俺は顔を強張らせるが、朝子は首を横に振って俺に「やめなさい」と制していた。
「珍しくあの椎名が張り合ってるわ。ここは椎名の思うようにやらせましょう。あまり怒らない椎名が本気で怒るとかなり頑固なのはアンタも知ってるでしょ?」
確かに誰かと喧嘩することがない椎名が遠野さんと言い合いする姿に、俺は渋々と頷いた。
椎名も怒ることはあるが、本気で怒るとかなり頑固になる。それは長年の付き合いで俺も十分に知っていた。
「しょーくんの頬っぺたふにふにしたことないでしょ! すっごく柔らかくて気持ち良いんだから!」
「子供の頃からお会いできなかった私になんてこと仰るの! そんなことお付き合いすれば沢山できます! それよりもすごいことも!」
「す、すごいこと……⁉︎ そんなの私が許すわけないでしょ!」
放置していたら、更に関わるのが嫌になる話を二人はしていた。
俺の変なことがバラされていく。朝子にジトっとした目を向けられながら、俺は肩を落とした。
朝子の言う通り、この様子なら二人を止めるのはかなり面倒だと思った。ここは彼女の言う通り、黙って見守るのが良いかもしれない。
苛烈になる口論に、俺は黙って椎名の弁当を食べ進めることを選んだ。
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