第3話 清く透明な言葉

 イケニエ。そうハッキリ聞こえた。一瞬で頭が真っ白になり、思考が完全に止まる。


 僕が生贄? 何かの宗教組織? 自分が求めた異常で死ぬ? どうして? 何故?


『それ、異世界小説でいう「王様の死体を下級悪魔の召喚に使いました!」っていうのと同じだとボクは思うけど』


 発言まで至らない。僕の中で大きな感情の塊が生み出されているようで、それが僕の全てを縛り付ける。発言、思考、その他諸々何もかも。


 どうしてだか、俯いてしまう。人は暗い考えが過ると、現実を見たくないが故に頭が下がるらしい。謝罪の意ではない、ただ、目を逸らしたいがあまり。


「つまり?」


『そういうのは独断で決めるな……ってこと。ボクたちと話し合いをしよう』


「……正直、アルトが使えるとは思えな——うぐっ⁉」


 突然ヒイラギが呻き声を上げる。反射神経は働くようで思わず顔を上げる。


 ヒイラギは僕の知らない女子に首を絞められていた。

 金髪ボブで、死んだ青い目を持つミステリアスな印象の少女。横の髪が邪魔なのか、黒の細いヘアピンを二本使って留めてある。


「だーまーろーうーねー!」


 陽気に、笑顔で、彼女はヒイラギの首を絞める。身長が若干届いていないため、とびかかるように首を絞めている。その様は本当に可哀想というかなんというか。僕の中で「死にはしないだろう」という安心感が蔓延っていた。


 ガッ……。


 ヒイラギが手に持っていた、通話中のスマホが地面に落ちる。絞められている腕を解こうと抵抗するために、スマホを地面に落としたらしい。


 少し移動して、画面を覗き込むようにスマホを拾う。


『今、ヒイラギが首を絞められているかい?』


「うん……」


 自分でもわかるくらいに「心配しています」という顔を彼の方に向ける。


『首を絞めている子はシオリだ。今日はバックについてもらうはずだったんだけどな。彼女は決して悪い人間ではない』


「僕にはわからないです」


『人間なんて、後から知っていくものだろう。ボクだって、ヒイラギやシオリのことをよく知らない。でもボクは彼ら以上に、アルトを知らない。だから知りたい』


 電話越しに伝わってくる純粋な興味。この言葉だけは真っ直ぐで濁りが無いと思えた。


「あなたが言ってきた言葉の中で、一番透明でした」


『ん? どういうことだい?』


「いえ、何でも」


 自分でもわかるくらいの濁った言葉を放つには、かなりの労力がいる。他の人にはこんな感覚が無いらしい。


 何故か僕だけが、言葉の清らかさに囚われている。


 ヒイラギとシオリはプロレスごっこのような、手加減のある乱闘を繰り広げている。まだ続いているのかと、思わず笑ってしまう。


 多分、この人たちは、怪しいけれど、凶悪なテロリストと比べたら、甘いテロリストなのだろう。甘くて、酸っぱい、青春が生んだテロリスト。


 わざとらしく深呼吸をする。わざとらしさが常人でもわかるように棒読みの演技で、濁った言葉を口にした。





「あー、遅刻確定だし、今日は学校休んじゃおっかなー」





『「「えっ⁉」」』





 僕の棒読みの演技に全員が反応し、少なくとも目の前の二人は体の動きを止めてこっちを見ている。それも、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で。


 恐怖という名の苦みを噛み潰しながら、僕なりの覚悟を示したつもりだった。

 お前たちの遊びに、徹底的に付き合うと。


 初めてのことだ。先を考えて恐怖があるのは仕方がない。正常では無いと分かっていながらも、これが友達とイタズラするような温度だと、気持ちだと思うとスッと暗い淀みが抜けていく。


 知らなかったが故に覚えていく温度。中毒性はどんな薬よりも高い。


「手、震えてる」


 死んだ目の少女、シオリが僕の手を指さしてそう言った。自分では意識していないし、気づいてもいなかった。やっぱり本能は逃げたがっている。


 シオリがそっと近づいてきて、僕の手を温かい手で包んだ。


「寒い?」


「……いや。むしろ暑いくらいかな」


 僕はヒイラギの妙に驚いた顔を見て不思議に思った。


「比喩か?」


「え? まぁ、そんな感じ」


 すると電話越しにまた声が聞こえる。


『ヒイラギは小説家なんだよ。そういうところに、たまに突っかかってくるんだ。後できっとペンネームも教えてもらえるはずだよ』


 高校生で、小説家⁉ 僕は正直言って、ヒイラギに対するイメージはほぼすべて悪いもので構成されていた。まさか文才に恵まれた、凄い人だなんて思ってもいなかった。


 だからこそ、納得した部分もある。彼が特別欠席などというシステムを自由に使える点では疑問に思っていたのだ。


「何だその顔。俺が小説家だったらいけない理由でもあるのか?」


「い、いや、ナイデス……」


 顔で人を判断してはいけないというのは正にこういうことだと、身を持って知った形となる。てっきり僕は、ヒイラギはどちらかというと体育会系だと思っていたのだ。


『まぁアレだ、ヒイラギ、お前の特権で特別欠席にしてやれ』


「言われなくてもそうする」


 ヒイラギは僕の手から携帯を奪って、イフとの電話を切る。何やら難しそうな顔をしながら、電話帳を開いて学園らしき電話番号をタップする。そのまま耳に当て、少し離れたところに行った。


「……あ、えっと、シオリです」


「あ、はい、アルトです」




「「……」」




 急に話しかけてきて自己紹介を始めたかと思えば、一瞬で会話が終わってしまった。


 彼女も同様のことを考えているようで、無表情ながらも「話題がなくて困ってます」とじわじわオーラを放っている。


「そういえば、どうしてあなたたちはお互いのことを本名で呼ばないんですか?」


「ああ、えっと……。少なくとも〈不確定要素〉で活動しているときは、そうしようっていう決まり」


「本名は知っているんですね」


 シオリはチラリとこちらを見てきたので、僕も彼女の目と目を合わす。と、すぐさまそれに気づいて、彼女は違う方を見る。


「まぁ、そうね。ヒイラギとあなたの本名なら、一応」


「え? イフは?」


 純粋な疑問だった。本名くらい知っていてもおかしくないのに、どうしてシオリは知らないのだろう。


「私達からしたら……うーん、雇うはずの人が、雇うどころか全面的に無償協力してくれた、みたいな感じなのねー。だから、未だに本名は知らない。というか、顔さえも見たことが無い」


「イフって存在してるんですよね? 合成音声とか人工知能じゃないですよね?」


「どーしてそれを私に聞くの……」


 イフに対する謎が余計に深まってしまった。そもそも人のスマホを乗っ取る時点で、常人じゃないのはわかっていたが、まさかここまでミステリアスだとは思ってもみなかった。


 興味、湧いてきたな。


 ずっと耳に当てたままだったスマホを放して、数回操作するヒイラギを遠くから見ていた。恐らく、学園関係者との電話が終わったのだろう。


 僕の視線に気づいて、こちらに歩いてくる。ヒイラギは口を開いた。


「特別欠席、取れた。……が、どうする。学校に行ってるのに特別欠席は流石に良くないと俺は思うが」


「それさえも許されるのが、小説家なんじゃないの?」


 間を空けることを許さないかのように詰めていく言葉。二人の息がぴったりというようにも感じられるが、これとそれはまた違うような気がした。


 多分、シオリは無駄な時間が嫌い。



「学園、行くよ」


 凛としたシオリの声に僕らは牽かれていく。

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