5話 急襲

 大阪 心斎橋

 

 退廃的な雰囲気を放つ、大小さまざまなレジャービルが立ち並び、立ち飲み屋からバー、クラブ、風俗店が立ち並ぶ地域。

 駅の周囲にはチェーン店の姿も多くみられるが、飲み屋街の方になるとほとんど個人経営の店が中心になる。

 その形態もスタンダードなショットバーから女の子が接客を行うガールズバー、サブカルを扱ったものまで様々だ。

 そんな地域に一つ、会員制のバーがあった。

 レジャービルの一階を丸々使用し、扉にはいかにも高級ですといった豪華な意匠が彫り込まれており、店とエレベーターの脇には黒服に身を包んだ体格の良い男が立っていた。

 まず一般人は近づかないであろう。

 誤ってエレベーターでこの階に来てしまったとしても血相を変えて帰っていくに違いない。

 申し訳程度に掲げられた看板には"ROSE GARDEN"という店名が書かれていた。

 そんな誰も近寄らない店のエレベーターが開く。

 

 「はぁ~、今日も疲れましたわねえ。」

 

 間延びした声が、店前に響いた。

 エレベーターから姿を現したのは、毒島あやめ。

 あやめを前にした黒服の男たちが一斉に礼を行い、彼らの間を堂々と通り抜け、あやめは店の扉を開いた。

 店内に入ると、まず大きなホールになっていた。

 ビルの一階をそのまま利用しているだけあって広く、大人数で座れるテーブル席がいくつも設置されている。

 カウンターも十人は余裕をもって座れるほどに大きなものが設置されており、酒棚には金額を問わず多種多様なボトルが並んでいた。

 その横には大型の冷蔵庫も設置されている。

 店内の絨毯やソファといったインテリアは全て赤色で統一されており、それは店名さながら赤いバラの庭園といった風情に満ちていた。

 店内にはすでに大勢の男たちがいた。

 しかしその身姿に統一感は無い。

 安物のスーツに身を包んだ中年、ブランド物の上着を着た若い男、ラフなジャケット姿の青年。

 各々が好きな相手と酒が入ったコップを片手に談笑していたが、あやめが姿を見せるとピンと空気が張り詰める。

 あやめは軽い足取りでカウンターに座ると、きっちりと身なりを整えているバーテンを一瞥もせず、指で三度カウンターを叩いた。

 するとバーテンはすぐさま冷えたロックグラスと透き通った丸氷を用意し、酒棚から一本のバーボンを取り出した。

 ワイルドターキーの十三年物。

 ラベルに名前の通りターキーが描かれた大衆的なバーボンである。

 その中でもやや高級志向の一本だ。

 綺麗な琥珀色の液体がグラスに注がれ、バーテンが軽くスプーンで氷を馴染ませてからあやめに提供する。

 あやめが指を三度動かしたらこの酒を出す。

 それがバーテンの決まりであった。

 あやめはワイルドターキーが入ったグラスをほんの少しの時間指先で弄び、中身が程よく冷えたタイミングで一息に飲み干した。

 五十度を超える強烈なアルコールの熱。

 しかし丹念に樽の中で熟成された風味はその熱に負けぬほどに力強く、様々な食材の風味が複雑に絡み合う高級料理の様に一言で言い表せられない深い味わいがあった。

 その味わいに満足したかのようにあやめは一人頷く。

 そして指先を一度動かし、バーテンにおかわりを告げると席を立ち、カウンターにもたれながらホールを見渡した。

 

 「明日の二十時、お姉様の元へ仕事に行きますので、戦闘員に五──いや、六人、あとは運転手が二人、準備しておいてくださいねぇ。」

 

 あやめの言葉に大きな緊張が奔った。

 あやめの言葉を聞くや否やある者は談笑中であったというのに席を立ち、ある者は祈りを捧げるように胸に手をやり、ある者は楽し気に笑みを浮かべた。

 そんなあやめの傍らにおかわりの一杯が置かれた。

 あやめもまた楽し気に口の端を吊り上げ、グラスに手をやる。

 そして一杯目と同じように、一息に飲み干した。

 

 その手は微かに震えていた。

 

 

 

 

 

 ========================

 

 

 

 

 

 翌日。

 月夜と日向の間には微妙に距離ができていた。

 原因は当然、昨晩のお風呂場での出来事だ。

 あれ以来やや露骨な程に月夜は日向から距離を置くようにしている。

 距離を置くと言っても日向からのボディタッチを避けるようになった程度で特段大きな距離が開いているわけではないのだが、日向はやや不満気に唇を尖らせている。

 勿論原因が自分にあることは理解しているため申し訳ないとは思っているのだが、それでも不満なものは不満なのだ。

 二人は今日朝食は別、昼食も月夜が仕事があるからとサッと済ませてしまったせいで碌に会話もできていない状態だ。

 月夜もこの状況は何十歳も年上な自分が少女相手に行う行為としては情けないと思っており、日向もことを急ぎすぎたと謝りたいと思っているのだが、なかなかチャンスがなかった。

 そんなことを互いに思っているうちに夕飯時の時間がやって来た。

 

 「…月夜さん、夕飯どうしようか?」

 「えっ…あ、ああ…せやな、外に食いに行く…のはちょっと無理やから、出前でも取ろか。」

 

 月夜は冷蔵庫に何もないことを思い出し、外食を選択しに入れたがあやめが忘れ物の書類をとりに来ることを思いだして首を振った。

 

 「どうしたの、何かみたいテレビでもあるとか?」

 「いや、あやめが昨日書類忘れたからとりに来るんや。」

 「そっか、出前取るのもったいないし、今から買い出しとついでにお菓子でも買ってこようか?」

 「ええってええって──せや、逆にあいつになんか買ってきてもらおか。」

 「いいのそれ?」

 「結構大事な書類やったからペナルティってことでええやろ。」

 

 そう言いながら月夜はスマホで何か土産を買ってくるようにあやめにメッセージを送った。

 会話を終えると、再び沈黙が続く。

 月夜はそのままスマホを触り、日向はゆったりと天井を見上げなあがらソファに腰をおろしている。

 気まずいという訳ではないがどこか張り詰めた空気が漂っていた。

 すると日向が一度口元を強く結ぶと、ソファから立ち上がった。

 そして月夜の元へ一直線に歩いていくと、月夜は何かされるのではと少し身構えた。

 そんな様子を見て日向は一度顔をしかめると、申し訳さなそうに眉尻を下げ、小さく頭を下げた。

 

 「あの…昨日はごめん、月夜さん。いろいろ…やりすぎちゃって。」

 「うぇっ…いや…別に…気にしてへんから…。」

 「いや、気にしてるよね明らかに、昨日のあれから。」

 「むっぅぅ…!」

 

 月夜が大きく目を泳がせる。

 対して日向はジッと月夜の顔を見つめていた。

 

 「本当に悪かったと思ってるんだけど、その…嘘つかれたくないなって思って。」

 「日向…。」

 「私が思ってるのはそれだけ、本当に、ごめん。」

 「…やめてや、大人のあたしが先にそんなこと言われたらあかんやろ。」

 「月夜さん…。」

 「その…正直めっちゃドキドキしたから、もう…やめて欲しい。」

 

 顔を真っ赤にしながら正直に月夜が告白した。

 すると日向は少し考えるように目線を曲る。

 

 「それってやっぱ、私が母さんに似てるから?」

 「なんや知っとったんかいな。」

 「まぁね、月夜さんのことは良く知ってるよ、私。」

 

 日向の言葉に月夜が自嘲交じりの笑みを浮かべる。

 言われてみればその通りだ、子供を預ける程度には親しい相手のことをその子供に離さないはずはなかった。

 

 「せや、あたしは女しか愛せなくて日向の母さんに惚れてた──いや、まだ未練たらたらなダサい女や。」

 「……。」

 「せやから、あんま揶揄わんといてな…本当にな、怖いんや。」

 

 微かに声を震えさせて月夜が言う。

 しかしいざ気持ちを一つ打ち明けると、言葉というものは溢れ出してしまうものだ。

 

 「日向は日向や、そう頭で理解しててもな、どうしようもなく胸がどきどきしてまうねん。」

 

 ぐっと胸に手をやり月夜が言う。

 

 「ほんまにこのままやとあたしは…日向に何するかわからへんのや…それが怖くて怖くて仕方ない。」

 「そっか。」

 「日向も大人ぶりたい年頃なんか知らんけどあたしなんかに変なことせんほうがええ、絶対ろくなことにならんから!」

 「私はそうは思わないけど。」

 

 はっきりとした口調で日向が月夜にそう告げる。

 しかし月夜は大きく首を振り、否定した。

 

 「あかん…あかんいうたらあかんのや!」

 「あのね月夜さん、実は私──」

 

 

 ピンポーン

 

 

 日向の言葉を遮るように、不意に玄関のチャイムが鳴った。

 それを聞いた月夜は日向の前から逃げ出すように立ち上がると、マンションの玄関を開けるために室内のドアホンに向かう。

 そしてモニター越しにあやめの顔を確認すると、無言で解錠のスイッチを押した。

 日向の言葉から逃げたという罪悪感と、大人として当然の責務を果たしただけだという思いが重なり、どうしようもない吐き気のようなものが襲い掛かってくる。

 そうしてドアホンの前に一人立ち尽くしていると、部屋のチャイムが鳴った。

 あやめが部屋の前まで来たのだろう、そう思い扉へと向かう。

 鍵を開け、扉を開けた。

 

 「あ?」

 

 わずかに開けた扉の隙間から黒い突起物が突き出された。

 丸い筒状で鈍い光沢を放つそれはまさしく、銃口であった。

 

 「なッッ!!!?」

 

 パパパァンと大きな破裂音が響く。

 月夜が咄嗟に身体を動かしたのはかつて数多の実戦を潜り抜けて来た反射のようなものであった。

 その甲斐あって致命傷を受けることはなく──

 

 「ぐッ…ぎぃッ…あやめぇ!!!?」

 

 三発。

 ライフル弾の直撃を受けるにとどまった。

 左大腿部、左わき腹、左腕。

 吸血鬼の強靭な肉体のおかげで損壊することなく形をとどめていたが、人間の肉体なら確実に損壊していた。

 しかも簡単に傷が治らない。

 おそらく吸血鬼ハンターも使用する銀で弾頭をコーティングした弾丸が使用されている。

 月夜は傷を厭わず転がり込むようにオフィスと兼用している部屋に逃げ込んだ。

 

 「月夜さん!!」

 

 異常事態に反応した日向がすぐさま月夜の元へ駆け寄った。

 

 「日向!!こっち来たらあかんどうにかして逃げ──」

 

 

 「られると思ってるんですかぁ、ここ何階だと思ってるんですぅ?」

 

 

 穏やかな、今の状況にそぐわないあまりにも穏やかな声がオフィスに響く。

 真紅のドレスを身に纏い、毒島あやめが姿を現した。

 それも一人ではない。

 背後には銃器で武装した六人の吸血鬼の男性を引き連れていた。

 手にしている銃器も並のものではない。

 アサルトライフルだ。

 統一した種類のものを持っているわけではないが、拳銃と違い裏社会に多少ルートを持っている程度で手に入るものではない。

 それを見た月夜と日向が顔をしかめる。

 

 「あやめ…なんでこんなことするんや…!?」

 「あらぁ、私はお姉様に負けて配下になりましたわ…ですけど、下克上を狙っていないとでも思いましたかぁ?」

 「ぐぅ…ッ!」

 「あの日貴女に敗れて以来、私はずっとこの瞬間を待っていたんですのよ~、貴女に隙ができる瞬間を。」

 「ええ、今のお姉様でも正面からぶつかれば勝てるかはわかりません、今の様に不意打ちが成功したとしてもお姉様一人でしたら逃げれるでしょう、けど──」

 

 あやめがスッと目線を月夜から日向に移す。

 

 「足手まといがいれば話は別、それも見捨てられない相手であればなおさら。」

 「チッ…。」

 

 日向が舌打ちをこぼしながらも、自身に向けられた銃口に目をやり苦々しく口を歪ませる。

 月夜は今の状況を改めて整理する。

 目の前にはあやめとこちらに狙いを定める銃口が六つ。

 これではその身を盾にして強引に突破することさえも不可能だ。

 唯一の出入り口である玄関は閉ざされてしまっている。

 

 「下手なことは考えないでくださいねお姉様、お姉様が下手に動くと、大事な大事な日向ちゃんの手足が吹き飛んじゃうかもしれませんよぉ~。」

 「あやめ…分かっとるやろな?」

 

 日向が銃口を向けられている。

 月夜の紅い瞳に猟奇的とさえ言える凶暴なモノが浮かび上がり、あやめを威圧する。

 

 「下克上は結構や、でもな…日向に手を出したら何が何でもあたしはお前を殺すで…今やなくても…絶対にや。」

 「ふふ…お姉様が妙なことをしない限り手は出しませんから安心してくださいね、下手にお姉様を刺激して共倒れ──なんてことになると怖いですから。」

 

 日向という人質を取り、圧倒的に優位な立場にいるはずのあやめ。

 その声が微かに震えを帯びていた。

 怯えているのだ、目の前の月夜という手傷を負った吸血鬼に。

 故にその言葉には不思議と信頼できる響きがあった。

 少女を傷つけたら本気で殺される、そう怯えているのだ。

 その姿を見て月夜が無理に笑みを浮かべる。

 

 「なんやあやめ…あたしを殺しに来たんちゃうんか?」

 「違いますよぉ、私はお姉様を殺す気はありませんわ、ただ──」

 

 そう言いながらあやめは月夜の目の前まで歩み寄る。

 思わず月夜の身体に力が籠るが、あやめの目が一瞬日向に向いたことに気づくと観念したかのように力を抜いた。

 そして月夜の前に立ったあやめは、スッとその顎に指をやった。

 

 「私はお姉様を意のままにできればそれでいいんですからぁ。」

 「なッ!?」

 「舌をお出ししてくれます、お姉様?」

 「お前…!」

 「出してください、早く。」

 

 グイ、とあやめが指先に力を籠める。

 月夜は思わず日向の方を見てしまった。

 そして意を決したように拳を強く握ると口を開き、あやめに向けて舌を突き出した。

 その舌を貪るようにあやめが口に含む。

 口に含み。

 自身の舌を絡ませ。

 無理やり奥まで招き入れ。

 最後は逆に招き入れさせた。

 月夜の口内を蹂躙したあやめは満足したかのようにその舌を解放する。

 あやめはその様子を鬼のような形相で眺める日向を一瞥し、不敵な笑みを浮かべる。

 

 「さぁお姉様、私についてきてくださいまし。」

 「好きに…せえや…ッ。」

 

 観念して月夜はあやめに付き従う。

 あやめはその返事に満足して頷くと、エスコートでもするかのように右手を手に取った。

 

 「では私は先にお姉様と行きますので、後始末とその子の拘束は頼みましたわよ。」

 

 そうしてあやめに連れ去られていく寸前、月夜は日向を見た。

 その目には様々な感情が入り混じった末に一筋零れ落ちた涙が浮かんでいた。

 

 

 「日向…ごめん…なぁッ。」

 

 

 強く歯を食いしばりながら、それだけを言い残して日向の視界から月夜の姿は消え去った。

 そんな日向の目の前にアサルトライフルを構えた吸血鬼たちがにじり寄ってくる。

 普通の人間ならば今の状況でどうすればよいか分からず、されるがままになっているはずだろう。

 しかしこの少女──萩原日向は違った。

 怒りに震え、いや、もはや怒りを通り越し一つの強大な感情がその心を覆いつくしていた。

 その心に導かれるまま日向は脳内にいくつものあるパターンを思い浮かべていた。

 

 「待っててね…月夜さん。」

 

 だらりと両手を垂らしながら、自分にしか聞こえないような声量で、そう呟く。

 その姿は見ようによっては全てを諦め力を抜いているようにもみえるかもしれない。

 否。

 日向の心にあるもの、それは殺意。

 鈍器より、刃物より、銃器よりも純粋に磨かれた殺意であった。

 

 

 「追いつくから。」

 

 

 六人いる吸血鬼のうちの一人が日向を拘束するために近づき、片手をライフルから離してポケットから拘束用のバンドを取り出そうとした瞬間だった。

 宙に銀の軌跡が奔った。

 それから一拍遅れ、真っ赤な鮮血が宙を彩る。

 突然の出来事に、吸血鬼たちは呆気にとられるように宙に舞う鮮血を眺めていた。

 日向だ。

 日向がやったのだ。

 その右手に持っているのは刃が銀でコーティングされた小型のナイフ。

 よく見ればそれはベルトのバックルに偽装された隠しナイフであった。

 そのナイフをもって目の前の吸血鬼の喉を切り裂いたのである。

 思わず目の前にいた吸血鬼が喉元を抑える。

 その隙を突いて日向は吸血鬼の身体を盾にするように位置取りながらアサルトライフルを奪い取り、手慣れた様子で構えると躊躇なく発砲した。

 狙い撃つのではなく、水平に薙ぎ払う様に銃弾が放たれる。

 

 「なッ!?」

 「嘘だろぉ!?」

 

 吸血鬼たちが咄嗟に物陰に身を隠す。

 拘束されようとしていた人間の少女が武器の扱いに熟達しているなどという話は聞いていなかった。

 苦し紛れに抵抗されることは考えていたが、このような反撃がくることなど想定の範囲外である。

 日向は相手が物陰に退避している隙にライフルを構えたまま後退する。

 そして目指した先は自身の荷物を置いている、月夜にあてがわれた部屋であった。

 日向は部屋の前までたどり着くと残った弾丸を使い威嚇射撃をしつつ、素早く室内に入り込んだ。

 それを見た吸血鬼たちはライフルを構え、警戒しながら喉を切り裂かれた仲間の元へ向かう。

 

 「ゲフッ…げッ…エフッ…」

 

 一人が喉の傷口から空気を漏れさせながら苦しむ仲間をどうにか助けようと治療に励み、他の四人は物陰に隠れながら日向が逃げ込んだ部屋を取り囲んだ。

 その時、扉の隙間から一つの球状の物体が飛び出して来た。

 

 「手榴弾──!!?」

 

 一番部屋の近くにいた吸血鬼がそれに気づき、咄嗟に物陰から飛び出るとその上に覆いかぶさった。

 ドパァァン。

 銃声とは比べ物にならない程大きな破裂音が響き、仲間を守るべく覆いかぶさった吸血鬼の身体が肉塊となって飛び散った。

 さすがの吸血鬼と言えども助からない。

 他の吸血鬼たちは彼の肉体が盾になったことと物陰にいたことが重なり助かったがその内の一人が物陰から頭を出した瞬間、銃声と共に頭の一部が砕け散った。

 

 「ぎゃあぁッ!!?」

 「くそっなんだあのガキは!!?おい大丈夫か!?」

 

 一人の吸血鬼がデスクの裏側に身を隠しつつ、頭を押さえながら地面でのたうち回る仲間に目を向けた。

 そんな彼の頭上に不意に影がかかった。

 何が起こった?

 反射的に頭上を見上げた彼が見たものはデスクを飛び越え、宙で回転しながら自身に拳銃の銃口を向ける日向の姿であった。

 

 「嘘だ…。」

 

 パパパパァン。

 瞬間的に乾いた破裂音が四つ響き、吸血鬼の脳天に二つ、両手に一つづつ風穴が開く。

 吸血鬼は手からライフルを落としながら地面に倒れ伏した。

 

 「これで四人…。」

 

 日向はそう呟きながらデスクの裏に着地し、まだ地面で苦しんでいた吸血鬼に一発銃弾を放って黙らせた。

 その両手には一挺づつ拳銃を手にしていた。

 STI2011──傑作拳銃として名高い拳銃コルトガバメントを現代風に改修した一品だ。

 四十五口径という拳銃の中では巨大な部類に入る銃弾を扱うが、日向はそんな銃を手足の様に扱っている。

 それどころか右手に持っていた愛銃をズボンの隙間に突っ込むと、吸血鬼が落としたライフルを片手で広い、デスクから飛び出ながら片手で連射してみせた。

 その銃口の先にいたのは喉を裂かれた仲間を治療しようとしていた吸血鬼。

 銀でコーティングされたライフル弾をマガジンが尽きるまで打ち込まれた彼は見るも無残な姿になりながら仲間の上に倒れ伏した。

 そして日向の左手が流れるように別の方向に向けられ、銃弾が放たれた。

 

 「ぐぁッ!?」

 

 残った一人の吸血鬼が今が好機と顔を出した瞬間、正確にその頭を撃ち抜いたのだった。

 六人。

 全ての吸血鬼を撃ち抜いた彼女はゆっくりと息を吐いた。

 

 「しまった…全員殺しちゃったら月夜さんがどこに連れて行かれたか聞けないじゃん…どうしよっかなぁ。」

 

 そう言いながら撃ち尽くしたライフルを捨て、ズボンに差していた愛銃を引き抜く。

 

 「…とりあえず準備して、こいつらの所持品漁るしかないか。」

 

 戦闘後の愛銃が汚れていないかチェックしつつ、日向は荷物を置いている部屋に戻った。

 そこに広げられていた荷物の中身、それは大量の武器であった。

 日向個人の生活に必要なものはリュックに纏まる程度だけで済んでおり、スーツケースに詰められていたものは武器とそれらを整備する道具だけであった。

 ガンオイルと硝煙の臭いがツンと鼻をつく。

 

 「こんなに多く持っていかなくていいって思ってたけど、無理やり持たせてくれた母さんと父さんには感謝だね。」

 

 萩原日向。

 彼女は吸血鬼ハンターの両親を持つ、いわば吸血鬼ハンターのサラブレッドである。

 そんな彼女が吸血鬼の存在を知らないことはおろか、娘の身を案じる両親から戦闘技術を学んでいないことなどあるはずがなかった。

 しかし一つ両親からすれば誤算だったことがあるとすれば、その才能が群を抜いていたということであろうか。

 未だ高校生という年齢なれど六人の吸血鬼を瞬く間に殲滅してのけた彼女は怒りに身を焦がしながら大量の武器を装備していく。

 細身のアサルトベストを着こみ

 胸元にナイフを装着し

 各種弾薬を入れたマガジンポーチをベルトに吊るし

 両腰には愛銃STI2011を入れるホルスターを備え

 すっかり身体に馴染んでいる愛用の革ジャンを纏い

 アサルトライフル──H&K416Cという種類のものを首から提げ

 最後にとある大きな銃口を持つ、ミニチュアの大砲の様な見た目の銃器を手にすると部屋を出た。

 

 

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