試合は俺が僅差で勝利した。

 試合は俺が僅差で勝利した。スコアは二十一対十九。


 勝とうが負けようが楽しいゲームだったことに変わりはないのだが、勝負をするからには勝ったほうが気分がいいのもまた事実だ。実際の試合後も、俺は上機嫌で千歳はわかりやすく肩を落としていた。


「まさか負けるなんて……」


 よほど俺に負けたのがショックだったのか、千歳は公園のベンチに座ったまましばらく敗戦を受け入れるのに時間がかかっていた。俺が先輩という立場を忘れて勝利に酔いしれてしまったことも落胆を助長する要因となっていたかもしれない。


「なんか悪かったな」


 責任を感じるもどんなふうに声をかけたらいいかわからず、とりあえずふわっとした謝罪の言葉を述べた。


 すると、項垂れていた千歳が立っている俺をゆっくりと見上げた。


「謝らなくていいですよ。とにかく先輩も座ってください」


 隣を指し示され、俺は「いいのか?」と様子を窺いながら彼女の横に腰を下ろした。


「先輩、普通に強くないですか?」


 言葉を継げずに機嫌を探っていると、鬱陶しく思われたのか逆に尋ねられた。


「一応、やってたことあるから。ちょっとだけどな」


「なんですかそれ?」


「高校に入学してバドミントン部に入ったんだ。二か月くらいで辞めちゃったけど」


 俺は過去のことを隠さずに告白した。千歳は意外そうな目をした後、納得した顔で俯いて呟いた。


「なるほど。実力を隠していたわけですね。さすがはヒーローです」


「そんなんじゃねぇよ。そんなかっこいい話じゃない」


 千歳の賛美を俺はきっぱりと否定した。


 勘違いをされちゃ困るから。隠していたという事実が同じであってもそこに至る動機がまるで違う。ヒーローのそれとはまるで正反対の精神だった。


「青春みたいなものに憧れて安易に入部したはいいけど、練習はきついし周りの雰囲気にもうまく馴染めなくて、それでなんか違うなと思って退部した」


 苦々しい出来事をいくつも思い出しかけて顔が歪みそうになる。だが、そういった感情はここではいらないと自分の中に押し留めた。


 だって、今はそれなりに楽しかったから。


 未だに整理できていないこともたくさんあったけど、なんとか三年生の夏まで高校生を続けることができていて、千歳皐月という可愛い後輩の女子と出会うこともできた。


 千歳とのバドミントン勝負は素直に楽しかった。そこには嘘も偽りもなかった。


「どうだ? 最高にかっこ悪いだろ?」


 わざと自慢するような声を出してへらっと笑った。かっこ悪い話をかっこ悪いままで話せるというのは妙にすっきりとした心地だった。


 そんな俺の顔をぽかんと見ていた千歳は、やがて何かに思い至ったのか口に手を当てて含み笑いをし、小さくその首を横に振った。


「いいえ。そんなことありません」


 彼女はそう返事をしたかと思うと、どういうことかと真意を問う前に俺のほうを勢いよく指差してきた。


「そういう過去があるところもヒーローっぽいです!」


 今度は俺のほうがぽかんとしてしまった。きっと間抜けな顔をしていただろう。


 でも、そこまで言われてしまったら頑なに否定し続けるのも野暮な気がした。


 それならばいっそ、このまま『ヒーロー』でいるのもありかもしれない。


 なんてことを、このときちょっとだけ思ってしまった。

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