私は国語で、あなたは体育

和響

第1話

 誰にも言えない。言ってはいけない。大地君と二人だけの、秘密。


――きゃー! もうそのフレーズだけで、脳内がパンクしちゃう!


 なんて思いながら、今日も学校へ私は向かう。日増しに街路樹は緑を濃く増やし、風もなんだか朝から熱を帯びてきている気がする六月終わり。制服は夏服に変わり、気をつけていないと半袖の跡がくっきりついてしまいそうな天気が続いている。梅雨だと言っても六月は意外と晴れの日も多い。そう思ってしまうのは私の心模様と青空がリンクしているせいかもしれないけれど。


――そんななわけはないと思っていても、毎日幸せなんだもん。てへへ。


 中二の時に東京から引っ越してきた転校生の大地君に一目惚れをして、告白する勇気のない陰キャ寄りの私は、指を加えながら、三度の失恋を繰り返した。大地君は東京から来た男の子っていうだけではなく、背も高くて見た目もカッコ良かった。なんなら部活も剣道部で、胴着姿が眩しい。瞬く間に女子の注目を集めた。


 三度の失恋。それは誰にも言えない恋だった私の、ただみているだけの失恋だった。大地君は引っ越してきた当時は東京に彼女がいたらしいけれど、すぐに遠距離恋愛は終了し、それを狙っていた女子の猛アタックで、学校内に彼女ができてしまったのだ。なんなら二人も。今はその二人とは別れて多分フリーだと、思う。


 そんな告白もできないみているだけの私に、なんの恋の魔法が効いたのかは知らないが、三年生のクラス替えで、大地君と同じクラスになった。さらには、一週間前の修学旅行では、同じ班で東京二泊三日を過ごした。そして、なんと、私は自分で何も行動していないにも関わらず、大地君と修学旅行で両思いになった、……っぽい。


――だって、あの大地君が教えてくれた小説投稿サイトの『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君』ってタイトル、大地君がつけたんだよね? と、いうことは……?


 大地君が小説を書いているのだと私に内緒で私に教えてくれて、こっそり見たそのページには、タイトルがひとつだけしかなかった。


 『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君』と書かれたタイトルを見て、私は顔から火が出そうだった。まさに、隣の席で、読書ばかりをしているのは、誰でもない自分だったからだ。さらに言えば、そこのタイトルをクリックすると、第一話と書かれたサブタイトルの下には、《絶対誰にも、内緒だから》の11文字しか書かれてなかった。これは、ここから物語が始まる、ということなのだと私は思った。恋愛小説の読みすぎかもしれないが、そう捉える以外にどう捉えようがあるというのだろうか。


――これからの物語を、大地君が書いていくんだよね。私と? 二人の、秘密な関係の、……物語。あぁあ、だめだ。顔の筋肉がもう限界だと言っているってば。

 

 朝から自転車を漕いで、ニヤニヤしている私は多分変なやつかもしれないけれど、ヘルメットとメガネでそれは誰にも気づかれないはずだと思った。最近はずっとコンタクトをしていたけれど、「大地君がメガネも良かったけどね。読書してる女の子のイメージ通りで」なんて、秘密を教えてくれた時に言ってくれたもんだから、修学旅行から帰ってきてからは、ずっとメガネにしている。


 もともとクラスでも目立つ方じゃないから、コンタクトにした時も、メガネに戻した時も、そこまでクラスでも話題になることはなかった。仲のいい友達が、いいねって言ってくれたくらいだ。でも私はそれでいいと思っている。クラスでも目立つ存在の大地君の元カノ、学級委員の萌々寧ももねのように、髪型が変わる度、注目されるような人じゃなくていい。ただ自分の時間を静かに過ごして、勉強に励めばいい。そう思っていた。


 そう、思っていたんだけど。修学旅行から帰ってきて一週間。隣の席の大地君が気になりすぎて、最近は受験生だというのに、先生の話が全く耳に入ってこない。心臓の鼓動は明らかに早い気がするし、なんなら顔をあげれないくらいに耳に熱も持っている気がする。この間なんか、国語の武山先生に、「顔が赤いから熱でもあるのか?」と、保健室へ行くことを勧められたくらいだ。


「全然、大丈夫、です。すいません」


 小さな声で、そう先生に言うと、クラス中の視線が一気に集まった。「お願い、見ないで」と思いながら顔をまたノートに向けると、右隣の席の大地君は鼻でくすっと静かに笑った。その指で鼻先を触れながら私と反対方向に顔を傾ける大地君の仕草に、私の顔はもっと赤くなっていたと思う。


――それにしても、あの修学旅行の日から何度もあの小説投稿サイトのぞいているんだけど、一向に最初の十一文字から進展しないんだよね。書くことがないってことなのかなぁ。


 そうなのだ。不思議なことに、私が見たあのサイトの小説はまだ続きが更新されない。私達の仲も進展していないから、書けないと言うことなのだろうか?


――でも、どうやって進展? 誰にも言えない仲なのに?


 そういえば、大地君のRINKも知らないし、接触できるのは学校の授業時間だけなのだ。けれど、進展するってどう言うことかわからない私は、ただ大地君の隣の席で、毎日過ごせることに満足していた。大地君は、あの、『隣の席の読書好きな彼女が大好きな僕と、それを知らない君』ってタイトルのページを私に教えてくれた。それだけで、もう両思いな気がしている。


――好き、とか、言われたわけじゃないけど、そういうこと、だよね?



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