お菓子で補っちゃお

シィータソルト

第1話

「お、おはよう。今日から一緒のクラスメイトだね。よろしく。あたしは立木優紀奈。よろしくね!!」

「お、おはよう……こちらこそ、よろしく……橘祥子です」

 なんだか消え入りそうな声。大人しい子なのかな。綺麗な黒髪で長髪。対して、あたしは高校デビューを果たした茶髪のツインテール。地毛を地味な黒から派手な茶髪にしたわ!! けど、橘さんの黒髪を見たら黒髪でも良かったかもしれないと思った。今までこんなに黒髪が映えている美人見たことない。身長はどれくらいなのだろう。座高は同じくらいみたいだけど……。これで彼女が背が高かったら私は胴長ってことね……。細身で綺麗。あたしも一応美容に気をつけている恋を夢見る女子だから細身なのは当然だけどね!!


 あーあ、高校生になったら、念願のあたしだけを愛してくれる彼氏できるかしら? 結局、あたしが過去に目をつけた男はダメ男だった。女子はお喋りが好きで、噂ももちろん話の種。言伝によるあたしの彼氏の噂があたしの耳に入ったのだ。

「あんたの彼氏、もう1人のマネージャーに気がありそうな素振りしてたよ」

 それは僻みとかではなく、真実で。あいつ、顔は良かったからモテたのよね。顔だけだけど。だから、最初は嫉妬されているのかと思いたかったけど……。最悪な光景の時に現実を受けいれろとばかりに鉢合わせした。彼氏がその噂に合ったもう1人のマネージャー女子に手を出しているところを。中学生のガキだった癖に……その光景は、同じ野球部のマネージャーの女子があたしの彼氏に制服のブラウスのボタンを外されて事に及ぶ寸前のところであったのだろう。だって、上だけで済むはずがない。あいつのことだから。それに、あたしにだって彼氏は甘い口説きをして事に及ぼうとした前科がある。

 あたしが、事は高校生になってからにしよって我慢させてたのがダメだったの? ううん、違う。あの目はどう見てもあたしを見ていなかった。性欲に突き動かされて解消する為に狙いを定めていた目だった。それであたしが妊娠なんかしてしまったら、あたしは若くしてママにならなくちゃいけない。彼氏が責任取って夫婦になってくれるなら、それもいいかも……なんて、思っていたけど。あたしの気持ちを踏みにじった言葉は今でもあたしをかき乱す。



「な、いいだろう? 俺達付き合ってるし、漫画とかでも付き合った恋人同士はするじゃん? な、しよう? な? な!?」

 あの、目を血走らせてまで迫ってきてくれるのは、あたしに魅力を感じてくれて想ってくれているからだって信じたかった。

 だけど、小学校、中学校と保健体育の授業で習った妊娠の責任が思い出される。あたしは冷静に判断できて良かった。

「……ごめん、怖いから……。でも、貴方の気持ちもわかるから……。まずは、避妊具つけてくれない?」

 妥協したつもりだった。避妊具つけてても妊娠する可能性あるって習ったし。でも、彼氏の気持ちを踏みにじりたくないし。でも、あたしの言葉を聞いて豹変した。今度は怒りで目を血走らせながら……

「は? 俺の周り、みんな生が気持ち良かったって言うから俺も生でする気満々なんだけど。空気読めよ。俺の彼女なら、俺の言うこと聞けよ」

「……!? ど、どうしてそういうこと言うの!? あたしが妊娠してもいいの!? せ、責任取って……夫婦になってくれるの?」

 彼氏の周りの友人達は本当に生でしているのということも聞きたかったけど、でも1番聞かなくてはいけないことを恐る恐る質問すると、舌打ちをして、そっぽ向くあいつ。

「はぁ……もういい。冷めた。別れよう。違う奴見つけるから」

「……」

 呆れた。あたしとあいつの一緒に過ごした日々は何だったの? あたしと元彼は1年生の時、違うクラスだったけど、一緒の野球部に入部したことで知り合った。その後もクラスが一緒になることはなかったけど、あたしはマネージャーとして入部してから、選手達の補佐だ。部活でマネージャー頑張ってるあたしが可愛く見えたらしくて、あいつから告白をしてきたというのに……もう1人のマネージャーに手を出した。

 そのマネージャーの子もあたしに負けないくらい、お洒落に気を使っている子だった。実際、一緒にファッションの話で盛り上がっていた程仲が良かった。話をしている限り、人の彼氏を取るような子という印象はない。だから、あいつが上手く言い包めたんだろう。あたしにも悪魔な囁きをしてきたように。

 だけど、あたしがその現場を発見したことで、あいつは逃げ出し、あの子は泣き出した。いや、そこは庇えよ。と思ったけど、泣いている彼女を落ち着かせなくてはとあいつの後を追うのを辞めた。どうせ、聞く耳持たなかっただろうし、また舌打ちして白けたとか言うだろうことが手に取るようにわかった。あの、あいつの部屋で目を血走らせながら舌打ちした光景を見た、あたしなら。

 元彼に迫られた彼女を落ち着かせてから、質問していくと、泣き出したのは怖かったからみたい。あたしとあいつが付き合っていたことも彼女は知っているし、別れたことも知っているから……。てっきり、その後にあたしに、この光景見られて気まずいかな、なんて思ったけど、付き合っている関係ではなく。強引に関係を迫られる寸前だったところを運よくあたしが通りかかったからだった。

 うん、ボール片付けに倉庫の扉開けたら、そこが誰の目にも留まらない絶好の場所とでもあいつは勘違いしたのか。どこまで猿なんだよ。いや、猿の方が知能あるわ。猿とあの子に謝罪しろ!! あたしだって、謝罪の言葉聞いていないのだけど!! あたしにはバレンタインデーの日に

「チョコレート、俺の部屋に直接渡しに来てくれよ」という文句で誘ってきて、あの悪夢の光景に苛まれて。そして、彼女にはどうやって取り入ったのかも気になった。

 卒業式の日に、あの子に蒸し返すようで申し訳ないけど、あいつが誠意を見せたのか気になってしょうがないから。卒業証書を受け取った後の桜の花道で、最期の学友との談笑の時間に水を差すようだが、真相を知りたくて聞いた。結局謝罪しないで卒業したらしい。聞いたら案の定あいつは小賢しく逃げやがった。

 彼女は、卒業式の一週間前にあたるホワイトデーの日に

「部員皆にくれたチョコレートのお礼したいから倉庫に来てくれない?」

って彼女を誘ったらしい。はぁ、確かにこの言葉だけなら疑うのも難しいわ。特に、あたしとあの件があってから、彼女に話しかけるようになって、そしてあたしの女友達が噂をよくあたしに伝えてくるようになったのだから。だけど彼女はただマネージャーだから、選手が話しかけてきたくらいにしか思わなかったことだろう。

 あの猿め。木でも伝って逃げたか? いや、もうあいつのこと鶏って呼んでやろうかしらとも思ったけど。帰り際にまたあいつと対峙しろと言わんばかりに鉢合わせしたから、あたしとあの子の恨みを盛大に蹴りに込めて背中にお見舞いした。腰振れなくなったからって、あたしは知らない。腰振る前に、あいつは腰を低くすることを覚えた方が良いと思ったから。蹴った後は、あたしは何も言わずその場を去った。あいつを介抱する気なんかないし。

「おい、立たせろよ!!」

 って吠える元気あるんだから、自力で立てるでしょ。あたしだって、あいつに舌打ちされた後、本当は立ち直れなくなりそうな心であいつを突き飛ばして一目散に逃げ出したんだから。必死になれば火事場の馬鹿力が働くでしょ。

 腰を低くすること覚えたら高校からは環境が変わるから、過去を何も知らない学友が多くなり、取り繕うと思えばいくらでも善人面できるし。それで、運良く好いてくれたら、あいつにも彼女ができるんじゃない? もう連絡先消したから現状知らないけど。住所教えてなくて良かった。「年賀状交換しよっ!!」と過去に言ってきたけど、今時メールで十分じゃんって言ってて良かった。体の関係迫られたのもあいつの部屋。あたしの住所は教えていない。私立の中学だったから公立みたく同じ学区内ではないし。招いて親に紹介しようとも考えてたけど、しなくて正解。あいつは黒歴史だから。このまま闇に葬っていよう。あたしの心には闇を巣食わせたけど。



 最初のクラス編成は出席番号順とのことで、あたしが着席した後ろの子が誰にも話しかけられていなかったから話しかけてみようと声を掛けたら、相手も同じように緊張しているみたいだ。それにしても、橘さんからの返事を待つ間に昔の男のこと思い出すなんて。でも、あたしの今までの女友達の作り方は恋バナで盛り上がって友情を築いていくという感じだ。橘さんに挨拶した後、

「彼氏いたことある? それとも今付き合っている人いる?」

 の質問をしてから、返答がなくてあたしも昔のことに耽ってしまった。良い思い出があったら話したかったけど、これは話さなくてもいいか。橘さんも案外、あたしみたいに彼氏遍歴が黒歴史で返答に困っているのかもしれない。

「……あ、あの……その……」

「え!? な、何!?」

 急に口開かれたから驚いた。結局、続きはどうなの……? 彼氏いるの?いないの?

「私は……、立木さんみたく、可愛く……ないから……誰とも付き合ったこと、ないよ?」

「え、嘘!?」

 思わず、前のめりになって橘さんの顔を覗く。橘さんは急にあたしの顔が迫った来たことで目をぱちくりさせている。

「あの……私の顔見て、どうしたの? ……何か、変?」

きょとんとした顔で私を見つめてくる、つぶらな瞳。目もアーモンドアイだ。美人の証。神に愛されているんじゃないの……? その美貌ってことを自覚させる為に、あたしは、はっきり伝える。

「違う!! あなたは可愛い……いや、美人!! 何でそんなに謙遜しているの!? 周りの人はあなたを褒めてくれていたんじゃないの!?」

 またも、あたしの言葉に目をぱちくりさせる橘さん。反応が無邪気に見える……だけど、俯いてしまった。

「……いや、私、特に親しい友達、いなかったから……立木さんが初めてだよ、褒めてくれたの」

「え、嘘!?」

 またしても、同じ言葉を発してしまった。まるで、あたしが語彙力がないみたいになってしまったが、彼女の返事を嘘だと思いたくて咄嗟に否定した。これだけ美人だったら周りが放っておくはずがない。ちやほやされているリア充タイプではないのか!? その美貌で周りを虜にして、片時も誰かが傍にいる状態ではないものなのか!? ……そうか、高嶺の花なんだ。美しすぎて近寄りがたくなってしまっているのか。あたし、そのような子と、初めてのお友達になれるかもしれないんだ……。

「なら、あたしがずっと褒める!! 橘さんが素敵だってこと。まだ知らない一面も追々知っていけたらと思う。迷惑じゃなかったら……友達にならない?」

「……え? 話すの苦手だよ……立木さんだったら私なんかより、もっと良い人とお友達になれると思うよ……? それに、さっき違う女の子達と楽しく話してたよね? あの子達とお友達ではないの? 私に時間使うより、あの子達と過ごしてた方が楽しい学校生活になると思うよ……」

 おずおずと、でも自分のことは完全否定する言葉にあたしは言葉を失いそうになるが、もう一度、否定する。「嘘」の一言だけでは、彼女は納得しないから……畳み掛けよう。

「あの子達とは、ただ、初めましてと挨拶してただけだよ。あの子達とも仲良くなれたらとも思うけど、一緒に過ごす時間が増えたら嬉しいなと思うのは橘さんだな。あたし、美容に関心が強いから、橘さんから美容の秘訣を聞き出すまで話しかけちゃうからね!!」

 実際、先程、話していたあの子達は教室に入って真っ先に視界に入ったから挨拶しただけ。出身中学校と名前、軽く恋愛談義した程度だ。正直、同類のように感じる。仮面をつけて気丈かのように取り繕っているのが。女同士の醜い争い。彼氏・美容の話しばかり話題にしていたから、あたしと同じものに憑りつかれている。これらがなければ、土俵に上がらせてもらえないかのように。除け者にされるのが怖くて。自分はこれらを持っているのに相応しいかのように嘘で塗り固める。一見、悟られないようだけど、同類には見え透いた嘘だということがわかる。あたしも同じだから。あの子達には、あたしも同じ嘘をついた。彼氏がいること。

 過去には確かにいたけどね。彼氏がいたこと。自分勝手なお子様。でもお子様なのは、あたしもだ。見抜けなかったのだから。どうやって、自分のことを強く想ってくれる人を見つけることができるのだろうね。国語の教科書で「人への思いやりを大切に」って小説などでよく見た言葉だけど、忘れて生きている人は多い。ましてや、同じ中学校の同じ教科書を見て、同じ内容を共有しているはずなのに彼は一体、国語の時間何して過ごしていたのだろう。自分には関係ないって他人事のように思ってたのかな。一生懸命、彼に嫌われないように振る舞っていた自分が本当、バカみたい。

 あの子達からも同じ匂いを感じたのは、美容の話は、自分の好きな化粧品や参考になるモデルや女優の話はとても活き活きと話しているのに対して、彼氏の話となると途端に目から生気が失われて作り笑いに変わったのをあたしは見逃さなかったからだ。あたしは特段、人の表情に関心があるわけではないけれども、わかりやすかったなぁとすら思う。あたしみたいに、自分勝手な人を彼氏にしてしまったのかもね。盲目な内はそれすらも愛おしく感じてしまう罠に囚われるけど、囚われている間は簡単に抜け出せないものだから。あの子達の恋愛の行く末も気になるところだけど、あたしは、目の前の彼女との友情に時間を割きたいと思った。彼氏が欲しいなとも思うけど、それ以上にこんなに強く惹かれる橘さんのこと、知ることができたらと思っているから。

 穢れを知らない無垢な高嶺の花。彼女の生い立ちから今まで何を見てきて感じたのか、そしてこれから、あたしと過ごせたとしたらどのような世界を一緒に見るか。後半は美容の秘訣なんて、お道化た理由を添えたけど実際これも知りたい。橘さん。早く、返事を、聴かせて……。

「わ、私なんかで良いの? 私は立木さんみたく美容に気を使ってないし……根暗だし……。何で、こんな私に関心を持っているかわからないけど……う、嬉しかったから。よろしくお願いします……」

 声は変わらずか細いけど、言い切るまで私の眼をしっかり見据えて、ご丁寧に座ったまま会釈をしてくれた。あたしは感極まって

「よ、よろしくね~!!!!!」

 大声で同じように座ったまま会釈した。周りも同じように互いの世界に没頭してガヤガヤしているから目立っていないことだろう。もしかしたら、何人かは目をこちらにやった者もいるかもしれないけど知ったことか。一々、人の目を気にしていたら、あたしの行動が制限されてしまうから。



 時刻は8時になり、チャイムが鳴る。おそらく担任であろう若く見える女性が入室した。肌も綺麗で背が低い。150cmくらいか?あたしより少し低く見える。あたしが155cmだから見た目だけだったら学生のようにも見える。

「初めまして。1年A組の皆さん。今日からこのクラスの担任を務めます、 苗木花子です。私は、教育実習を経て、皆さんが初めて受け持つ生徒さん達となります。一緒に勉強頑張りましょう!! よろしくお願いします!!」

 苗木先生がお辞儀したのを見届けたあたしを含めた生徒達が拍手をする。通りで若いわけだ。おそらく大学卒だと思うから、22歳くらいか? それにしてもあどけなさが残ったままのような見た目でずるいと思う。とても可愛い。橘さんといい、苗木先生といい。嫉妬してしまう。あたしは茶髪に染めて、ナチュラルメイクをしてやっと手に入れた仮初の美貌。校則に違反しているのだけど、社会に出たらどうせ、しなきゃいけないものだと思うし、身近に化粧している社会人のお姉ちゃんを真似て今から予行練習も込めてしている。結局、化粧することってマナーなのかそうでないのか、わからないけども。でも、綺麗に見られたいのは女の子なら誰もが羨むことだよね?

「さて、皆さんのことも知りたいから、席から立った状態で自己紹介を一人ずつ出席番号順にしてもらおうかな。では、順番通り、あ行の人から……。緊張すると思うけど、1番の方からお願いね」

 苗木先生が、1番の生徒へ目を向けてにっこり微笑む。1番の生徒は緊張からか顔を人差し指でポリポリ掻きながら起立して、名前と出身校と言った無難な挨拶で締めた。次の人もそれに倣って、無難な挨拶ばかり続く。

「……では、次、立木優紀奈さん」

「はい!」

 あたしも、無難な挨拶でいっか。誰も特別な挨拶をしていないから。

「立木優紀奈です。出身校は、東京東中学校です。よろしくお願いします」

 さっさと済ませて着席する。贈られる拍手。次は橘さんか。橘さんも無難な挨拶なのかな。

「……では、次、橘祥子さん」

「……はい」

 やっぱり、か細い声。クラスメイトに全員に聴こえるだろうか、この声量。

「橘祥子……です。私は、秋田県生まれでずっと住んでいましたが、両親の仕事の都合と私の高校進学を機に3月に東京へ引っ越してきました。東京に来たのは初めてであり、わからないことだらけです。面白いことあったら、教えて頂けたらと思います。どうぞ、1年間よろしくお願いします」

 締めに深々とお辞儀をして着席も静かにする品行方正なのが伺える橘さん。他のクラスメイトには目線だけ、私より後ろ側の席の紹介の時は耳を澄まして前向くか俯いてたけど、橘さんだけはしっかり後を向いて自己紹介しているところを全部見届けた。橘さん、今まで東京にいなかったんだ。あたしはずっと東京にいるから教えてあげたいな、東京の楽しいところ。ますます、橘さんと過ごしたい時間が増えた。そして、秋田県出身か……。秋田美人じゃん……。日本三大美人じゃん……!! 通りで綺麗なわけだよ。しかも、品行方正。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……。もう思いつく限りの褒め言葉で彼女を褒めちぎりたい。

 だけど、あたし、悪いことしちゃったかな……。引っ越してきたばかりで不安なところをあたしはずけずけと話しかけちゃって。慣れることに専念したかったのに、振り回しちゃったかも……。で、でも嬉しかったって言ってたよね……。信じて良いんだよね。社交辞令じゃ、ないよね……?

 あたしが嘘をついている存在なのに、橘さんだって嘘をついていない保障はない。待って。あたし、橘さんのこと疑うの? 品行方正だって思ったばかりで嘘をついている人だとも思うの? 何、この矛盾した気持ち。あたし、最低だ……。信じたいのに、勝手に裏切られたなんて思って。まだ交わした言葉が少ないのに、あたしの中で橘さんの虚像が次々と出来上がり、あたしを責める。

 あたしの言葉を嬉しく感じてあたしを信じる橘さん、あたしの「友達になろう」の言葉に賛同しているフリをして離れていく橘さん、過去に実際は友達も彼氏もいてちやほやされていた橘さん、このクラスにはいなくとも他のクラスに友達や彼氏がいる橘さん……。数々の橘さんがあたしを「あなたの行動迷惑なんだけど」と言ってくる。最初に出てきたあたしの言葉を嬉しく感じた橘さんは黙ったままだ。この橘さんはどうなの? この橘さんの本音はどうなの? やっぱり……迷惑……なの?

「では、自己紹介も全員済んだことですし、これから入学式ですね。出席番号順に並んで静かに行きましょう」

 はっ……!!苗木先生の声で我に返る。疑心暗鬼に囚われている間に、クラスメイトの自己紹介が終わってた!? 橘さん以降のクラスメイトの紹介、頭に入っていない……。まぁ、いい。どうせ、皆、無難に終わらせてただろうし。橘さんの自己紹介くらいしか印象に残っていない。橘さんだけがおそらく遠くから引越してきた人物であろうから。他の皆はあたしと同じように近隣から通っているのだろう。あたしはまぁ、東京生まれ東京育ちだから完全な都会っ子。それに比べて、橘さんは田舎のお嬢様……。田舎って言ったら貧相な印象だったけど、こんな美人を育ててきた環境は素晴らしいと思う。会えて良かった。引っ越してきて良かったって思ってもらえるように、あたしは友達になれるように頑張ろう。あたしの虚像ではなく、本物の橘さんに、本音を聞くんだ。


 入学式が終わってからは、部活紹介の時間となった。橘さんはどこかの部活に入るんだろうか。出席番号順で隣にいるし、聴いてみよう。

「橘さん、部活入る?」

「いや、まだ悩んでいるの……中学生の頃は美術部入ってたから、美術部もいいかなとも思うけど、部活入らないで放課後充実させるのもいいかなって。立木さんは?」

「あたしは、演劇部に入ろうかなって思う!実は中学の時も演劇部でね、演技してたんだ! さらに、ここの演劇部なんと毎年大賞を受賞しているレベル高い演劇部なんだよ!! 良かったら橘さんも入らない?」

「演劇部か……裏方もあるよね。私は表で目立つのは苦手だから裏方で立木さんを応援しようかな」

「やった! 一緒の部活に入ってくれるなんてさらに仲良くなれるじゃん! これからお弁当食べたり、勉強教え合ったり、あと、放課後も一緒に過ごせる時は一緒に過ごそうね!」

「うん……私なんかで良ければ……」

「また、謙遜しちゃって~。裏方でも一緒に入るって言ってくれて嬉しい! じゃあ、後で一緒に入部届け出しに行こうね」

「うん!」



体育館近くにある寮がある。そこが演劇部の活動場所である。外からでも発声練習をしているのが聴こえる。今日も元気に活動しているようだ。

引き戸を開け、

「こんにちはー!!」

 とあたしは挨拶した。

「こ、こんにちはー!」

 橘さんもいつもより大きい声で挨拶した。

「はーい、こんにちは~!! 元気良いね! もしかして入部希望者!? やった2人も!!」

「まぁまぁ、部長、見学かもしれませんよ。ようこそ、演劇部の寮、切磋琢磨寮へ」

「あの、実は、私達、入部希望の1年です!立木優紀奈と申します!!」

「私も同じく、入部希望の1年橘祥子と申します!」

「おぉ~入部希望の1年とは……!! これは逃さないよ~!!」

「あはは、逃げませんよ、あたしは中学生から演劇一筋ですから!」

「私は高校からですが、どうぞよろしくお願いいたします!」

「嬉しいねぇ……嬉しいねぇ……2年生がいないから廃部寸前だったんだよ。でも新入生が1人でも入ってくれれば、回避できるから今年は何とかなったよ……!!」

毎年大賞受賞している程の強豪校なのに、昨年の新入生には魅力に思う人がいなかったのかな??

「あ、立ち話ずっとさせちゃっていたね。中へ入って早速今日から一緒に練習して行こう!!」

 部長さんから催促され、中へ入るあたし達。今日は、丹田を使った発声練習を教わった。発声練習だけでも体力って結構使うんだよね。後は、ストレッチもした。体全てを使って声を作るから身体づくりは大事。中学の時もやったことのおさらいだな。橘さん、発声練習していた時、大きい声が出ていたから驚いた。丹田恐るべし。

 そして、今、部活も終わり帰途についている。 

「中学でも同じようなことしたから懐かしかったなぁ」

「そうなんだ……私はへとへと……」

「でも橘さんの大きい声を出せるとは貴重な一面を見られたな!」

「私も自分で驚いちゃった。こんなに大きい声出せたんだって」

 一緒の部活に入ったことで、さらに距離を縮めることができたかな。橘さんが笑ってる。可愛い。やっぱり美の女神に愛されているよ、この娘。何で、本当今まで、橘さんに会ってきた人達はこの娘を放っておいたかなぁ……もっと、橘さんのこと知りたい。仲良くなりたい。夢中になっている。このまま帰るのももったいないな。

「ねぇ、橘さん、良かったらこの後、クレープの美味しい店あるんだけど行かない?」

「クレープ……良いね! 行く!」

クレープは、あたしは苺味、橘さんはブルーベリー味を選んだ。

「良かったら、一口ちょうだい?」

「良いよ」

「あーん。美味しい。あたしのもどうぞ」

「ありがとう。あーん。苺も美味しい」

「ここのクレープは甘いのだけじゃなくて、ご飯系も美味しいんだよ。例えば、チーズコーンフルトとか」

「チーズコーンフルト?」

「チーズとコーンとフランクフルトが入っているの」

「そうなんだ、また食べてみたいな」

「また、部活終わりにでも寄ろうよ」

「うん」

「ねぇ、橘さん、良かったらなんだけど……」

「何、立木さん?」

「名前で呼んでも良いかな?」

「いいよ、私も友達できたら名前で呼んでみたいなって思ってたから……」

「祥子で良い? あたしのことも優紀奈でいいよ」

「いいよ。でも私は呼び捨てはできないから優紀奈ちゃんで良い?」

「わかった。改めてよろしくね! 祥子!」

「うん! 優紀奈ちゃん!」

 クレープを食べ終えた手で握手をした。また、さらに仲良くなれちゃったな。祥子は反対方向であったので、ここで別れて帰途へ着く。


次の日。授業も終わり、祥子と一緒に切磋琢磨寮へ行く。

「「こんにちは~!」」

2人で元気よく挨拶する。

「はーい、こんにちは~! では練習!!……の前に大事な話がある。2人共座って」

何だろう?と祥子と顔を合わせつつ、寮の床に座る。

「実は今度の大会の主役を2人に任せようと思うの」

「「えぇ!?」」

祥子も驚いている。そりゃそうだ。1年生だから脇役かもしくは裏方だろうと思っていた所を主役に抜擢だなんて……。

「どうしてあたし達ですか、3年の先輩方が主役でなくて良いのですか? 最後の大会ですよね?」

「そうですよ、それに私は裏方やる為に入ったようなものですし」

「優紀奈ちゃんに祥子ちゃん。昨日の発声練習を聞いてて2人に光るものを感じたんだよ。優紀奈ちゃんは中学からやっているというのもあるけど。それに祥子ちゃん、普段大人しいのに発声の時はお腹から芯の通った声が出ているんだよ!! 2人を劇に出さないのはもったいないと思ったんだ。それにここの方針は、1年からでも主役はできるだよ。過去にも主役に抜擢された子いたよ~」

「そうだったのですね!! わーい! 頑張ります!!」

「あ、あの……優紀奈ちゃんはわかりますが、私なんて……」

出た祥子の謙虚さ……だけど、このままじゃ2人で主役できない。

「祥子ちゃん、控えめだけど、素質あるよ、是非是非出て欲しいなぁ~!!」

「祥子、あたしと主役やってみよ!! 大丈夫、わからないところはフォローするから!!」

「……わかったよ優紀奈ちゃん! それに先輩!!私、やります!!」

「おぉ~!! よく言ってくれたよ!! 演技の神髄を伝授したら安心して引退できるなぁ」

「まだ引退の話しないでくださいよ~寂しくなっちゃいますから」

「そうですよ、先輩方。私達まだまだ未熟者なのですからご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

「ふふふ、今日も私達2人の3年が2人の1年にマンツーマン指導して行くよ~。今日は部長と副部長を入れ替えて指導しますか~」

そう、3年も2人しかいないのだ。昨年は人数多かったそうだが、今年の規模では、背景とかどうするのだろうか。今日はあたしに部長、祥子に副部長が担当する。部長に練習しながら質問してみる。

「先輩、人数少ないですが、裏方がやる背景とかの美術とかどうするのですか?」

「ふふふ、それは毎年、美術部にも手伝い頼んでるから大丈夫。私達もやるけどね。それに衣装だって、自分達で作るよ~」

「おぉ、そうでしたか。何だ、中学の時と同じか~」

「ちなみに、劇の台本は、ネットのフリーのを使ったり、文芸部に頼んだりもしてるよ」

「へぇ、それで今回は、どちらのを使って演技するのですか?」

「今回は2人劇だからね~、文芸部に頼んであるよ」

「あ、もう依頼済なのですね。どのような劇になるのでしょう」

「お姫様と王子様のイチャラブものって言ってたかな」

「イ、イチャラブ!? 具体的には??」

「あぁ、まだ詳しいことは完成していないからわからないけど、キスシーンはあるみたい」

「キ、キスシーン!?」

祥子とキス!?

「あ、あの本当にキスするわけじゃありませんよね?」

「ん~、顔近づけてしているフリだけど、本人達が気にしないなら本当にしても良いよ。本当にした方がウケが良いし」

「本当にした方がウケが良い!?」

祥子も驚いている。そりゃそうだ。本当にするとしたら、あたしとするんだから。

「過去にキスシーンを本当に演じた方っていたんですか?」

「んとね、確か、男女でも同性同士でもいたと思う。この演劇部に入る人達、将来、俳優志望の人多いから、今の内からできることは何でもやるという挑戦心に溢れているから」

「そういうことか……祥子、どうする?」

「優紀奈ちゃんこそ、どうしたい……?」

あたし達は互いを見つめ合って赤くなった。

「まぁまぁ、今すぐ決めなくても演技の練習中に決めれば良いじゃん! まずは一通り読み合わせからしていくよ~」

 確かにその通りだけど、祥子があからさまに動揺しているよ。あたしもだけど。キスシーンか。中学生の頃はなかったからなぁ。あたしも初体験だ。でも、彼氏とキスしたことあるのに、何で祥子とのキスするかもってことに対してこんなに動揺しているんだろ、あたし。何て話しをしていると

「演劇部~頼まれてた台本できたよ~」

と文芸部の方がいらした。あの中にイチャラブした私達のことが描かれているのか……

「じゃ、台本が届いたことだし、優紀奈ちゃん、祥子ちゃん、読み合わせしてみよっか」

「「は、はい……」」

あたしも祥子も顔が真っ赤だ。祥子もキスシーンとかイチャラブのこと考えているんだろうな~。恋愛はしたことないって言ってたし、余計耐性がないだろうな……

この後、例のキスシーンのところを読み合わせたけど、あたしも祥子もキスのことを意識して、気恥ずかしくなってしまっていた。先輩達は、そんなあたし達を見て、ニヤニヤしながら見ていた。この頃からだろうか。あたしが祥子のことを意識しだすようになったのは。


 6月のある日。今日は雨が降っている為、1限目の保健体育は室内で保健の授業をするそうだ。

「今日は保健体育、保健の性教育についてだってさ」

「あわわわわわわわ」

「祥子、もしかして、恥ずかしい?」

「うううううううんんんん」

「うわ、ものすごい慌てよう。性教育なんて男子が喜ぶ授業じゃん。あたしは眠いわー」

性教育は授業の一環上、裸の写真が教科書に掲載されている。もちろん本物ではなくイラストであるが。それでも、男子は裸を見て興奮する。というより、一々、出てくる単語に興奮する。何が面白いんだか。女子は女子でキャーキャー言って騒ぐ。性教育の授業は皆、眠気が覚めるというのに、あたしは冷めている。例え、あたしの元彼との恋愛が続いていたとしても、保健の授業は真面目にだけど、眠気も堪えて聴いていた。

「そ、そうなんだ。私は兄弟姉妹とかいないし、恋人もいたことないから異性も同性も裸になっている写真見ているだけで恥ずかしいよ」

「へぇ、兄弟姉妹いないんだ! あたしはお姉ちゃんがいるよ」

「お姉ちゃんか……いいな、憧れる」

「うん、よく恋愛相談して貰ってる~」

「そうなんだ。頼りになるね」

「あ、チャイムが鳴りそう。体育の先生は時間ピッタリに来るからな~」

 キーンコーンカーンコーン。チャイムと同時に教室の前方の扉が開かれ教師が現れる。

「さぁ、授業を始めるぞ~」

 先生が方眼紙を取り出し、黒板に貼る。その方眼紙には、男女の裸と生物学上の説明が書いてあった。

「教科書の図をこの方眼紙に印刷してあるぞ~。だから、前見て、この授業受けるように。詳細の文章について音読してもらう時は教科書見るように」

(こ、これ読むの……)

 祥子は、顔を真っ赤にしていた。指名されませんように。

「よし、じゃあ、立木、読んでくれ」

 あ、あたしで良かった。

「はい。高校生の時期は、形態面ではほぼ大人の体に近づきますが、性機能面ではまだ未熟さを残しています。特に女性は性周期を司る内分泌系の諸器官や子宮の発達が十分ではありません。性周期は基礎体温の変化によって知る事ができます。高校を卒業するくらいまでには、排卵と月経が周期性をもって規則的におこる体に成熟していきます。男性の場合は、射精に伴う性的な快感を求めて射精を自らの意志で行う(マスターベーション)。思春期は性機能だけではなく性に関わる意識も大きく変わっていく時期です。他人(異性または同性)への関心が高まり、性的な欲求も強ります。これは個人差があります。また、性的欲求は多くの人が人が持っていますが、脳の本能的な分野が司り、種の保存の上で大切なものです。一般に動物じゃ一番育てやすい時期に子供が生まれるように発情期を迎え、本能に従って交尾します。人間は高度に進化し

、いつでも子供を育てられる条件を作り出しました。その為、発情期はなくなりましたが、いつでも発情期と言えます。しかし、人間はこの性的欲求を抑えたり、コントロールできる大脳新皮質が他の動物と比較し大変発達しています」

 元彼、大脳新皮質未発達だったのかな?そうに違いない。

「立木、ありがとう。座っていいぞ。とまぁ、このように君達は思春期真っ盛りだ。性意識と性行動への興味が湧く。だが、安易な性行動に走ると人生設計を狂わせるから気をつけるように。そして、最近はLGBTQの考えも勉強するようにとのことだから、LGBTQについてやっていくぞ。まず、Lはレズビアン(女性同性愛者)。Gはゲイ(男性同性愛者)、Bはバイセクシュアル(両性愛者)、Tはトランスジェンダー(生まれた時の性別と自認する性別が一致しない人)、Qはクエスチョニング(自分自身のセクシュアリティを決められない、分からない、または決めない人)を指す。性的マイノリティと言われているが、集団の中に必ず一定数存在することで、種の数の均衡を保つ。ま、こんなところだな。この国では、やっと同性同士の婚姻についてパートナーシップ制度を認めている市が増えてきている。さて、次は性行為についてだな。性行為とは、プライベートゾーンに触れる、生殖行為を指す。プライベートゾーンというのは、女子の水着姿で例えると水着で隠れている部分だ。無論、男子だって、胸はプライベートゾーンだぞ」

「えぇ~水着で出しているのに?」

「それでもだ。気軽に触れて良い場所ではない」

 その後は、プライベートゾーンの触れ方について習った。これは、小学生や中学生ではやらなかったな。でも、唇、指で触れるのが基本だよね。まさか、性道具についても習うとは……バイブって元々、女性のヒステリーのマッサージ器だったんだ……

 ♪~キーンコーンカーンコーン~♪

「おっと、チャイムが鳴ったな。では、授業終わり。次回は、雨天関わらず体育やるからなー」

 体育の教師は教室を退室した。中身の濃い、1時間であった。男子みたいに、あたしも内心、興奮してしまった。祥子が欲しいと……そうだ、お泊りに誘ってみよう。

「いやぁ、保健終わったねぇ」

「ふしゅー」

「祥子ったら、頭から湯気出てる……」

「いや、聴いてて自分には無縁の世界だなぁって」

「そうかな……? まぁ、それはともかく……祥子、今度の休み、勉強と演劇の練習の為にお泊りしない?」

 本当はこの休みを機に告白をして、あわよくば祥子とイチャイチャしたいのだ。

「何も予定ないし、いいよ。迷惑でなければ……」

「本当?良かった! じゃあ、演劇の練習頑張ろうね!」



いよいよ来た、お泊りの日。三連休で1泊2日を予定している。両親は仕事で遅い。姉は友達ところに泊まっている。2人きりなのだ。

「お、お邪魔します……」

「おーいらっしゃい。上がって上がって!!」

祥子があたしの家に来てくれた。そして、2階にあるあたしの部屋へ招待した。

「わぁ、可愛い部屋……」

ぬいぐるみやアクセサリー、化粧道具など、ザ・女子の部屋がモットーなのがあたしの部屋なのだ。

「祥子の部屋はどんな感じなの?」

「私の部屋は……本がいっぱいかな」

「本か……あたしの部屋はファッション誌しかないや。あたしが話しかける前、読書していたもんね」

「うん。高校でも友達なんてできないと思ってたから本持ってきてたんだ。でも、今は優紀奈ちゃんが話しかけてくれるから本は家で読んでる」

そういえば、休み時間の度に祥子に振り向いて、話かけてるなあたし。最初は迷惑かなと思ってたけど、この積み重ねが今のあたし達の友情を築いている。

「じゃあ、まずは勉強終わらせちゃおうか」

「うん、そうしよう」

カリカリ……カリカリ……

2人のノートに走らせるシャーペンの音が部屋内に響く。

「終わったー!」

「優紀奈ちゃん早いね! 私ももう少しで終わるから一緒に答え合わせしよ」

「うん、あたし休み時間にやってたんだ~。待ってる!」

手持ち無沙汰なので、とりあえず、教科書を読んで祥子の終わりを待っている。本当は休み時間に終わらせたかったけど、勉強会もしようと思って進めておいたんだ。あたしの方が祥子より勉強できないだろうから。

「優紀奈ちゃん、私も終わったよ」

「早っ!!」

「実は私も家で進めてきてたんだ。お泊りが楽しみだったから……答え合わせしよ」

「そっか~、嬉しい! うん、しよしよ!!」

 案の定、あたしの回答、ほとんど違った。祥子に間違った部分を解説してもらった。答えの解説より、わかりやすい。

「ありがとう! 今度のテスト、これで乗り切れそう!」

「テストに、文化祭の演劇の練習で毎日大変だよね。優紀奈ちゃんの役に立って良かった」

「本当、解説わかりやすい~。祥子は頭も見た目も性格も良くて完璧だね~」

「そんなことないよ……優紀奈ちゃんは私のことよく褒めてくれるよね。照れちゃう」

 祥子は顔を真っ赤にしていた。このまま、劇の練習しちゃうか……

「祥子、勉強も終わったし、次は劇の練習しない?」

「へっ!? あ、ああ、いいよ……」

もう読み合わせに演技もつけて練習するようになった。王子役のあたしと姫役の祥子の2人劇。いよいよ、来るあのシーン。

「姫、私の愛を受け取ってください」

「あぁ、王子様、私もお慕いしております」

 この時、指を恋人つなぎしてお互い見つめ合っているという。そして、祥子が目を閉じ、あたしが徐々に顔を近づけていく。そうキスシーンだ。唇があと少しというところで寸止めをする。あたしが上手くやんないと本当に口づけてしまうことになる。本当は口づけたい。祥子への想いに気付いてしまったから。

「……優紀奈ちゃん」

「はっ、ごめん。台詞飛んでた」

「いや、違うこと、考えていたでしょう?」

「ど、どうして……」

「顔、赤いよ……?」

 祥子に言われた通りだ。あたしは祥子の唇を意識し過ぎて、それが顔に現れているに違いない。バレたかな……? あたしの気持ち……

「祥子……」

「何、優紀奈ちゃん、台詞思い出せた? 台本見る?」

「祥子……好き」

「え? 優紀奈ちゃん、王子様役と混合している?」

「違うの。劇は一旦、中断しよう。祥子のことが好きなの。いつの間にか憧れから好きになってた」

「はぇ!? じ、実は……私も優紀奈ちゃんのこと……意識していた。好き……です」

「ねぇ、しても……いい?」

「うん……」

 祥子は目を閉じる。あたしは顔を少しずつ近づけていった。そして、祥子と唇が繋がった。

「「ん……」」

 時間は5秒くらいだっただろうか。あっという間だったような長かったような……

「久しぶりにキスした。でも、今まで感じたことのない高揚感……」

「そうだよね、優紀奈ちゃんは彼氏いたことあったよね……」

「そういえば、話してなかったよね。うん、中学の時、最低な奴だったけど付き合ってた彼氏はいたよ」

「どうして私なんかに恋愛感情を? また、彼氏作りたいって思わなかったの?」

「それが……自分でもわからないの……これが保健で言ってたバイセクシャルなのかな? でも、今まで自分の性指向なんて考えたこともなかったし……」

「私も自分が誰かを好きになるなんて思ってもみなかった」

「性指向なんて、皆、わからないし、決められないのかもね」

「そうかもね」

そうして、もう一度、祥子とキスをした。今度は先程よりも長く。もう劇の練習どころではなくなった。

「劇の練習は明日にして、今日はもう両想いになったことだし……その……イチャイチャしない?」

「う、うん……」

 互いに、照れくさくなってそっぽを向き合っているが。手は恋人つなぎをしたままだ。我慢できず、あたしは祥子をお姫様抱っこした。そして、頭を枕にあてがい、ベッドの上に寝かせる。あたしは祥子の上に四つん這いになると、また唇をつける。舌を入れてみた。

「!?」

 祥子はびくっと驚いたようだが、あたしの舌を受け入れ絡ませてくる。甘い。まだお菓子を食べていないのに、甘い味がする。だけど、そろそろ、頭も使って小腹も空いたことだし、お菓子食べることにしよう。

「そろそろお菓子食べようか。小腹が空いてきたしね」

「うん……キスはもう終わりか……」

 ううん、まだ終わっていないよ祥子。最初に取り出したのはポッキーだった。ポッキーと言ったらこの食べ方だ。プレッツェル部分を咥えて、祥子にチョコのかかった部分を差し出す。

「一緒に食べよ」

「こ、この食べ方って……」

祥子も私の差し出したポッキーのチョコがかかった部分から食べ始めた。

折れないように、折れないように……

ちゅ……

唇同士が軽く触れた。そのまま、2人は目を閉じた。しばらく触れあっていた。

「ま、またキ、キスしちゃったね」

「そ、そうだね」

「あたしは彼氏いたからしたことあるけど、祥子はどう?」

「私は初めてだった」

「わぁ、ファーストキス奪っちゃった!! どう……だった?」

恐る恐る、キスの感想を聞いてみる。

「美味しい……キスだった。」

なら、もう一度……今度はポッキーなしで……

あたしは祥子の唇を奪った。

「ん……んぅ」

あたしの味はどんな味? 祥子……

「ポッキー食べていなくても美味しかった」

やった! あたしのこともっと食べて……あたしも祥子のこと……

しばらく、祥子の唇を貪っていた。そして、次に取り出したのは飴玉。

「キャンディーキスをしよう」

「飴玉が喉の奥に入っていかない?」

「うん、ゆっくりお互いの舌で交代すれば大丈夫だよ。さぁ、続きをしよう……」

祥子はレモン味の飴玉を口に入れ、ペロペロ舐める。舐めた飴玉を口移しで、祥子に渡す。

「んぅ」

飴玉を渡したら、祥子から声が漏れる。レモンの酸っぱさとあたしの舌の感触に驚いているみたい。

カランコロンと祥子も口の中で飴玉を弄ぶとあたしに口移ししてきた。

「んぁ」

あたしも思わず声が出てしまった。レモンの酸っぱさと祥子の唾液の甘さが混じった味が口の中に広がる。

ちょうど、飴玉が溶けきった。次は、何を食べよう……

「祥子……次はこれを変わった食べ方で食べない?」

「変わった食べ方……?」

 あたしは、麩菓子の袋を開けて中身を取り出し、ベッドの上で座る。そして、太ももの間に麩菓子を置く。

「ねぇ、咥えて」

「こ、これって……フェ……」

「あー言わなくていいよ。意識させてみました。祥子の照れ顔可愛い」

「もー、優紀奈ちゃんったら。あーん」

 祥子はあたしの言う通り、麩菓子を咥えてくれた。

「ふぉうはぁはぁ」

 おそらく、どうかなって言ってるんだろう。うん、エロい。これが男子の気持ちか……千歳飴でもできそうだな。後でやってみるかな。

「エロいよ、祥子……あ、麩菓子気にせず、食べちゃって」

 そうすると祥子はゆっくり噛んで食べた。サクッサクッと麩菓子が噛まれ飲みこまれていく音が響く。

「ごくん。エ、エロいって……」

 麩菓子を食べ終えてから、俯く祥子。あーもう可愛いな。あたしが男子だったら、自分のあそこにされているみたいって考えるんだろうな。何だか、疼いてきた。太ももをもじもじさせる。

「祥子。今度はこれを咥えて」

 千歳飴を太ももの間から差し出した。祥子はまたも咥えてくれる。

「祥子、今度は喉につかえないように、顔を前後させてくれる?」

「ふ、ふん」

 祥子は顔を前後させて千歳飴を咥えている。エロさが増した。唾液がついている面積が広がっていく。

「祥子、一旦、飴から口離してくれる?」

 祥子が飴から口を離すと銀糸が数本絡みついていた。本当に男のアレを咥えてたみたいに見えてきた。

あたし、男になってしまった!? 疼くんだが!?

「優紀奈ちゃん、千歳飴、貸してくれる?」

「え、いいよ。はい」

 祥子は千歳飴を受け取ると、あたしの唇にあてがった。

「今度は優紀奈ちゃんがしているところ見せて」

 祥子がペロっと舌を出しながら、あたしの唇を千歳飴でムニムニする。形勢逆転された……あたしは千歳飴を咥えると、顔を前後させた。千歳飴の味と祥子の舐めた後の味が混じっている。

「ふぁ、あま……」

「優紀奈ちゃん、さっきまでの私ってこんな感じだったんだね。確かにエロいや」

 顔を真っ赤にしながらもニヤニヤして千歳飴を離す祥子。祥子のこんな表情初めて見た。

「ねぇ、優紀奈ちゃん。彼氏さんともこういうことしたの?」

「いや、してないよ。キスだけ。それ以上は大人になって責任取れるようになってからって決めてたから」

「そうなんだ。てっきり、手慣れているから大人なことしているのかと思ったよ~」

「されそうになったことはあったけどね、責任取ってくれない奴だったから。だから振った」

「そう……それで別れちゃったんだ。何だか悲しいね。好きでくっついたはずなのに体目当てみたいで」

「そうだよね、やっぱ別れて良かった。清々している。でも、まさか次は同じ女の子と付き合うことになるとは思わなかった」

「私も誰かとこうして深い仲になるなんて思いもしなかった。ありがとう、優紀奈ちゃん」

「あたしこそ、ありがとう祥子」

 祥子こそが、念願のあたしだけを愛してくれる人だったんだ。きっと、そうに違いない。お菓子は食べ終えた。あたし達は、コンビニで買った弁当を食べ、洗面所へ向かい歯を磨く。お風呂は、祥子を先に入れて、その後にあたしが入った。だから、祥子の裸は知らない。見るとしたら修学旅行の時になるだろうか。その時は、スキンシップに気をつけないと。それにしても、お菓子をこんな大胆な食べ方で食べたいと思うなんて、祥子と触れ合いたいという気持ちが強いのだろう。だけど、まだ、いい。あたし達はまだ付き合い始めたばかりなのだから。

そして、風呂から上がると互いの髪をドライヤーで乾かし合い、ベッドに入る。手を繋いで眠った。


次の日、起きてからも私服に着替えてから、劇の練習をした。夕方までずっと、練習していた。キスシーンはもちろん、本当にするようになって。本番もすることだろう。名残惜しいが、祥子の帰る時間だ。玄関で、家族が通らないか気を配りながら、別れのキスをした。


 そして、文化祭、例のキスシーンでは黄色い歓声が上がる程の大盛り上がり。演技が大絶賛で劇終わりはスタンディングオベーションであった。祥子と演劇部に入って良かった。先輩達からも良かったよと言ってもらえた。祥子は高校からだったのに先輩の見立て通り演技が上手かった。普段はあんなにおどおどしているのに、演技になると俳優になる。


 今度は秋に大会がある。またお泊りをしてお菓子を持ち寄ろう。お菓子があたし達の仲を甘く繋いでくれた気がする。まるで裸で繋がったみたいな高揚感。したことないのに、そう思わせる錯覚。お菓子食べると幸せになるよね。今度は何を口移ししちゃおうかな。劇はまた同じ劇を大会でもするからキスシーンがある。キス、たくさんしないとね。なんてね。でも、もっと深い仲になる為に、休み時間も、放課後も一緒に過ごす時間は大切にしよう。太らない程度に甘いお菓子であたし達の関係を補っちゃお。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お菓子で補っちゃお シィータソルト @Shixi_taSolt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ