K-9

チカラシバ

出会い

Case.0

 覚えている。今でもずっと、頭にこびりついて離れない。

 

 あの血溜まり、銃声、誰かの遠吠え。世界から色が消え、ありとあらゆる臭いが鼻の奥までなだれ込んできた。肉が裂ける感覚も、全身の焼けつくような痛みも。一日だって忘れたことはない。あのときの俺は、その全てを楽しんでいたから。理性を捨て、本能に飲み込まれていくのはあまりにも屈辱的で、それでいて快感だった。今で築き上げた全てをなんの躊躇もなしに投げ捨て、本能に抗うことをやめてしまいたくなるほどに。

 

 けど。だけどアイツは。


 〈相棒、俺は大丈夫。大丈夫だから!〉


 あぁ、覚えてるよ。

 あの血溜まり、銃声、俺の遠吠え。

 

 そして。


 〈動くな! レニー!〉


 お前の叫び。













「……ハッ‼」


 確かに聞こえたはずの耳をつんざくような叫びは、深夜の静寂にとって代わり、残されたのはただ激しく脈打つ心臓と、乱れた呼吸、全身を汗でぐっしょりと濡らした男だけだった。目が覚めたときの勢いでベッドから起き上がった上半身に、シーツを被ったままの膝を曲げて引き寄せ、そこに頭をうずめる。

 両手で耳を塞いでも、どれだけきつく目を瞑っても、息を止めてみても。この苦しみを止めることはできない。


「動くな……」


 たった一言だ。それだけで俺は動けなくなって、お前は動かなくなった。そしてあの日からずっと、俺は動けないままでいる。

 

俺がお前の命令を無視しなければ。本当なら無理やり従わせることだってできる段階まできてたのに、お前はそうしなかった。

 

そういうやつだって分かってたさ。いやいや言いながら俺がしたいようにさせて、俺が間違ってたときも、一緒に責任をとってくれた。

 

 鈍い俺は、お前に甘えてばかりで知ろうともしなかったな。探し求めていた『絆』はずっとすぐ傍にあって、ずっと前から結ばれていたのに。


 最初で最後の命令が『動くな』なんて、お互いにとって残酷すぎじゃないか。

 

 目が覚めたときには全部が消えていた。

 色も、お前も、絆も、全部。


「俺はもう動けねぇよ。お前がいなきゃ」


 深く吐いた息は、胸に重くのしかかっていつまでも余韻を残し続ける。

 

それでも、のっそりとした動作でベットから抜け出し立ち上がると、もう随分と前にその使い道を無くした体の一部がシーツを掠り、シュ……っと短い音を立てた。

 

 もういっそのこと切り落としてしまいたい。そう何度思ったことか。


 己の本能とその醜さを思い起こさせるものすべてに、別れを告げたかった。

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