与太巫女さまの言うことはっ

灯針スミレ

壱◇犬猿の仲

壱◆0

空神そらのかみに仕える者。空従。

 仙人として修練を怠らず、若くして天仙へなりえると思われた空従は色を覚えて、神の御言葉を歪曲した悪事により、力を失い、嘘吐く妖怪へと姿を変えた。


 名を、天邪鬼あまのじゃくという。


 ある時は、新婚の妻の身ぐるみを剥いで成り代わり、初夜に夫を驚かせた。

 ある時は、山道に迷う農夫に、親切な仙人のフリをして嘘の道順を教え彷徨わせた。


 美しい娘がいると聞けば、糞尿を顔に塗りたくり。宝物がある家があれば、嘘の価値を流布し。宴会場に潜り込んでは、酒を飲み干し、酔っては暴れて回った。


 何十、何百年と経ち、天邪鬼はまた噂を聞いた。桃源郷の塔に、若く美しい者がいる、と──】


***


 赤い楼閣が月明りで黒く見える夜のこと。私はその部屋から侍女が一人抜け出たのを見届けてから、声を真似て障子の向こうに話しかけた。


「姫さま、少しよろしいですか?」

「どうぞ」


 嗚呼、馬鹿な女だ。能天気な返答に、私はニンマリとして障子を開け放った。


 心綺楼で隠された、巨大な湖には桃源郷と呼ばれる三つの島がある。招かれざる者は立ち入りできないとされるその島は、それぞれある山の名で呼ばれていた。その一つ、蓬莱山にはこんな噂があった。『塔に機織り女がいる。その美しさは、神も目がくらむ程』。


 そう聞いて、私は居ても立ってもいられず、その女に会いに来た。深い理由は無い。高い評価を得ている者や幸福そうな者を貶めるのと同じように、美しいと云われるその顔に汚れを一つつけてやりたくなっただけだ。そうして桃源郷に近づいてみたら、案外すんなり入れたものだから、私は上機嫌になってこの島で一番高い塔にやって来た。


 塔から響いていた歌声と小気味いい機織りの音が止まる。侵入を許可された私を見て、なるほど確かに美しいと言えるその女は固まっていた。この桃源郷に妖怪が入り込むとは思っていなかったのだろう。まん丸になった目が驚きと恐怖に染まっていくのが嬉しくて、私は一歩部屋に上がり、また一歩と彼女に近づいた。


「嗚呼、なんて≪醜い≫! その皮膚を剥いで被っても、私も美しく≪なれる≫だろうね!」


 声を出すだけで、言葉はその意味を捻じ曲げ、反対の言葉に変わっていく。遠い過去に私にかけられた術が、表情や声色と似合わない言葉になって紡がれるが、会話が成り立たないことに腹を立てることもない。私のそのちぐはぐな言動で、怯えて声も出せずに唇を震わせる者がいるだけで愉快だった。


 守られて育てられてきた証とも言える、傷一つない肌、細い指。真っ白な髪は絹のよう。全てを周囲が用意するからか、青年の頃だというのに小さいままの足。下賤の者ではいくら手を伸ばしても手に入れることの出来ない豪奢な着物を羽織り、戦う術があるのに行使する機会を知らずに何もできない女の頬に、私は歪に伸びた爪を立てた。


 ……私は、こんな風になりたかった。


 華奢なまま可愛がられて、綺麗な服を着て、やりたくもない仕事などせず、愛した人に愛されて──。


 それがどうだ。額を突き破り伸びた非対称な角、漏れ出た体液が固まり青い鱗のようになった傷口、死人色の血の気の無い肌、縦に割れた瞳孔、伸びた爪、それから──嘘ばかり言う口……。


 一体、私はどうしてしまったのだろう?


 いつもなら、迷惑行為を楽しんで、目の前にいるこの女を嘲笑っているはずなのに、今日はなんだか妬ましさでドロリとした感情が沸いてくる。額に生えた左右非対称な角がミシリと音を立てて少し大きくなり、獣のように縦に割れた瞳孔に震え泣く女を映しながら、私は本能の赴くままに頬に立てた爪に力を入れた。


 瞬間、カランと遊環ゆかんが鳴った。


「──そこまで」

「ガッ!?」


 その場にいないはずの凛とした声がしたと同時に、私の体は畳の上に叩きつけられた。その拍子に私の爪から逃れた女は、突如として現れた錫杖を持った少年にへっぴり腰で縋りついた。


「賢者様……っ」

「そのままお下がりください、白神しらかみの姫様」


 忙しなく頷き、女は這うようにして廊下に繋がる襖へ向かう。そんな彼女を背で庇うように移動して、少年はやれやれと言いたげにゆるりと首を振った。黒衣に薄茶色の袴。紺の外套は異国製だろうか、少し目が惹かれる。


 神通力でこちらを拘束する手を緩めることなく、雑に束ねた薄桃色の髪を肩から流した少年は、普段は身長差でこちらを見上げていることが多い意趣返しのように、その場に屈んで私を見下ろした。


「やあ、天邪鬼」

「っぐう……賢者……っ! ≪久しい≫、か」

「ああ、三日ぶりかな? 


 からかうように静かに笑う少年(少年とは言っても、見た目がそうというだけで、実年齢はとっくに五百は超えている。爺が可愛い顔していると思えば不気味なもんだ)は、賢者と呼ばれる地仙だ。本来の役職はなんだったか……まあいい。何度目かもはや数える気にもならないが、また邪魔をされてしまった。


 いつもそうだ。私が楽しくやっていると、こいつは横槍を入れに来る。私が迷い人をさらに迷わせて遊んでいたら、勝手に正しい道順を教えたり。陶磁器のように美しい肌を持つ娘に傷をつけたら、神力で治したり。家宝を大層大事にしている者がいたから無価値な塵を崇めていると流布してやったら、正しい価値観で上塗りにしてきたり。宴会場で暴れた時には、遠方にいると聞いていたのにわざわざ足を運んでまで私を罰しに来た。


 人々を救い正しく神の教えを広めたこの男は、いわば私のおかげで、あっという間に地仙としての修行を終えたのだ。神仙も彼を天仙として迎え入れる準備をとうに済ましているというのに、こいつはいつまでも地上に残って、今日も私の邪魔をする。嗚呼、忌々しい!


「おのれ……っ」


 抗議的に目の前の少年を睨みつけてやるが、何度も相対すれば慣れたもので、賢者は少しも顔色を変えずに薄く微笑んだまま言う。


「神仙に手を出すとは、随分と強気に出たものだ」

「ア?」

「おや、知らずに来たのか。君がさっき手にかけていたのは、若き神仙・白神姫だよ。人神妖平等の世になって長いとはいえ、彼女が何か悪い事をしたならともかく、神を理不尽に殺めてはいけないよ」

 

 空々しい説教をする彼に腹を立てて無理矢理体を起こそうとする私を見つめながら、賢者は錫杖を振って遊環を鳴らす。カラン、と音がすると同時に、私を押さえつける見えざる重りが増した。


「っぐ!?」


 いつもとは違う重みに呻く。異様さすら感じ取れる神力に、私は焦る。普段の追い払うに留め術ではない。賢者の顔色を窺えば、いつにも増して彼は真面目な顔をしていた。痛いで済むかどうかも怪しい。殺されるかもしれない。だが、逃げようにも、動く事も叶わない。


「これまでは見逃してきたが、神仙に手を出した罰の一つも無しでは地仙の名が廃る。かつての信仰を思い出し、自らの行いを恥じなさい」

「そんなもの──」


 シャンッ、と遊環が強く鳴る。その刹那、雷撃が私を襲った。


「──!」


 悲鳴をあげられたのはほんの数秒で、全身を打つ痛みに私の意識は飛び──一度は真っ白になった視界に、遠い過去が映る。封じていたはずの記憶だ。


 ……かつての私は空神に仕える巫女だった。役職と合わせて、空従の巫女などと呼ばれていた。


 妖怪ではなく、人間だった。体内に妖力を宿す人間──仙人。また仙人の中でも神の傍に立つ事を許される者──天仙──を目指し、日夜修行する者──地仙──であった。端的に言えば、神や妖怪との間に生まれ特殊な力を持った人間で、神に近づく為に修行中の身である。


 若くして私は、天仙となるあと一歩まで修行を積んでいた。文字通り、人生の全てを投げ打ち修行に身を置いていたと言っても過言ではなかった。他の何にも気に留めず生きていた。


 この仕事を成功させれば、天仙となる。その大事な時に出会ったのが火守だった。私の仕事は火守の補佐と監視だ。彼の仕事ぶりを報告し、支え、期間内に計画通り遂行すること。


 永遠にも近い年月を生きる者としては短い、しかし絆を生むには十分な数年だった。私たちの間には厚い信頼があり、全てが上手く行っていた。あの女、輝姫てるひめが来るまでは──。


 嗚呼! 思い出したくない!


 強い拒絶感が、胸の奥底から湧き上がる。それらは全身を巡り、強引に記憶の蓋をこじ開けようとする力と拮抗した。


 思い出したくない! 何もかも忘れたい! あの女さえいなければ! 憎い、憎い! 醜い! 嫌いだ! 何故私が選ばれない!? やめろ、やめろ! 思い出させるな!


 力が抜けていく。これは現実か、それとも過去の記憶を追体験しているだけなのか。私の中に数多の思考が流れていくのを、私は精査する間も与えられぬまま受け止める事しか出来ない。


『そうまで嘘が吐きたいのであれば、嘘だけを吐けるようにしてやろう』


 過去に誰かが私にそう言って、術をかけた。ちょうど今、私を襲っている雷撃に似た術だった。賢者の父、高守だ。彼は言った。


『だが。もし、お前がもう嘘を吐きたくないと願うなら。その時は、私の下を訪ねなさい。高守ではなく、神仙・高木神たかぎのかみとして会うことを約束しよう』


 そんな日は来ない。


 巫女だった過去の私も、妖怪である今の私も、同じ答えを導き出す。そんな日が来るぐらいなら、この醜い姿のままでいい。人になど戻らなくていい。今の妖怪・天邪鬼の姿を思い浮かべ──それらに重ねるようにして、こう思った。


(──こんだけ設定が凝っているのに、なんでこの子、モブなんだろ?)


 不意に、知らない言葉が頭を過る。もぶ? どういう意味だろうか。言葉の意味を探ったのと──封じた記憶をこじ開けようとする外部の力に、私の抵抗が勝ち、巫女だった頃の記憶が守られ──逸れてしまった外部の力がどこか別の記憶をこじ開けたのは、ほとんど同時だった。


(フレーバーテキストの量も他のキャラとそんなに変わらないし、ビジュもまあ、URに比べればシンプルだけど凝ってるほうだし……もっとストーリーに関わる予定だったとか? えーっ、だとしたら誰とどう絡む予定だったんだろ~?)


 見知った景色に、見知らぬ物が混じっていく。光る鏡のような物の前で、私は椅子に座っている。私は片手に棒を(直感的に、それは書くための道具だと分かった)もう片方の手には黒くつるりとした板を持っている。板には今の私によく似た絵が描かれているようだったが、それはまるで生き物が呼吸するかのように、僅かに上下に揺れていた。


(衣装的に、八又神殿の巫女が近いか……? んでも装飾が違うなぁ……設定資料集が欲しい~。公式売ってくれ! そしたらもっと細かく考察できるのに!)


 ため息交じりに、記憶の中で私は戸棚の一角に顔ごと視線をやった。


 ソレが目に映った瞬間、私は、ヒッ!? と、私は悲鳴を上げたつもりだった。だが過去を眺めているだけだからか、それとも心のどこかで『この程度で? もっとヤバい祭殿作ってる人いるじゃん』というよく分からない価値観が流れ込んで来たからか、それらは音にならなかった。


 戸棚の一角、どこよりも整理整頓が行き届いたそこには──賢者と思しき人物が描かれた物が大量に陳列していたのだ。全身絵が描かれた透明な板、妙にキラキラとしている本は五冊程、特徴を捉えた二頭身の人形、円形にくり抜かれた平たい缶……。見間違えるものか、今この時も私に雷撃をくらわせている、あの賢者を模した物など飾りおって、もしやこいつは異国の信者か! おのれ賢者──そこまで考えて、私の思考は一瞬停止する。


 これは誰の記憶だ? 私は今、何を見ている?


(公式が作ってくれないなら、自分で作るしかないとはいえ、自分一人じゃ解釈が偏るんだよなぁ……)


 これ全部……作った……? 誰が?


 最悪の推察を全力で否定したいのに、既視感という曖昧な感覚が、私の肩に手を置いて首を振る。認めろ、と。


(あーあ。誰か描いてくんないかな~、新解釈の賢者君! 解像度上げた~い!)


 考えながら、記憶の中のは、光る鏡の前に置かれた別の板に棒きれを滑らせ始めた。今を生きる私には、何をしているのか分からないのに、それが描くという行為だと何故だか知っている。


 違う、ありえない。これは私ではない。ましてやこの記憶の主が心酔している相手はあの邪魔者の賢者だ、嫌うことこそあれ、好意を寄せることなど──。


 一本、また一本と線を描く度に願う思いが頭の中に強く響く。


(賢者君は、いる)


 もう愛した作品は無い。一年と少しで更新は止まり、物語は中途半端なまま幕を閉じた。


(分かってたよ。いつか終わるって)


 板切れに映る『サービス終了のお知らせ』の文字を、諦めの目で私は眺めていた。


(課金足んなかったかな。私にもっと宣伝能力があったら、ユーザー人口増えたのかな)


 肩を落としながら、いずれ消えるデータをかき集める。録画して、スクショを撮った。各イベントの開始日、バナー画像、武器やアイテムのフレーバーテキスト、広報にたまに現れる主人公の台詞、キャラごとのステータス、登場した国や団体……。それらを記録として残したwikiを横目に、私は描く。


(私が読みたいだけ、見たいだけ。賢者君が生きる世界を、もっと……)


 一人で年老いていきながら、私は描き続けた。この世に居やしない空想の存在が生きる世界がどこかにあると信じ、縋り、願っていた。


 まるで、桃源郷を見つける前の──真人と妖怪に別れて争っていたこの世界で、姿形も存在すらも分からぬ神に縋った気狂いの信仰者のように。


 巫女として学んでいた一文が、この世界の常識が、抵抗する私の頭を羽交い絞めにして、現実を受け入れろと見せて来る。


【人は、生まれ変わる。生前の信心と業によって、来世の宿命が決まるという】


 ……光る鏡に薄っすらと映り込んだ知らない女と目が合った。一人で口角を上げ、自分で描いた絵を満足気に見つめる彼女の目は据わっていた。


「──い、嫌だアアア! 嫌ァ! 嫌アアアアアァア!!」


 私は必死になって叫んだ。巫女から妖怪へと変貌して以来、ここまで心の底から嫌悪を叫んだのは初めてかもしれない。


「こんなのが前世なんて──!!」


 声の限り叫んだ。やがて喉が枯れ、苦しみ藻掻きながら私は見覚えのある空間で我に返る。焦げた畳。傷がついた柱。倒れた灯り。いつの間に水を引っかけられたのか、辺りは水浸しだ。


 そして、目の前に賢者が立っていた。嗚呼よかった、現実に戻ってきた。やはりあれは悪い夢であった。そう安堵したのも束の間、


(……本物)


 何故か私は呆然とした。何度も顔を合わせた忌々しい男から視線が外せない。


 襖の向こうで泣きながら人を呼ぶ白神姫の声がする。姫の声に呼ばれて、警備隊が駆けて来る音がする。逃げなければならない。その前に、悪趣味な夢を見せてくれたこの男に報復の一つ、その綺麗な顔に傷跡の一つでもつけてやらねば気が済まない!


 いつもの妖怪・天邪鬼の私が心内で叫ぶ。しかし──こちらを窺うように賢者がちょこんと小首をかしげた瞬間、可愛い子ぶるんじゃねえこの爺と思い──それに被せるように、私の思考は馬鹿になった。


(可愛すぎではーっ!?)


 思うだけに留まらず、全身の血が巡り、顔に熱が上がる。自分でも分かるぐらい目が輝いて、感嘆の息を吐き──私は近くの柱に自らの額を叩きつけた。突飛な行動に、いつもは飄々としていて冷静さを失わない賢者も肩を揺らして少し固まり、目を瞬かせていたが、今の私に彼を気にしている余裕は無かった。


(えええっ、今の見た!? 公式!? 見たか!? 公式ではたったの二枚しかない立ち絵そのまま! いや立ち絵だと微笑んでいるのしかなかったから、あの怪訝な表情はかなりレア! 私が描いたのでしか存在しなかった表情! 動いている! 生きてる!? 嘘!? 原作では本編には出てこない上にイベントキャラとして数回登場したのみの賢者が──)

「アアアアアアアッ!!」


 思考を断ち切るように柱に何度となく額を叩きつける。妖怪として頑丈ではあるもののやはりその直前までの雷撃で弱っていたのか、それとも建物が揺れる程の衝撃だったからか、割れた角の痛みで私は呻く。


「ウ、ウウウゥウ……! 何、この……なんだ……!? 私、私は、天邪鬼……空従の巫女……ウゥ、知らない、誰だお前は、誰だ……ッ」


 思考が混じる。空従の巫女だったのは事実だ、分かる、というよりも思い出した。私は確かに巫女だった。妖怪に変わり果てる間際に、自ら忘れようとして記憶を封じた。そのせいで完全に全てを思い出せたわけではないが、巫女としての人生は確かに私で──それと同じぐらいに知らない女の記憶もまた、私なのだと主張する。


 これが平凡に生活していたどこかの誰かならまだ受け入れられたかもしれない。巫女だった頃の更に前の人生だったのだ、と思えただろう。だが、この男に人生を捧げた女となれば話は別だ。ありえない! 私がどれだけこの男に舐め切った態度でことあるごとに邪魔され続けたか、顔を見るのも嫌だというのに恋慕が織り交ざった信仰など──。


「これに懲りたら、少しは以前のように真面目に……」


 何か言い出した賢者をキッと睨みつけ、胸の奥から湧き上がるむず痒い感情を私は否定した。心の底からの叫びは、かつて受けた呪いのような術により──言葉は反転する。


「お前のことなんか≪好きだ≫!!」


 叫びは空気をビリビリと伝うように反響する。


 数秒の静寂。部屋の外まで来ていた警備隊すらも困惑で足を止めたのかと思う程の静けさの中、賢者は僅かに眉根を寄せて、怪訝な顔をした。


「は?」


 なんだ急に、と言いたげな表情だった。そりゃあそうだと思う自分を他所に、前世のこいつの信者だった感情が喚く。


(あああっ! 出会いがしらに告白して怪訝な顔をされたいという願いが成就した!! もう悔いは無い!)


 悔いしか無いわ。嫌っている相手に告白なんぞ……。考えてから、今告白したのか、と自分の行動を客観視して取り乱す。


「違っ、≪好き≫、違ッう!!  ≪好≫……っアアアアア! クソッ!!」


 これほどまでに言葉の反転術が面倒に感じた事があっただろうか。私は何度目かの額を柱に打ち付け、警備隊が雪崩れ込む気配を察知すると、青黒い血を流して窓から飛び出した。


「≪忘れ≫ろ! ≪偶然≫、お前に≪勘弁≫してやる!!」

「あーうん、はいはい」


 私に反転術がかけられている事を知っている賢者は、何を言いたいのか一応分かったらしく適当に返事をしていた。腹立たしい気持ちを堪え、やかましい脳裏を叫んで誤魔化し私は闇夜に溶け込んだ。


「……防がれた、ような気がしたんだけどな」


 背後で、賢者がそう呟いたのが聞こえた。



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