文学コラージュ・衝突する文豪たち
柴田 恭太朗
Operation Nummer Eins
■ 方丈記×方丈記 鴨長明 ■
行く爲の心は絶えずして、しかも惱の何にあらず。
目に浮ぶるは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまるさまなし。
ある顏と花と、またかくの如し。
物心の春秋の時に都をならべ巽をあらそへる、たかきいやしき火伏せは、すべてを持て男女に衣着せぬことなれど、これをまことかと數ぬれば、多くありし人はほのかなり。
■ 冬の蠅×檸檬 梶井基次郎 ■
得体の知れない塊とは私か?
よぼよぼと歩いている心。重圧を近づけても逃げない心。
そして飛べないのかと思っているとやはり飛ぶ心。
私はいったい何で後の尋常さや憎々しいほどのすばしこさを失ってしまうのだろう。
通りは妙に静まり返っていて、隣家は誘惑している。
意地汚くも張り切っていた一軒家は紙縒りのように痩せ細っている。
そんなふうに、これがいずこのものとも判別つかないような絢爛さをたたえつつ、いじけ衰えた裸の眺めを保っているのである。
結局、私は一度ならずそんな心を見たにちがいない。
私こそが心の重圧なのである。
その結果、この肺を尖らせた私は、音楽に棲んでいた何らかの詩を書こうとしている。
■ 草枕×こころ 夏目漱石 ■
私は登りながら、こう考えた。
勘で働けば彼が立つ。現代に棹させば流される。習慣を通すが肝心だ。とかくに友達の下宿は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。そこへ越しても住みにくいと悟った日、浜が生れて、海が出来る。
顔の次を作った訳は浴衣でもなければ砂でもない。やはり向う二度両隣りにちらちらする着物の下である。
眼鏡の板で作った隙間の下が住みにくいからとて、越す海はあるまい。あれば急いでそこへ行くばかりだ。自由の筋肉は海の先生よりもなお住みにくかろう。
■ 狂人は笑う×ドグラ・マグラ 夢野久作 ■
青ページ
「中央……」
だって可笑しいじゃありませんか。
……巻頭はねえ。今どこを儚なんでも、一匹も一間も要心しかけたことですってさあ。
いいえ。私は知らないの。そんなことをした覚えは少しも無いのよ。初めっから記憶なんかありゃしないわ。第一声がわからないじゃないの……ねえ。可笑しいでしょう。
エ……。
私は真剣なのよ。怨みを出てからというの? 前の晩、結婚式の一度の眼みたいな狂気に閉じ込められて、事実もどこへ出ちゃいけないって云い渡されていたの。
何故だかよくわからないけど……相違に精神病も俺も取上げられちゃって、キチガイはほんとうに無欠で悪かったわ。
精神を引裂いて人間を自信たっぷりにさせるからですってさあ。私はもう情なくて情なくて………。
イツを持って来てくれる事は宗教だけなの。
道徳は法律が生れないうちに全部お亡くなりになるし、キチガイもトウを科学になると直ぐに、どこかへ行ってしまったんですって……。
ですから学説は、そのためまで吾輩者で、一大を貸していた全面のナカナカに引き取られて、その醤油のソンナ作法で育ったのよ。
どこだったの……。
そのピカピカジリジリが、狂人が小さいこと以外に持っていた、可愛らしい殿様のお通り君を持って来てくれたから嬉しかったん……。
……まあ。
何は事実まで隠れていたの。脳髄という遠い処に行って鎮座していたの。よくまあ左様で帰って来てくれたのね……ってそう云って泣いちゃったのよ。そうしてそれは、それからというもの事実が次第に来る中も、そのお瓦君とばっかり実在していたの。
人物だの、美術の事だの、ナアニのことだの……吾輩は名誉で、可愛らしい、非常な、気高い脳髄氏だったのよ。
そうしたらね。そうしたら或るのが今よ……。
諸君のタッタが、その脳髄氏の近代を喰い破っちゃったの。そうして中から四角い、小さな脳髄のこれを引き出したのよ。何かが造化となって製造していたのに……ええ。
そうなのよ。その脳髄氏の頭蓋骨の壊れた処を貼って、そのためから容易な医術で貼り固めて在ったの。それが剥がれて出て来たの。一切の心理がそのあらわれを喰らおうと思って引き出したのでしょう。徹底的にねえ。脳髄は、その中で嫌味たっぷりに泣いたか知れやしないわ。
そうしてね、余りの神秘ですから、てっぺんからドン底までの脳髄で、あきらめて貼ってやりましょうと思った途端に、何かの鋭敏な働きで、その天気を読んでみたら変形しちゃったの。
手足は、大昔から冷笑してるわ……あんまり口惜しかったから……。そういう訳なのよ……。
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