第011話「魔王 ①」

 スーファの話によると魔王が誕生したのは半世紀ほど前だということだった。


「それまでは【魔人族の王】だったんだけど、急に【私は魔人族を統べる王――魔王である】って名乗ったらしいよ」


 言葉を聞く限りなんだか他人事である。

 有史以前より、魔人族と亜人を含めた人族の連合軍との戦いは続いていた。

 小規模な戦闘は数知れず。

 しかし、五十年前に戦局は急変する。

 魔人族は全軍を率いて一気に攻勢に出たのだ。

 後に人魔大戦と呼ばれる大戦だった。

 十日間の戦闘で二十万人もの人命が失われ、北の一国が滅び難を逃れた国民はほんの一握りだった。

 それでも三十万人もの難民が周辺諸国へと流れ込みそれによって、周辺諸国に食糧難が振りかかる。

 戦闘によって多くの兵士と国民が巻き込まれた。働き手のいなくなった国に流れ込む難民。

 国の国政は大きく傾き、立て直すまでに三十年の月日を要した。

 残り二十年で現在の活気ある状況まで回復したが、人間達は魔人族に奪われた土地を決して諦めたわけではない。

 大戦より五十年。魔人族も力を蓄え、いよいよ世界へと進出を試みる頃合いだ。

 それ以降、魔人族は今までの領地より領土拡大に踏み切った。


「あの……魔王を倒そうとは思わないんですか?」


 素朴な疑問だった。時々の言動の怪しさはともかくスーファは決して悪い人間ではない。


「ん~あんまり思わないな」


「んな!」


 スーファの言葉に私はあきれてしまった。


「魔王ですよ。人類の敵なんですよ!」


「そのさ。魔王=悪って誰が決めたわけ?」


「はい?」


「コロンブスは開拓者じゃない。略奪者だ」


 唐突に一言。

 スーファの言うことも正しい。

 それは見方によっては善にも悪にもなるだろう。


「……」


 何を言っているんだこのゲームおたくは。魔王は人類に仇なす存在は悪ではないのか。


「じゃあ、スーファは魔王軍に襲われたらどうするんですか」


「もちろん倒すよ」


 即答だった。


「じゃあ、どうして……」


「あのさ……それって一方的な見方しかしてないよね」


 スーファの言い方に私はカチンときた。


「それってどういうことですか?」


「さあ、オレは自分の見たものしか信じない」


 だから、魔人族は悪ではないと? 五〇年前に起こった大戦では多くの命が失われたというのに。


「スーファは間違っています」


「ああ、おおむねその意見には同意だな。オレは正しくない」


 あっさりと認めるスーファ。


「オレは正しくない。だが、これだけは断言できる――人間にも悪い奴はいる」

 

 そんなことは分かっている。元の世界では今でも同じ人類同士で殺し合いをしているのだ。


「そんなこと分かっています。でも、スーファは聖剣に選ばれたんでしょ」

 

「あのなあ、本人の同意なしで勝手に決められた死亡フラグの片道切符に誰が命をかけるっていうんだ?」


 そりゃ勝手に勇者って決められたら腹も立つだろう。

 しかし、この世界に来たことすら勇者に選ばれるための布石ではなかったのか。

 そのことを言うとスーファは急に怒り出した。

 

「それこそ余計なお世話だ。勝手に召喚して勝手に役目を与えて、気が付けば元の世界のとの時差は二〇年だぞ!」


 そのうえ性別まで変えられてしまっていればもう怒るしかないだろう。私ももし男だったら怒り狂っていたかもしれない。


「スーファは女の子の身体になったことにも怒ってる?」


「……え?」


 私に詰め寄られスーファは少しひるんだ。

 スーファの弱みを見た気がして私は思わずスーファに抱きつく。


「ちょっと!」


 押しのけようとするスーファ。

 

「女の子は嫌い?」


「……その言い方は卑怯だ」


「そうかな?」


 私は身体を離すと少しだけ距離をとった。


「抱きつかれるのは……あんまり慣れてない」

 


 ◆ ◆ ◆ ◆


【コロンブス】

 新大陸の開拓者として有名なコロンブスだが、開拓された原住民からすれば略奪者、簒奪者でしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る