第004話「冒険者ギルド」

 拝啓 お父さま お母さま


 お元気でしょうか。

 私は元気です。

 ちょっとした手違いで知らない世界に来てしまいました。

 最初は戸惑いましたが、今ではスーファっていう友達もできました。ちょっと…………というか見た目に反して中身はかなり残念な人だけど……今は一緒に旅をしています。

 そう、私は知らない世界で「冒険」をしています。ゲームの中だけだと思っていた世界が現実にあるなんて!

 しばらくは帰れないみたいです。

 でも心配しないでね。必ず帰ります。

 おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。


 ◆ ◆ ◆ ◆ 


「何してんの?」


 書いていた私の手元を覗き込んでスーファはにやりと笑った。


「な、何でもないです!」


 家族に宛てた手紙なんて恥ずかしくて言えない。

 ポストに投函しても届かない手紙――まあ、この世界にポストなんてないけど。

 でも、こうでもしないと私は正気を保つことができなかった。

 だって……私は男になってしまったんだから。


 ――ううう。泣きそう……


 いや、実際泣いた。三日三晩泣いた。おばあちゃんが亡くなった時以上に泣いた。こんなに絶望的な状況になるなんて考えてもみなかった。

 もお、見慣れない未確認生命体が股間についているし! トイレの時とかぐにゃぐにゃして変な感じだし!

 

 ――夢なら早く覚めて!


 そう念じながら何度眠りについたことだろう。

 

「ふーん。まあ、羊皮紙だって安くないんだからほどほどにな」


 スーファはそう言って部屋を出て行く。

 ほんと、デリカシーのない人! 見た目麗しい美少女なのに中身はゲーム脳男子! 全く信じられない。

 最初は色々と心配して色々世話してくれた彼女だけど二日目には放置するようになった。

 そりゃ森の中でずっと泣き続けたのは悪かったと思っている。

 ようやく落ち着いて泣き止んだところにスーファはズボンとシャツを渡してくれた。

 聞けば彼女のパジャマだという。


「その格好だと……色々と行動しにくいだろ……」


 短めのスカートはお気に召さないらしかった。

 まあ、私も違和感を感じていたし……仕方ない。

 街に着いてから一揃い服を買ってくれた。もちろん下着も一式。 

 まあ、彼女がいなければ私はこうして人の住む街に来ることができなかったわけで、実際彼女には感謝している。

 私は書き終えた手紙を荷物の中に放り込んで部屋を後にした。

 今、私は【黒猫亭】という冒険者宿に宿泊している。

 黒猫マークの看板(母親猫が仔猫を咥えている)が目印だ。

 

 ――あ、うん。これ見たことある。

 

 私たちが宿泊しているのはこの近辺では珍しく三階建ての大きな宿だった。一階部分が食堂になっていていつも怪しげな冒険者がたむろしている。

 部屋は同室――料金はスーファ持ちなので文句は言えない。まあ、中身が男だということで少しは抵抗があったけど、「オレの方がスタイルいいし」などという不遜な発言によって同室が決定されてしまった。私も見た目は男なのでもん期は言えないが宿屋の主人のニヤニヤした目は今でも忘れられない。

 この国にも民の安全や治安を守る警邏隊や国家騎士団等が存在していた。しかし、その数は全人口に対して不十分でありどうしても細かな危険――周辺に存在する潜在的な脅威、モンスターや迷宮など――にはどうしても対応できない。それらの危険に対して設立された組織が冒険者ギルドだった。


「冒険者ギルドって響きだけでワクワクするよな!」


 子供のようにキラキラした瞳でそう語るスーファに案内されて私たちは冒険者ギルドにたどり着いた。

 周囲の建物もそうだが、冒険者ギルドの建物も立派なものだった。どこかの外国の迎賓館のような造りだ。

 入り口には警備の人がいたがスーファの顔を見ると「ご苦労様です」とあっさり中に通してくれた。

 中は広く清潔な感じだった。


「ここの受付で登録をすればいいんだよ」


 受付の女性は黒髪の若い女性だった。年齢敵には私と変わらないくらいだった。

 えらいなあ、この世界では十五歳で成人となり独り立ちを始めるということだった。家業を継ぐ者や弟子入りしそれぞれの道に進む者など。


「オレとしばらくパーティを組むことになったマスミだ」


 ざっくばらんな説明だが受付嬢はそれだけで「承りました」とスーファの書いた履歴書を受け取ってくれた。

 ここで試験とかあっても受かる自信はない。言葉はともかく文字なんて読めないし、そもそもこの世界のことなんて全然わからない。


「まあ、五年もすればそれなりに顔も利くようになりからな」


 スーファは簡単に言うがそれだけではないはずだ。現に周囲の冒険者達の目は見惚れたような雰囲気があった。

 スーファも元は男なのだから自分の容姿にそれなりに気づいて欲しいものだ。でなければいつか大きな事件や事故に巻き込まれる可能性だってあった。


「ねえ、危ない目とかにあったりしなかったの?」


 私たちの住むこの町は交易都市として発展している。

 町の名前は「キリム」三人の領主によって統治されている交易都市だった。領主の名をとりマイスター領・バージル領・ロイマール領の三区画があるというわけだ。

 町は大きく治安もいい。だからと言って全く安全というわけでもないはずだ。現に私のいた日本だって犯罪は起こっているのだから。


「うーん。この世界に来た時からステータス高かったからね」


 スーファの話では、この世界に来て最初に助けてくれたのが冒険者のパーティだったということだった。


「最初に出会ったのが盗賊とか野党だったら、売られて十年間ぐらい強制労働だったかもな」


 その容姿ならもっと色々な目にあってそうなんですけど。最初に見つけてくれたのが冒険者で本当に良かったと思います。


「そんなスーファに見つけてもらえた私もラッキーでした」


 私が素直にそういうとスーファは耳まで真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。

 ほっほう。かわいいところ発見。

 いやまて、中身は男だから!


 ◆ ◆ ◆ ◆ 


【落ち込んだりもしたけれど……】

 1989年映画。スタジオジブリ作品「魔女の宅急便」の映画のキャッチコピー。実際のセリフとしては映画のエンドロール後に「お父さん、お母さん、お元気ですか。私もジジもとても元気です。仕事の方もなんとか軌道に乗って、少し自信がついたみたい。落ち込むこともあるけれど、私、この町が好きです」となっている。


【黒猫マークの看板】

 「ヤマト運輸」の看板キャラクター。1919年創業。大和運輸株式会社。

 創業からすでに100年が経過している。


【冒険者ギルド】

 いったいいつから「冒険者ギルド」なる組織がさも当たり前のように存在するようになったのか――ゲームや小説でhあ当たり前のように存在する組織。街の便利屋さん的な存在。


【十年間の強制労働】

 「ドラゴンクエスト5 天空の花嫁」1992発売。エニックスから発売されたドラゴンクエストシリーズ5作目。ストーリー中で主人公は十年間の奴隷生活を送る。長っ!

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