第3話

 彼女と小指を結んで約束をした日から数年後。彼女に恋人ができた。


「立花くんって言うんだ」


 優しくて良い人だと語る彼女の笑顔に、私は既視感を覚えた。胸騒ぎがした。


「一鶴ちゃん?」


「その男、やめた方が良い」


「ええ? 会ったこともないのに何でそんなこと言うのよ。……ははーん。さては嫉妬だな? 大丈夫だよ。彼氏が出来ても、今更一鶴ちゃんと友達辞めたりしないよ」


「……」


「……一鶴ちゃん?」


 数年前のあの日、私は夢を見た。竜胆が死ぬ夢。自殺だった。

 竜胆は恋人からDVを受けていた。恋人の名前は——


「竜胆、彼氏の下の名前は?」


「えっ。コウイチだけど……」


「どういう字?」


「えっと……に漢数字のでコウイチだよ」


「っ……」


 立花光一。竜胆に暴力を振るっていた恋人と同じ名前。


「竜胆。そいつ駄目だよ。やばいやつだよ」


 当然、竜胆は聞き入れてくれなかった。当たり前だ。私は立花光一に会ったことすらないのだから。

 その日から私は、竜胆とは疎遠になった。


 再会したのは三年後。二十二歳のとき。竜胆から招待状が届いた。結婚式の招待状。相手はあの立花光一。

 あの時見た夢と同じ道を着々と進んでいる。

 この時、私はようやく一つの仮説を立てた。あれは夢ではなく、現実に起きたことで、私は未来からタイムスリップしたのではないかと。

 その仮説を証明するように、結婚から一年後に竜胆と偶然再会した。そこで竜胆は彼からDVを受けていると打ち明けてくれた。


「……一鶴ちゃんの言う通りだった。なんで結婚する前に気付けなかったのかな。兆候はあったはずなのに」


「今からでも遅くない。逃げよう。竜胆」


「……出来ないよ……」


「逃げなきゃ……このままじゃ貴女は死んじゃう」


 忘れもしない。二年後の一月二十一日。その日は私の二十五歳の誕生日だった。しかし、その年から私の誕生日は藤井ふじい竜胆りんどう——いや、立花たちばな竜胆りんどうの命日となった。

 信じて貰えるとは思えないが、駄目もとで彼女にそのことを話す。

 すると、気のせいだろうか。一瞬、彼女が嗤った気がした。妙な違和感を覚えつつも、私は続ける。


「逃げよう。竜胆」


「……逃げるって、どこへ? お金はあるの?」


「ない……けど……でも……」


「……意地悪なこと言ってごめんね、一鶴いちづちゃん。私はあの人から離れられないんだ。離れたら殺されちゃう。君も、私も」


 あの時と同じ台詞だ。


「だから、君のところにはいけない。いけないけど——」


 君の愛は欲しい。わがままでごめんね。

 彼女はそう言って、私の唇を奪った。あの時と同じように。

 突き放すと、彼女の驚いた顔が視界に入る。そしてすぐに泣きそうな顔に変わる。ここで私が拒んだところできっと、命日が早まるだけなのだろうと察した。


「一鶴ちゃんは、私が嫌いなの?」


「違う! 違う……好き……好きよ……大好き……」


「私も好きよ」


「だったらなんであの時私を選んでくれなかったの……」


「……ごめん」


 謝って、彼女はまた私にキスをする。そして私の耳元で囁いた。「一鶴ちゃんの家に行きたい」と。

 彼女は私の愛が欲しいだけで、私を愛しているわけではない。そんなこと、最初から分かっていた。分かっていたけれど、拒めなかった。私は彼女が好きだから。彼女は私の全てだったから。


「一つだけ、約束して。何があっても死なないって」


 竜胆は頷いて、私の小指に小指を結んだ。きっと、その約束はまた破られるだろう。だけど、掛けずにはいられなかった。




 それから二年後の一月二十一日。私の誕生日は予定通り馬場ばば竜胆りんどうの命日となった。

 私は前世と同じ方法で彼女の後を追った。もう一度、竜胆と過ごした教室に戻れることを願って。

 願いは叶い、目が覚めると私は学校に居て、竜胆が目の前に居た。


「やっと起きた。授業始まっちゃうよ。一鶴ちゃん」


「……うん」


 死ねばやり直せることを知った私は、竜胆が死なない未来を目指す決意をした。心が壊れても構わない。いや、きっと私はとっくに壊れていたのだと思う。初めてループに気づいたあの日から。あるいは、この藤井竜胆という女に恋をした時から。

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