リンドウ
三郎
第1話
その日、大好きだった人が死んだ。自殺だった。
彼女には恋人が居た。恋人といっても、そこに愛はなく、彼女は恋人から暴力で支配されていた。
彼女はいつも口癖のようにこう言っていた。『私には彼しかいないから』と。『そんなことはない。私が居る』そう言っても、彼女は『ありがとう』と笑うばかり。
一度だけ言ったことがあった。『そんな男捨てて私のところにおいでよ』と。彼女は泣きそうな顔でお礼を言ったけれど、首を横に振った。そして震える声で『君が男の子じゃなくて良かった』と言った後、私にキスをしてこう続けた。
『君が男の子だったら、会うだけで嫉妬されちゃうから。女同士ならきっと、疑われることもない』
『……竜胆』
『ごめんね、
その日から、私は彼女と友人のふりをして定期的に会い、彼には内緒で愛を育んだ。けれど、彼女が彼から離れられることはなく、私もあの男から彼女を引き離せなかった。離れたらきっと、彼女は殺される恐怖に怯えながら生きることになるから。
だけど、結局彼女は死んだ。引き離すべきだったんだ。無理矢理にでも。後悔しても、もう彼女はこの世には居ない。旅立った。私の手の届かない遠い場所へ。
私は別に、何かに悩んでいる訳ではなかった。仕事も人間関係もどうでも良かった。本音を出さなければ、面倒なことにはならないから。どんな苦痛も、時間が過ぎれば終わるから。
私には悩みがなければ、趣味も、夢もない。生きる意味も無い。あるとすれば、この世界で彼女が生きていることくらい。だから、彼女の居なくなった世界で生きる意味なんて、本当に何もなかった。
だけどせめて、あの男には復讐してやりたかった。彼女を死に追い込んでのうのうと生きるあいつには。
だから最期に、彼の家に火を付けた。命は奪わなかった。だって、彼女が死んだばかりだから。今死んだら、同じ時期に生まれ変わって、来世でまた出会ってしまうかもしれないから。彼女が生まれ変わるまでは、あちらに行かせたくはなかった。もう二度と彼女に触れられたくなかった。
「……今度はあの男に捕まる前に私を選んでね。
そうして私は、愛する彼女が残した車の中で練炭を焚いて眠った。彼女が私にくれたぬいぐるみを抱きながら。
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