赤白黄色。その隣に並ぶ色は

三郎

本文

 私には好きな人が居る。


「あら、いらっしゃい。ゆかりちゃん」


「……こんにちは」


 数日に一度通っている花屋。そこで働く、綺麗なお姉さん。彼女の名前は笑美えみさん。ここを経営するオーナーだ。


「外見た? 綺麗に咲いてたでしょ。チューリップ。私が育てたんだ〜」


 嬉しそうに語る彼女。確かに外には立派な花が咲いていたが、私のイメージするチューリップとは違う。外に咲いている花は、薔薇のような開き方をしていた。店に置いてある、私の見慣れた咲き方をしているチューリップと同じ物だと言われても首を傾げてしまう。


「チューリップなんですか? あれ」


「うん。そうだよ。チューリップ。チューリップの咲き方には種類があってね。お店にあるこのザ・チューリップみたいな咲き方してるのが、一重咲き。外の花壇のは八重咲きっていうんだ。他にも色んな咲き方があるんだよ」


「へぇ……良いですね。八重咲きチューリップ」


「でしょ! 可愛いよね!」


 自分が褒められたかのように嬉しそうな顔をする笑美さん。


「そうですね。……可愛いですね」


 貴女が。という主語は飲み込み、花のこととして誤魔化して「好きです」と告げてみる。彼女は「嬉しい。私も好きなんだ」と笑った。少しドキッとしてしまうが、その後に「チューリップ」と続き、一瞬の期待を綺麗に砕いてくれた。

 私が好きだと言ったのは花じゃなくて貴女です。そう告げたら、彼女はどういう顔をするのだろう。女同士なのにと嫌な顔をするだろうか。別に花が好きなわけではなくて、貴女に会いたくて通っていると言ったらどういう顔をするのだろう。気持ち悪いと思うだろうか。


「紫ちゃん?」


 大丈夫?と心配するような声で現実に戻る。


「学校で何かあった?」


「いいえ。学校では別に……」


「うーむ……あ、そうだ」


 ぽんっと手を叩くと、彼女はちょっと待っててと言って外に出て行った。戻ってきた彼女の手には、外の花壇に咲いていた八重咲きの白いチューリップ。まだ土がついているそれを洗い、切って花瓶に入れて私に渡した。


「あげる」


「……せっかく綺麗に咲いたのに?」


「好きだって言ってくれて嬉しかったから。貰ってほしくて」


「……」


 彼女の優しさが胸に刺さり、涙が溢れる。


「だ、大丈夫?」


「違うんです……」


「違う?」


「私が好きなのは花じゃなくて——」


「へ……私?」


 彼女の驚いたような声で、本音が口に出たことに気づく。手から滑り落ちた花瓶を、彼女が咄嗟にキャッチするが、中の水は溢れ、花も床に落ちた。


「ご、ごめん……なさ……い……」


「……ううん。濡れちゃったね。大丈夫?」


 冷静にそう言って花を拾い上げる彼女が、酷く恐ろしく思える。


「とりあえずこれ、持っててくれる?ここ拭かないと」


 花瓶と花を私に持たせて、彼女は裏へ入っていった。

 萎れてしまった白いチューリップをぼんやりと眺める。白いチューリップの花言葉は知っている。失恋だ。童謡の赤、白、黄色の花言葉は順番に、告白、失恋、叶わぬ恋となっていると聞いたことがある。


「よし……と。紫ちゃん、靴とか服とか濡れてない?大丈夫?」


「……はい」


「……さっきの話なんだけどさ」


「っ……聞かなかったことにしてください……」


「……ううん。ちゃんと返事をさせてほしい」


「返事とか……要らないですから……分かってるんで……叶わないって……」


「……じゃあ、話したいことがあるから聞いてほしい」


「話したいこと……?」


「うん」


 恐る恐る顔を上げる。彼女の瞳は、いつものように優しい色をしている。そこに嫌悪は無い。


「……私の好きは……恋愛的な意味ですよ」


「流石に私もそこまで鈍感じゃないよ。分かってる。あ、いらっしゃいませ」


 店に客が来たことを知らせる音が鳴り、会話が中断されたかと思えば、彼女はすぐに私の元へ戻ってきた。


「裏で話そうか」


「えっ……お店は?」


「大丈夫。今たまたま来た知り合いに任せてきた」


 手を引かれ、店の裏へ連れて行かれる。言われるがままに椅子に座った私に、彼女はお茶を出してくれた。


「……どうして、自分の恋が叶わないってわかったの?私 に恋人が居ることを知ってたから?それとも……女同士だから?」


「……」


「……君は、女の子が好きなの?」


 彼女の言う通りだ。私は初恋から今まで経験した全ての恋の相手が同性だった。異性に惹かれたことは一度もない。私は、同性愛者なのだ。


「……やっぱり、気持ち悪いですか?」


 恐る恐る問うと、彼女は「君は自分を気持ち悪いと思ってるの?」と問い返してきた。答えずに居ると、彼女はこう続ける。


「私の恋人、女の人なんだ」


「へ……」


 驚き、顔を上げる。彼女はいつものように優しく笑った。


「だからね。同性に恋をすることを間違いだと思わないでほしいんだ。君の気持ちに応えることは出来ないけれど……その理由を、同性同士だからだと思わないでほしかったんだ。バイセクシャルである私と、レズビアンである私の恋人を否定することになるから」


「……」


「紫ちゃん。覚えておいて。人のセクシャリティは目に見えない。同性に恋をする人は、決して君だけじゃないんだよ。だから、自分の恋心を気持ち悪いなんて、二度と言っちゃ駄目だよ。君がそう思い込んで傷つくのは君だけじゃないんだからね」


 知らなかった。私は、恋人が居ると聞いて、当たり前のように相手が異性だと思った。

 当たり前のように、彼女は異性愛者だと思っていた。なんの根拠もないのに、当たり前のように。


「ごめん……なさい……私……」


 私は知らず知らずのうちに、自分自身だけではなく、大好きな彼女までも否定していたんだ。

 それに気付いた私を彼女は咎めることなく、いつものように優しく笑って、ぽんぽんと私の頭を撫でた。


「チューリップ、新しいの持ってくるね」


「……良いんですか? 綺麗に咲いたのに……一輪駄目にしてしまったのに……」


「貰ってほしいんだ。君に。……白いチューリップにはね、"新しい恋"っていう花言葉があるんだ。フった私から贈るのはちょっと皮肉かもしれないけど……いつかまた新しい恋をした時、次は相手が女の子だからって否定しないでほしい。頑張ってほしいんだ」


「白いチューリップの花言葉って……"失恋"じゃないんですか?」


「それも正解だよ。花言葉は一つの花に対して一つじゃないんだ。色によって違うし、品種によっても違うし、本数で変わるものもあるんだ。調べてみると面白いよ。というわけで、ちょっと待っててね」


 そう言うと彼女は部屋を出て行った。しばらくして、八重咲きの白いチューリップを持って戻ってきた。さっき落としそうになった花瓶に入れて。


「忘れないでね。君は何も悪くない。病気でもなんでもない。ただ単に少数派なだけ。少数派だけど、決して一人じゃない。同性を好きになる自分は気持ち悪いなんて、二度と思わなくて良いからね」


「……はい」


 中学生の頃、私は同級生の女の子に恋をした。彼女には告白はしなかった。出来なかった。彼女が同性愛を否定しているところを聴いてしまったから。

 そこからずっと、私は恋をするのが怖かった。次はちゃんと、男の人を好きになりたい。そんなことを願ったりもしたけど、次に私が恋に落ちたのは笑美さんだった。笑美さんで良かった。笑美さんじゃなかったらきっと、私はまだ、同性に恋をする自分を認められないままだったかもしれない。

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赤白黄色。その隣に並ぶ色は 三郎 @sabu_saburou

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