黄金と漆黒の調律

 大陸でほんの短い時期に発生した巨人の目撃。その最後は大都市で巨人同士が戦い一人の巨人が制した。その後、巨人はこの世界から姿を消したが、やられた巨人の体は燃やすこともできず山奥に封印された。

 カナリアは巨人の弱点を探るために様々な情報を整理し答えを導き出そうとするが、そもそもいまだ一切の解明をされていない巨人の戦いは現代に蘇った神話と言われるほど人間の力を超えている。

 

「だめだ。巨人なんていまの技術じゃどうやっても理解できない。でも、巨人の体を手にしたとしてどうやってそこに意思を定着させるの。憑依魔法だけ? それじゃ元の体が放置されてしまう。意識が抜けた体は死と同じ。同じ体にもどることはできない。……そうか、体ごと巨人の中に定着できれば巨人の体から離れることもできる。吸収と同化の魔法を応用すれば理論上ほかの生物との融合が可能なはず。ということは、体をコアとしてどこに存在するかが重要。いったいどこに」


 巨人は人間の扱う魔力とはまったく違うエネルギーを利用し動いていた。そのために人間にはコントロールすることができない。

 だが、体内に残るエネルギーと膨大な魔力で中から寄生生物のごとくコントロールすることは現代魔法において決して難しいものではない。

 王がなぜそれを可能としたかまではわからなかったが、魔力を扱える体をコアとして巨人の体と融合すれば意のままにコントロールすることができる。


「空間に漂う魔力を吸収するためにコアとなる体をどこに存在すれば効率よく戦えるのか……」

「カナリアさん、何か有効な手立てはありませんか」

「ちょっとまって。あいつのコアを探せばなんとかなるかもしれないけど、形が見えていないこっちからじゃ情報が不足してて」

「肩や脚はそれに腹部を貫いても即時回復されます」


 人間の体内は魔力を通す川のようになっている。魔力の源泉は胸の中央にある魔道杯とされている。杯と表現されるのは聖杯が無限の力を生み出すことからの命名である。カナリアはそこから一つの答えを導き出す。


「巨人としではなく人間としてみたならばそこには決定的な弱点がある。魔道杯を破壊すれば魔力の流れを完全に止めて相手を無力化できるかもしれない」

「胸の中央……」


 巨人の胸は厚い装甲のような胸板で守られている。そこに全攻撃を集中し、しかも針の穴に糸を通すがごとく攻撃をするのは至難の技だ。


「それしかないというのなら、やるしかない。――みんな、魔道杯を狙います!」


 槍の力で全員を回復させ再び状況はリセット。このまま耐久戦になれば援軍が来たとはいえいずれ不利になる。やはり巨人を倒さなければこの戦いに勝利はない。七人の槍使いは各々胸に攻撃を集中させるが、狙っているとわかれば避けることも防御することも難しくはない。

 それぞれができる最大の力で挑むが一向に直撃を浴びせることができない。当たったとしても防御され威力を弱められてしまえば瞬時に回復される。黄金の槍の力でミーアたちも回復ができるとはいえミーアの体力に依存していることから限界はある。

 対し巨人は無尽蔵とも言える力を発揮していた。根本にあるのは人間が扱う魔法だが、巨人の肉体に宿る人間の想像を超える力が回復を早めていた。

 

「このままじゃきりがないわ」

「仮に装甲のような胸板を壊し内部が露出したとしても、そのタイミングで攻撃を当てられなければ意味がない。それができるのは俺か師匠、黄金の槍くらいだ」

「各々が攻撃するだけじゃだめね」


 三騎士が防御を封じるため四肢に攻撃を集中させ、ビートが反撃の妨害、ミーアはバリアと治癒、マグナが胸を破壊しウィークがとどめを刺す手はずになった。現状でできる行動の中で最適解でもあったが、三騎士の攻撃だけでは完全に四肢を止めることは敵わず、ビートだけでは反撃を止めるに至らず、そうなればマグナの攻撃は直撃できずウィークがとどめを刺すチャンスがやってこない。

 

「私たちが加勢するわ!」


 エレナたちは兵士たちの勢いをある程度抑え込むと巨人とも戦えるメンバーを選出し空と地上から攻撃を始めた。これは好機だった。手数が増えればそれだけ巨人の攻撃がばらける上、三騎士の攻撃と合わさり四肢の欠損を同時に行えた。

 口から衝撃波を放とうとした巨人に対し、ビートの槍が集中する。


「ウィーク、準備はいいか」

「いいにきまってるだろ!」


 マグナが胸を破壊し、中からは人の形をした光の存在が露わとなる。ウィークは漆黒の槍にオーラを纏わせ全力で投げた。空間に轟音を響き渡らせ槍が光の存在へと直撃する。


「これでどうだ!!」

「まだだ、この程度ではこの俺を殺せんぞ!!!」


 光の存在は槍を両手で抑え込み攻撃を反らした。


「うそだろ。今の俺の全力だぞ……」

「自分の弱さを嘆くがいい。漆黒に魂を完全に売らなければこの俺には勝てん。だが、そうなればお前は今のままではいられなくなるだろうがな」

「……やってやる。これで終わらせるんだ」


 戻って来た槍を掴み、ウィークは自分という存在がもう元に戻れなくなると理解しつつも、漆黒のオーラを自身に纏おうとした。その時、ミーアが肩を掴んだ。


「だめよ。あなたはあの子の下へ行かなきゃいけない」

「これしか方法はない。一人の命ですべてが終わらせられるなら安いものさ」

「例え命の価値が平等じゃなくても、死ぬことを正当化しちゃいけない! それは人間として生きる上で絶対に捨てちゃいけないことよ」

「だったらどうすんだ。これ以外に選択肢はないだろ」

「一つだけある。どうなるかわからないけど、たった一つだけ」


 ミーアの目線は漆黒の槍へ、ウィークの目線は黄金の槍へ。お互いに目を合わせると、ウィークも何をしようとしているかを理解した。かつてこの槍がどういう末路を辿ったか。それは最初に出会った森でウィーク自身がミーアに教えたこと。

 二人の騎士が一騎打ちをし、双方の槍がぶつかると創造と破壊のエネルギーが混じりあいすべてを破壊しすべてを創造する。


「どうなるかわからないぞ」

「生きたかった明日を犠牲にしてまで、王国を復活させたくはない」

「……わかった。ほかのやつらはどうする」

「カナリアに私たちが攻撃するタイミングでみんなが逃げるよう伝えてもらう。それがどれだけ意味があることかわからないけど、伝説通りならみんな無事なはずだから」

「だが、俺らは消えるぞ」

「伝説がなぜ二人の騎士を消したか。それはお互いに相手を滅ぼそうという意志があったからだ思う。今は違う。お互いの力を融合させるんだから」


 ウィークは小さくうなずく。

 援軍と三騎士が再び四肢の自由を奪う。覚悟を決めた。あとは前へ進むだけ。

 マグナが二人に合図をする。

 二人はお互いの槍を天に掲げ交差させると、槍の導きが聞こえ詠唱した。


「創造の黄金の槍よ!」

「破壊の漆黒の槍よ!」

『混沌を超え融合の先に新たな世界の希望を導け! 混沌と融合の導きを我らの手に!!!』


 二本の槍から放たれた強力な力は渦を巻くように交じり合い巨人へと迫る。異常な衝撃波で周囲の兵士は吹き飛ばされ、三騎士やマグナたちも一斉に離れる。今までの攻撃とは決定的に違うことはこの場にいる全員、離れている町の人々、城の中にいるカナリアにさえもわかった。

 巨人は何もできず光の存在に攻撃が直撃する。すると、光と闇が戦場を包んだ。一切の音は聞こえず、一切の体の自由も効かず、衝撃の波にすべての人間は身をゆだねるだけだった。それは世界の創造と破壊が同時に起きているかのような現象。

 

 静寂を破り風が吹きすさぶ。

 視界が回復し二人は目の前を見ると、そこにはジャクボウの王がボロボロな姿で膝をついていた。魔力の反応は一切ない。もう、誰かに憑依することさえできなかった。

 朝日が昇り戦場に光が満ちる。


「やったのね……」

「あぁ、俺らの勝利だ」


 ジャクボウ軍は圧倒的な戦力をもっていたが王がやられたとわかると全員武器を捨て戦いの意思を放棄した。王がいなくなれば戦っても報酬は得られない。ジャクボウは忠誠心ではなく支配して従えていた結果だ。

 かすれた声で王は言った。


「巨人の力を人間が……。いや、槍のせいだ。なにもかも槍の存在がいけない。そんな人智を超えたものがあってはいけないんだ!」

「だから、すべてを支配しようとしたの?」

「この俺がすべてを支配し何不自由のない世界を作れば、そんな伝説のガラクタは不要だった。お前たちは道を誤ったんだ。伝説という解明できない領域に身をゆだねた先にあるのは破滅だぞ」

「すべてを理解する必要があるの? 漆黒の槍も黄金の槍も、使い手次第で結果は変わる。この結果こそ、伝説に身をゆだねるだけでなく、新たな伝説を作ったことにならないかしら」

「この期に及んでも希望的な観測をひけらかすか。……いいだろう。もうこの俺にできることはない。さぁ、殺せ」


 王は胸を突き出し目を瞑った。

 ミーアはこの戦いを終わらせるため黄金の槍を王へと向ける。


「……」


 一突きすればすべてが終わる。黄金の槍は導きに従えば不殺の槍になるが、使用者がそれに歯向かえば殺すこともできる。モンスターを貫いたように、王を貫こうとしたが、槍を持つ手が震えはじめた。


「ど、どうして……。あなたのしたことを許すことができないのに、この手はどうして震えるの! あなたを生かせばいずれ魔道杯が回復し誰かに憑依する。でも、刻印を刻まれた無知な人たちを殺すこともできない。私はこの状況で殺しができないというの……」


 ミーアにとって殺しは簡単なものではない。モンスターを殺したとき、そこに人間を殺そうと少しでも思ったときと全く違う感覚があった。それは冷たく言えば人間の本能というものだ。言葉を交わせず殺意を向ける異種族に対し、防衛本能として殺すことは決意できたが、人間という同じ生物に対し、意思疎通ができるのならわずかでも改心する可能性があると思ってしまっている。

 それは異常な迄のお人よし。いや、理想だった。


「俺を殺さなければいずれ同じことをするぞ」

「変わってはくれないの……?」

「例え変わろうとしてももう遅い」


 ミーアが許してもほかの誰かが殺すことだろう。結末は変わらない。ならば、せめて自分がその死を背負おうとしようしたが、ミーアは刺せなかった。


「お前の優しさが王国を滅ぼすんだ!!!」


 王は地面に埋もれていた剣の破片を取り、強く握るとミーアを刺そうとした。動揺したミーアは動けなかった。槍は導こうとしない。あれだけの攻撃を放った反動だ。

 血しぶきが舞う。


「お前は殺さなくていい……。俺が殺すから……」


 ウィークはミーアを庇い自ら破片を受けた。腹部に深く刺さり血があふれ出ている。


「なぜその女を庇う! そいつを犠牲にすれば俺を殺せたはずだ!」

「俺も結構限界来てんだよ。考えがまとまる前に体が動いていた。後悔はない。結末は同じだ」


 王の腕を力強く掴む。


「これなら絶対に逃げられねぇだろ!」


 漆黒の槍が王の心臓を貫いた。

 王は最後のあがきを見せたがそれも無駄に終わり、力なく散った。

 ウィークは後ろに倒れるとミーアに支えられる。はっきりとしない意識。ぼんやりとミーアを見つめた。


「ど、どうして……。どうして私なんかを庇ったの」

「お前は綺麗ごとばかり口にする……。でも、綺麗ごとが叶えられるなら……それも悪くないかもなって……」

「死ぬなんて許さないわ! まだあなたにはやることがあるでしょう!」

「無茶言うな……意識を保っているだけでやっとなんだから……」

「なんでこんな時に槍が使えないの! あと、一人だけ救う力がほしいのに!」

「もう槍を使うのはやめるんだ……。黄金も漆黒も、人間が独占していい力ではない。いずれ俺のように道を間違える人間が現れる。槍は封印するべきだ」

「でも、そしたらウィークは」

「手紙、頼んだぞ。――ミーアなら、槍がなくても……大丈夫…………」


 ミーアの頬に触れる手が力なく落ちる。

 

 多くの兵士や民が命を落とした。その始まりは王の支配欲にまみれた心と、力を手にしてしまった姫と王子を引き寄せてしまった。倒すために、守るために手にした力が、戦いを引き寄せてしまったのだ。


 ミーアは涙を拭き、そっとウィークを寝かせると高らかに言った。


「スバラシアはここにあり! 私はスバラシア王国の女王ミーア。生き残ったジャクボウ軍を処刑はしない。だけど、この戦いで傷ついたすべてのものを癒す手助けをしてもらいます。そのあとは自由です。――すべての命に感謝します」


 その後、ジャクボウの国は解体された。

 城下町や領土内の町はスバラシアが管理することになり、残った兵士たちはスバラシアと増援にきた国で管理し、戦争の傷跡が完全に癒えた後に兵士一人一人に選択の自由を与えることを決めた。

 

 

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