新たな兵器

 地上は混戦状態。大砲がジャクボウ兵士を目掛け次々と飛来し一度に大勢の命を奪う。再び現れた竜騎士部隊に弓兵たちが対応に当たった。しかし、空中からの魔法攻撃により壁は被害を受ける。同時に大砲部隊の半分が壊滅し戦いはジャクボウ側が支配しつつあった。

 

 確実に相手の命を穿ち立ち回っていたウィークも体力の消耗が激しかった。常人を遥かに超える人数を相手にしているのだからあたりまえだ。

 血に濡れた地面に足を取られ滑りそうになった瞬間、強化兵士は隙を見逃さず剣を振りかぶる。致命傷だけはなんとか避けけようとしたが後ろからも槍を持った兵士がやってきた。

 その時、周囲にいた兵士たちを炎が一掃する。


「これは……」

「おいおい、修行してた頃よりなまってんじゃないのか?」

「師匠……」


 マグナは制約解放し赤髪を揺らした。


「あのお嬢ちゃんを見てまた命の重さを理解したんだろ。だがな、ここでお前が槍を鈍らせたらあのお嬢ちゃんも死ぬぞ」

「殺しを正当化していいのか……」

「それは未来のやつらが決める。俺らは今の一番欲する目的を手にするために戦うんだ。お嬢ちゃんの手を汚させたくないなら、自分が汚れる覚悟を持て。そうすればいずれお嬢ちゃんがこんな戦いをしなくていいようにしてくれる」


 ミーアの純白の心にウィークは憧れていた。かつて自身もそうだったように、少しでも人が死なずに済む世界を望んだ。

 だが、漆黒の槍をもっていてはそれは敵わない。なのに、ミーアに出会ったことで闇に染まった心に一筋の光が差し込んだ。

 つらい現実を見せても、目の前で人を殺しても、母親を殺したことを知っても、変わらずに純白の心を持ち続けた彼女のようになりたいと、ウィークは心の底から思い始めていた。しかし、それと同時に槍はにぶりを見せた。命を奪うたびに嫌な感覚が伝わる。


「彼女の理想を支えてやりたい」

「なら共に戦え。強化兵士なんて言う人間の命を無下にするやつらを野放しにしておいて理想は叶えられない。根源を叩きのめすぞ」

「……やってやる。これが最善の道だと信じて。次は間違えない!」


 今までウィークは漆黒に飲まれないように槍を完全に扱うことをしようとはしなかった。二度と元の自分には戻れないのではないかと恐怖したからだ。でも、いまこそ槍を使う時。憎悪や復讐ではない、守りたい人のために殺意を力に変える。

 漆黒のオーラがウィークを包む。


「王国に近づくやつは全員殺すッ!」


 人間を超えた気迫は強化兵士のまだ残る人間としての本能に恐怖を発生させた。今まで操り人形のごとくただただウィークを狙っていた兵士たちは、たじろぎほんの少し足を引いた。

 止まっている兵士たちに対しウィークは槍を向ける。すると。先端から巨大なエネルギーが放出され一層。大砲さえも軽く凌駕する攻撃は地上部隊の士気を上げた。

 師匠であるマグナも劣っていない。紅蓮の槍から放たれる炎を手足のごとく操り周囲の兵士を消し炭にしていく。


「ビート、お前は町へ行け」

「えっ、でもまだ向こうには敵いないよ」

「いいからいけ! 俺の直感がそう言っている」

「だったら行くしかないね。師匠の直感は良く当たるから。――死なないでくださいよ。まだいろいろ教わりたいんですから」

「ばーか。町は任せたぞ」


 ビートは馬に乗り町へと向かった。

 まだ敵の侵攻を押しとどめている中での判断は誰の目からも異様に映ったが、カナリアはマグナの直感を信じ、一部の戦力を町の防衛に回すよう指示を出した。

 それからほどなくして新しい魔力の反応が現れる。


「何この反応……。マグナはこれを予感していたとでも? いや、いつもの直感だろうけどまさか本当に来るなんて。――強力な魔力反応が近づいている。これは攻撃型空船よ」


 ミーアたちからもその姿は見えていた。空に浮かぶ三隻の空船。魔法石により浮力を発生させた空間に漂う魔力を利用し飛行している。見た目は通常の船などとそこまで変わりはない。一隻の空船はそのまま町の上空へと迫り、下部に備え付けられた砲から地上を攻撃した。


「師匠の直感はあたったけどあんなのどうすればいいのさ!」


 ビートに空中の相手を攻撃する手段はなかった。兵士たちと手分けし民を地下へと移動させ城へと誘導する。しばらく攻撃が続いたがピタリと止み、空船が高度を下げると次々と兵士たちを地上へおろした。魔力でできた泡のようなもので身を包み着地するとそれは破裂する。落下の衝撃を減らす特殊な魔法だ。

 スバラシアの兵士たちは降りてくるジャクボウ兵士たちの多さに驚くが、ビートだけは違った。


「なぁんだ。降りてくるのなら問題ないね。地上戦なら負ける気しないから」


 ビートは自身の槍を本来の姿である二本の状態にし、降りてきた兵士たちを片っ端から倒していく。その姿に兵士たちも続き地形を利用しながら立ち回った。

 大砲部隊は崩れかけている壁の上から町の上に浮かぶ空船を狙い攻撃をした。この状態で落としてしまえば町も再起不可能なほどに被害を受けるが、ジャクボウが占領をしようとしているのならば落下は阻止すると判断した結果だ。

 見事に予想は当たり空船は町から離れようとした。地上部隊が戦っている中にはさすがに落とせないと判断し攻撃を止めるが、飛行スピードも落ちかなりのダメージを与える。


 一方、ボルトックは倒れた英傑に槍を向けていた。


「さすが三騎士だ。俺の負けだ」

「なぜ貴様のようなものがジャクボウなんかに付くんだ」

「不器用な人間だからさ」

「どういうことだ」

「己の力を知ってもそれを活用する方法を知らない。居場所をくれるやつの下へ辿りつく。それがたまたまあいつだっただけだ。必要としてくれる人間なら誰でも……よかった……」


 英傑は戦場で永遠の眠りについた。


「不器用な英傑よ。安らかに眠れ」


 レイやウォースラーも英傑を倒しミーアに回復してもらうとすぐに前線へと復帰した。空船の攻撃により地上戦力を後退させ大砲による攻撃で一隻を落とすが、その中でも大型の空船は激しい砲弾の雨を降らせ空中も地上も支配していく。

 後退する兵士たちに攻撃が降りそそぎ、ミーアがバリアを展開し守った。


「カナリア! あの船を壊す方法はないの!」

「大型の船にはバリアが張ってある。普通に近づいても弾かれるだけね。でも、あいつらが兵士をおろしてくる瞬間や攻撃する時ならバリアは消えるはず。今は持ちこたえて」


 町では炎が上がりかつてみた崩壊にも似た姿が広がっていた。

 胸のざわめきをなんとか押し殺す。

 

 戦いは当初の予定よりも長期化し、強化兵士たちの動きが鈍くなったころ一斉に弓兵による攻撃で掃討。敵兵は空船も含め一時撤退した。

 戦いの最中ではよく見えなかった悲惨な攻撃がいまでは鮮明に見える。敵も味方も地上に倒れ息絶えている。わずかにでも意識がある仲間も見つけ出してはミーアは回復をしていった。そんなミーアをみてレイは言った。


「ミーア様、休んでください。次の攻撃がいつになるかわかりません。いまでも町は戦っています」

「なら、町の人たちを救わないと」

「あなたが生き残らなければ未来はないんですよ。お願いですから休んでください。その姿、見ていられません」


 ミーアの表情はひどくつらそうなものだった。

 

「でも、まだ生きている兵士たちがいるわ」


 すると、血だらけなボロボロの兵士がゆっくりと立ち上がった。


「動かないで、すぐに回復させるから」


 駆け寄り差し伸べる手を兵士は振り払った。


「姫様、我々の死を無駄にしないでください……。未来は……あなたの手の中に……」


 兵士はそう告げると、槍にしがみついたまま死んだ。

 軽くミーアが触れると、地面に倒れる。

 伸ばした手は小さく震えていた。


「わかってる……。わかってるのよ。全員が生きることはできないって。でも、どこかに理想を抱いていた。もしかしたらって。こんなに戦いが過酷だなんて……」


 王国を再起させるための戦争。聞こえはいいが、戦争をする以上は死人がでることは回避できない。大きな理想で事実を覆い隠し鼓舞した自分の愚かさに腹が立っていた。敵か味方区別ができないほど周囲は死体であふれる。まさに地獄のような光景。押し殺してきた恐怖が再び現れそうになっていた。


「ミーア様、私たちはいつだってあなたに命を捧げる覚悟が出来ています。ですが、死にに行くのではありません。あなたと共に未来を歩みたいからこそ死の覚悟が持てるのです。あなたがそんな風に弱気なってしまっては、散っていた兵士たちが浮かばれませんよ」

「……あとどれほどの兵士が、民が、命を燃やせば終わるの。それに、意思を奪われたジャクボウの兵士。その一人一人に生活があって家族がある。そう思うと、殺すことができない」


 この戦いでミーアは一人も殺していなかった。黄金の槍で強烈な痛みこそ与えているがあくまで気絶させるだけ。目覚めた兵士たちはもう一度襲ってくる。ウィークらが殺さなければ被害は広がっていた。


「私もみんなのように殺さないと……」


 そういうミーアだったが口にしただけで体に小さい震えが発生していた。同様に震える手で肩を抑えるが震えは収まらない。すると、レイはミーアを抱きしめた。


「あなたは一人じゃない。あなたに出来ないことを私たちがやります。ミーア様にはこれからの王国に必要な存在なのです。散っていった兵士たちだって、あなたに殺しをさせたいとは思っていません。殺させないためにそれぞれが覚悟をもって殺すんです。あなたが背負うべきは自身の殺しではなく、未来にために人を殺した兵士たちの気持ちと、相対し散っていたジャクボウの兵士たちの気持ちです」


 震える手でレイの腕に触れた。


「私は一人じゃだめね」

「みんなそうですよ」

「ありがとう。私もがんばるわ」

「えぇ、私たちも全力を尽くし未来を勝ちとりにいきます」


 どこかにまだ兵士が生きているかもしれない。助けられるかもしれない。だが、ここは戦場でいつ攻撃が再開するかわからない。血に濡れた大地を歩み、一度ミーアたちは戻った。


 町はビートのおかげで守りきれたが被害は甚大なものだった。地下通路から民が物資を運び、補給を済ませ再び戦いへと身を投じる。

 

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