【完結】AVENIR 未来への一歩

田山 凪

雇われの兵士

 噂が流れていた。たった一人で何十人もの相手を貫き、単独で戦況をひっくり返すほどの傭兵がいると。その男は、長い黒髪に深淵のような瞳をした異常者だと。そして、男はやってきた。王国を崩壊させるために。


「ジャクボウ王国が攻めてきました!」


 町は半円を描く壁に守られていた。壁の上で待機する兵士が城へ光で敵が来たことを城の兵士に伝える。赤い翼が描かれた旗を掲げ、血の気の多い兵士たちが戦いに飢えた表情で向かってきていたのだ。ジャクボウ王国はこの島の国の中では強引な手段により支配と制圧し、周りから孤立していた。多くの領土と多くの兵士による物量で圧倒的な制圧を得意とし、小さな町を支配し領土を確実に広げていたのだ。小国であったスバラシア王国は絶体絶命。優秀な兵士や騎士たちよる防衛によりなんとか持ちこたえていた。


「女王様、避難通路へご案内します」

「私はいいわ。ミーアだけ連れて行きなさい。王国の最強の三騎士のあなたたちがついていきなさい」

「しかし、女王様がいなければ姫様は」

「あの子もいい歳よ。もし、私に何かあればあの子が王国を引き継ぐ。と言っても、この戦い負けるつもりはないわ」


 覚悟を決めた女王の瞳。三騎士の一人であるボルトックは首を縦に振った。


「全力で姫様をお守りしますッ! すぐに戻ってまいりますのでそれまで耐えてください!」


 混沌と化したスバラシア。黒煙が上がり、民の悲鳴がこだまする。敵軍が到着しじわじわと防衛網を突破され最悪な方向へと向かっていた。かつて見たことのない異常な魔法と異常な力を持った兵士たち。そして、異常な耐久力を見せる兵士たち。想定していた敵戦力を遥かに凌駕していた。

 防衛だけに特化したこの国は今まで侵略に会うこともあったがそれをすべて返り討ちにしてきた。一人一人の技量は高くそんじょそこらの相手には負けないと民も兵士も女王さえも思っていたが、ジャクボウの力に屈服した。


 燃え上がる城の中、女王の下へ男がやってきた。


「黒い槍……。噂の傭兵というわけね。あなたを雇うということは彼らはこの王国を滅ぼしたくて仕方ないということか」


 女王は剣を構え男を見た。男は漆黒の槍に禍々しい力を纏わせる。


「せめて、楽に殺してやる。憎悪も、復讐も考えないでいいようにな」

「そう簡単には……」


 瞬きすらしなかった。その一瞬に、気づけば女王は心臓を貫かれていた。

 

「悪いな、これが俺の仕事だ。槍が渇いている」


 王国は崩壊した。

 城の上では、兵士が女王の首を掲げ見せびらかす。民たちは絶望し、王国兵は戦意を失う。民やスバラシア王国兵は労働力として囚われ、ジャクボウへと連れて行かれた。


 遠くから燃え盛る王国を見つめる王国の姫ミーアは自身の弱さを嫌った。


「私がもっと強かったら三騎士も戦いに参加できたはずなのに……。私が弱いから王国は崩壊したんだ!!!」


 涙があふれる。もう元に戻らない王国、強制的に連れて行かれた人々の嘆き、母を失った悲しみ、自身の不甲斐なさ、何もかもどうでもいいと思えてしまう。

 三騎士の一人レイはミーアをまっすぐと見て言った。


「終わりではありません。私たちは再起するんです。あなたが生きている限り、王国は終わらないのです」

「私に何ができるというの! 黄金の槍を持ちながら、新兵相手にも歯が立たない私にどうしろと!」

「強くなるのです。そして、もう一度旗をあげるのです。あなたがもっているその槍は王国の象徴。強くなる意志があるのなら、私たちは全力でお手伝いします」


 レイの瞳はいまだ王国への思いが消えていなかった。それは復讐心でも、憎悪でも、恨みなどではない。純粋に王国を再起させるためにまっすぐとミーアを見た。


「……私は強くなれるの?」

「我々ならば可能です」

「私は今の私が嫌いだ。笑顔を向けることしかできず、戦いにおいて何にもできなかった私が嫌いだ。でも、変われるのなら変わりたい」

「我々に命じてください」


 燃え盛る王国と連れていかれる民を見て、ミーアは手を力強く握る。震えをなんとか抑えようとしていた。まだ16歳の少女に、戦いに身を投じ王国を復活させるなどあまりにも重すぎる。だが、ミーアは強くなる覚悟を決めた。この選択が正しいのか間違いなのかを問う時間はない。ただ、自分がすべきことだと信じ、強くなることを願った。


「ボルトック、レイ、ウォースラー。あなたたちのすべてを私へ」

「仰せのままに」


 王国が崩壊し三か月が経った。

 ミーアは一人深い森の川辺で槍の鍛錬を行っていた。


「はぁ……はぁ……。魔力を使わなきゃこんなにも貧弱だなんて……」


 この三か月で三騎士から多くのことを学んだ。三騎士は皆槍使いであり、それぞれ魔法を利用し自身の強化を行って常人を超えた戦果をあげる。しかし、ミーアはまだ魔法を上手く利用することができていなかった。魔力を纏うことで身体強化を行えるが、それはあくまで常人より少し強くなる程度。同じように魔力、もしくは魔法を利用した相手と戦えば技術の勝負となる。

 そうなれば今のミーアに勝機はない。唯一あるとすれば、黄金の槍の力を完全に解放することだが、いまだそれに至らず。


 ミーアはその場に寝そべり空を見た。


「戦いになれば人が死ぬ。でも、人は殺したくない。私はどうすれば……」


 その時、太陽を覆い隠すように空から人影が振って来た。咄嗟のことで驚いたがミーアは槍を握り対応しようとする。気づけば目の前に槍の先端が迫っていた。


「……殺すつもり?」

「お前は誰だ」

「随分失礼な人ね」

「お前は誰なんだ」

「スバラシア王国の姫、ミーア・ペイルラインよ」


 男はしばらくミーアのことを見ると、槍を向けるのをやめた。ミーアは起き上がり男の全身黒ずくめの風貌を眺め、異常なまでの殺気を感じた。


「あなた、この森にいつ来たの」

「昨晩だ」

「気づかなかったわ。罠を仕掛けていたはずのに」

「あの程度簡単に解除できる」


 淡白な返答しかしない男に対しだんだん腹が立ち、ミーアは立ち上がって背を向けた男の肩に触れようとした。瞬間、即座に振り向き再び槍の先端を首へと突きつけられた。


「何をしようとした」

「あ、あなたに声をかけようとしただけよ」

「……」


 不愛想なその男は川に行き手袋をとって手を洗い始めた。少しだけ見えたその手は血で染まっており、それは男の手から出ていることがわかる。


「あなた、ケガをしているの?」

「槍を握り続ければこうもなる」

「握り続けるだけでそんなになるわけないわ。私だって練習してるけど、豆が出来て血が出ても、そんな切られたみたいに血は出ない」

「肉体の限界を超えるほどの鍛錬を積んでいない証拠だ」


 男は突如として服を脱ぎ始めた。ミーアは慌てて目を反らす。川の中へ入る音が聞こえ少しだけ振り返ると、男の体には無数の亀裂のような跡が残っていた。その上、切り傷も異常なほどに。その姿から目の前の男が常人を大きく超えている存在であることがわかる。

 鍛え抜かれた体は無駄のない筋肉に異常な戦いと異常な鍛錬の結果による傷跡。まだ新しい傷からは血が垂れており、痛々しく映った。生々しい傷跡からかなり激しい戦いをつい最近行ったことがわかる。


「傷を治してあげる。汚れをとったらこっちにきて」

「……魔法が得意なようには見えないが」

「失礼ね! た、確かに私は魔法が得意じゃないけど。この槍は治癒能力があるの。だから、大丈夫」


 黄金の槍を見ると、男は軽く頭を押さえた。


「頭が痛いの?」

「気にするな」

「そ、そう。っていきなり上がってこないでよ!」

「男の裸くらいでうるさい女だな」


 男は自身の周りに弱い熱風を発生させて体を乾かし服を着た。ミーアは槍の先端を下に向けて駆け寄る。男がわずかに警戒しているのが分かったがお構いなしに槍の力を使用した。槍は神々しく光を放ち、粒子となって男の体を包んでいく。


「どう?」


 男の体にある無数の生々しい傷は徐々に癒えていく。


「槍の力は本物のようだな」

「王国のトップが受け継ぐ槍なんだから偽物なわけないでしょ」

 

 ミーアの覚悟は王国が崩壊したあの日からさらに強くなり、以前より凛々しくなっていた。そんなミーアの姿をまじまじと眺めた男は急にそっぽを向いた。


「あなた名前は?」

「必要か?」

「呼び方がわかんないと不便よ。それに、わざわざ夜に忍び込んだってことは何かしら事情があるんでしょうし。良ければ話を聞くわ」

「……ウィークだ」


 ウィークはそういうと木陰に向かい木に背中を預けた。ミーアは小走りでついていき正面に座った。


「で、何があったの?」

「……俺は傭兵だ」

「傭兵って雇われて戦う人たちのことでしょ」

「あぁ」

「じゃあ、今は仕事中じゃないんだね」

「つい先日まで仕事をしていた。だが、雇い主が俺を裏切り殺そうとしたんだ」

「雇い主に? なんでそんなことが」

「俺の力を恐れた結果だ」

「そんなに強いの?」

「試してみるか」

「ぜひ。黄金の槍の力を借りれば私だってそれなりに戦えるんだから」


 ウィークは小さく息を吐いて槍を杖のようにして立ち上がり、日が当たる場所へ移動して構えた。


「どこからでも来い」

「悪いけど黄金の槍の力を使ったら私強いからね」


 ミーアは王国崩壊前から槍の使い方を練習していた。しかし、その実力は新兵とようやく手合わせできる程度で自衛の手段としては素人相手なら役に立つ程度。それなりにやってはいたが当時のミーアにとって槍の訓練は不本意なものだった。 

 しかし、今は違う。目的が見つかりそのために力が必要だと理解してからの訓練は、ミーアの実力を飛躍的に上達させた。

 瞬時に槍の間合いギリギリまで詰めて一気に突く。距離感を制するものは戦いを制す。ミーアは自分の黄金の槍と、ウィークの漆黒の槍がほぼ同じ長さであることを理解したうえで、前に踏み込み、腕を伸ばして突いた。

 

「悪くはない。だが、それでは死ぬぞ」


 そう言った瞬間、すでにウィークの槍の先端がミーアの胸元で止まっていた。


「うそ……。なにも見えなかった……」

「その槍、まだほとんど力を発揮できていないようだな」

「私が未熟だから使いこなせないっていいたいの?」

「そうじゃない。黄金の槍は本来その一本で国を守れるほどの鉄壁の力を発揮する。俺の漆黒の槍は君の槍と対をなす存在だからわかるんだ」

「あなたはこの槍のことを知ってるというの」


 禍々しいオーラの漆黒の槍と神々しいオーラの黄金の槍。見た目もそうだが。対をなすという表現は見た目ではなく、実際に双方の存在が伝説の上で対立しているとウィークは言った。


「あなたはその槍をどこで手に入れたの?」

「師匠から盗んだ」

「えっ、それって大丈夫なの?」

「戦うために必要だった」

「私の槍とあなたの槍、どう違うわけ」

「俺の槍は破壊、君の槍は創造。治癒能力はその槍の能力の一部だ」


 ウィークは双方の槍について語った。

 黄金の槍はかつてあった王国エルドラドで用いられた防衛のための武器。富に溢れたその国は平和かつ豊かで、貧困もなく飢餓もなく理想郷とまで言われた。しかし、それを良しとしなかった王国ナーキが一突きで何十の命と何十の盾を貫く破壊の槍を持っていた。

 二つの国は戦争状態になり、ナーキが攻め続けエルドラドは防衛をし続けた。あまりにも長期化しお互いに疲弊し始めたころ、漆黒の槍を持つ騎士と黄金の槍を持つ騎士が、お互いの国のちょうど中間地点で一騎打ちをすることとなった。

 破壊と創造の槍がぶつかり合うと、衝撃波が発生しお互いの王国と人々を滅ぼし、王国があった場所には幻想的な森が生まれた。周囲を破壊した後、衝撃波の範囲にいた人々は再び命を得て周りに森があることに驚いた。しかし、二人の騎士の姿だけが消えた。人間の手に余る武器を争いで使ったことの報いを二人は受けたのだ。


「まるでおとぎ話のようね」

「だが、事実だ。その証拠に俺は漆黒の槍にこの森へと連れてこられた」

「まって、その森ってもしかして」

「ここのことだ」

「いや、そんなはずは。ここはスバラシア王国が有事の際に潜伏するために利用している森よ」

「利用するということはすでにここに森はあったわけだ。なんらおかしな話ではない」

「槍に連れてこられたってどういうこと?」

「君は槍の声が聞こえないようだな。まだ未熟なんだ。思いだけが強く、本当の覚悟を決めてはいない。俺は殺すことに躊躇しなくなってから、槍の力を解放することができたんだ」


 そういうと、ウィークは槍に禍々しいオーラを纏わせた。そこから流れる殺気は、手合わせでは感じることのできなかったもの。ミーアは瞬時に死を連想した。すぐにオーラを消すとウィークはその場に膝をついた。


「だ、大丈夫?」

「まだ体が回復しきっていない。中途半端な体ではこれは扱えない。漆黒の槍は所有者さえも破壊しようとする槍だ。だがな、君の黄金の槍はその逆。真の力を解放すれば、どんな人間だって治癒できる」

「この槍にそんな力が。あの――」


 ミーアが何か言いかけた時、目の前にレイが現れた。臨戦態勢であり、膝をついたウィークへと槍を向ける。


「姫様、ご無事ですか!」

「え、えぇ」

「まさかこんな無頼の輩が侵入しているとは。すぐに始末します」

「待って! その人は悪い人じゃない。確かにちょっと不思議な人だけど」


 レイが槍を納めず戦う態勢を維持し続ける。ウィークもなんとか立ち上がり槍を構えるが、次の瞬間その場に倒れた。

 

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