第25話 都市外調査訓練4 

 鳥のさえずりでアルカは目を覚ます。いつものベッドではないため、少し寝るのに時間がかかった。加えて、途中まで夜番をしていたこともあり、まだ少し眠い。


眠気の残る頭を振って立ち上がる。テントの入り口を開けて外に出ると、その明るさに目を閉じた。


耳を動かし、周囲を確認していると焚き火台の方から声を掛けられる。




「おはよう、アルカ」


「おはよう、キョウ。夜番ありがと」


「そりゃ、どーも」


「何かあった?」


「何も」




 眩しさに慣れてきた目を開けると、アルカと入れ替わりで夜番をしていたキョウが座っていた。


 キョウの隣に腰を下ろし、改めて周囲を見回すと、ちらほらと隊員がテントから出てきている。空を見上げると、まだ太陽は出ていないが、随分と明るくなっていた。


 だいぶ目が覚めてきたので、朝の支度をするため一度その場を離れる。戻ってくる頃になると、キョウが朝食の支度を終えていた。


 朝食を食べ終え、同じく食べ終わった隊員達で、昨日設置した体を拭くための場所を撤去する。トイレは出発直前で撤去の予定だ。


 その他にも、テントや簡易ベッドを片付け、火の始末をする。出発には時間があるので、イスだけはまだ置いておくことにした。




「今日はアタシが先頭で指示出しかー」


「注意点は昨日言った通りだから」


「うへーい」


「大変だから頑張れ」




 奇妙な声を上げて顔を顰めるキョウに激励を送る。襲われる可能性がある事や、神意教関連は気づかれないようにすることなどは昨日伝えている。


 隊員達が片付けをしている様子を眺めていると、静香とアケミがやって来た。




「おはようございます」


「ああ、おはよう。体調を崩したりはしていないようだな」


「今日は私とキョウが指示を出すわ。手取り足取り教えるから安心してね」


「……頑張る」




 キョウの尻尾がうなだれる。自身が動く方が得意なキョウにとって、指揮はやりたくないものなのだ。




「そろそろ出発になる。簡易トイレの片付け、火の始末の確認だ」




 各隊員達のところを見て回った後、最後に簡易トイレを片付けて出発の時間となる。


 アケミとキョウが先導し行軍が開始された。


 最後尾のアルカと静香はペースが遅れている隊員がいないか確認しながら進む。




「とは言っても、ペースが遅れる隊員なんて滅多にいなくてな。数年に一人、二人ぐらいだ」




 余程体力が無い隊員以外は何とかなるくらいで計算して計画されているため、行軍時の最後尾は結構暇なのだそうだ。


 その分村訪問時、待機している隊員が勝手な行動をしないように監視するのが大変らしい。




「今日は午前二つ、午後二つの計四つの村を回る予定だ」


「三つ目の村が危険なのですよね?」


「そうだ。経験上、昨日みたいになると予想される……心配か?」




 果たして大丈夫だろうか、とアルカが心配していると、静香が心の中を読み取ったように声を掛けてきた。




「心配です。キョウが村人にケガをさせないか」


「そっちか」




 静香は予想外だったのか声を上げて笑い、アケミがいるから大丈夫だ、と言う。


 アケミがついているというだけで妙な安心感が出てきたので、アルカも笑って同意する。


 そこからは好きな食べ物や趣味など、他愛ない会話が続き、いつの間にか一つ目の村近辺に到着していた。


 アケミが村に同行させる隊員を呼び、残りは待機するように命令して村へと向かった。


 各隊員、休憩や雑談に興じ始める。


 アルカはそれらを横目に、勝手な行動をしている隊員がいないか監視する。忙しなく目と耳が動き、様々な会話を拾っていく中、不穏な会話が聞こえてきた。




「でさ、三つ目の村で毎回時間がかかるらしいよ」


「マジ?クソ退屈なんだけど」


「どうする?どっか行く?」


「でも監視の目がなぁ」


「トイレって言って抜け出せば?」


「天才」




 ゲラゲラと笑い声が聞こえて、その会話は終わる。気づかれないようにそちらを窺うと、昨日アルカに絡んできたデイビッド達がいた。


 こちらには聞かれていないと思っているのか、呑気に脱走計画を話してくれたので、後で静香に報告することにする。


 そもそも、彼らの中にもアルカのように動物の特徴を備えている死神がいるのに、何故アルカに聞こえないと思うのだろうか。アルカには理解できない。


 デイビッド達以外には特に不穏な会話はなく、十五分ほどでアケミとキョウが隊員たちを連れ戻って来た。


 そのまま行軍を再開する。


 アルカは待機中にあったデイビッド達の会話を静香に伝える。




「ふむ、彼らか。実行に移した時を見計らって捕まえるべきだな」




 事前に注意してしまうと、別の手段を取る可能性が高くなること、そもそも注意を聞くなら実行しようとは思わないことなどから、現場を押さえるように言われる。




「練習には丁度いい。できるか、アルカ?」


「できます」




 この先キョウと二人だけでこの訓練を指揮することになった時のためにも、経験は積んでおきたいので、アルカは即答する。ついでに昨日の憂さ晴らしをしたいとかは考えていない。考えていないと言ったら考えていないのだ。


 二つ目の村訪問も恙なく終えて、休息地にて昼食をとる。




「ご感想は?」


「アタシの分野ではありません」


「性に合わず大変だったか」




 もぐもぐと口を動かしながら、キョウは肩を落とす。そんなキョウを慰めつつ、アルカもあったことを伝える。




「こっちは次の待機で何か起きるかも」


「暴れられるのか。羨ましい」




 恨みがましい目でキョウから見つめられるが、アルカはどこ吹く風で話を続ける。




「暴れないよ。ちょっと運動するだけ」


「いーなー」




 うだうだと駄々をこね始めるキョウを簡単にあしらいながら、さり気なくデイビッド達の様子を窺う。


 この休息地に到着してからというもの、チラチラとアルカや静香を見ており、悪戯をしようとする悪ガキそのものだ。まるで、これから何かしますよ、と態度で示しているようで滑稽に思える。


 内心、ため息をついていると、静香とアケミがやって来た。周囲には聞こえないように小声で話し出す。




「アルカ、また彼らが面倒事を起こすって聞いたけど」


「はい、彼らが話しているのを聞きました」


「よく聞こえたわね」


「耳はいい方ですから。それにしても何故、聞こえると分かっていて話しているのでしょうか。罠ですかね?」




 静香に話した後、アルカはわざと聞こえるように会話をしたのではないかと思い、罠の可能性を考えた。


 しかしアルカの言葉に、静香とアケミは揃って首を傾げる。




「どういうことだ。彼らは大声で話していたのか?」


「いえ、普通でした。でも私のように動物の特徴を持つ死神なら十分、聞こえますよ」




 今度は二人揃ってこめかみを押さえた。




「なるほど。班長が言っていた常識云々はこれか」


「アルカ、特異技能が芽生えると身体能力が上がる話は知っているわよね」




 当然知っている。なので、アルカは頷く。




「身体能力と一口に言っても、ただ力が強くなったり、体力が増えたりするだけではないわ」




 治癒能力や痛覚への耐性なども大幅に上昇し、視覚や聴覚も強化される。普通は特異技能が芽生えた時に、すぐ自覚できるほど変わるので、言わずと知れた共通認識なのだそうだ。




「アルカは元々耳がいいのもあるだろうから、尚更ね」




 アケミはアルカの耳を触る。そしてすぐ離した。




「まあ、そういうわけだ。罠の可能性はかなり低い。警戒することに越したことはないが、気にしすぎる必要はない」




 そもそも罠を仕掛ける理由がないからな、そう言い残して、二人は去っていった。


 それからは特に目立ったものはなく、キョウがアケミから色々教えられながら片づけをして出発となった。


 休息地を出て一時間もしないうちに、問題の村の近くに到着する。この場に待機するようキョウの命令が聞こえ、そのまま村に向かって行った。


 アルカは周囲の様子を確認する。隊員の中には、わざわざイスを取り出して座っている者もいた。そんな中、デイビッド達を探そうと思っていたら、向こうから近づいてきた。




「アルカ、トイレに行きたいのだが」


「わかりました。ここから離れすぎないように気を付けてください」


「ああ、もちろんさ」




 ニヤニヤとしながら、ぞろぞろと森の奥に入っていくデイビッド達を見送る。彼らが十分離れ、かつアルカが音を拾える距離になってから、静香に一声かけて追跡をする。


 デイビッド達がまともにトイレに行くだけならば何の問題もなかったが、途中で立ち止まることはなかった。


 アルカが追跡しているとはつゆ知らず、デイビッド達の呑気な会話が聞こえてくる。




「すかした顔しやがって。生意気な」


「でもよ、あの顔をめちゃくちゃにできたらサイコーじゃん」


「それはそう。班員じゃなけりゃーなぁ。力づくでやるのに」


「俺はキョウの方が好みだな。あの巨乳がいいね」


「わかるわー。背が高い女を組み伏せる優越感はたまんないね」


「彼女いないくせに何言ってんだか」


「それは言わないお約束だろぉ」




 聞いているうちに段々と腹が立ってきた。親友にまで手を出そうとしているのだ。今のアルカをキョウが見たら、恐怖で耳が折り畳まれることは確実だろう。




「つーかどこ向かってんの」


「……さあ?」


「なんも考えてないのかよ!」


「行く場所なんて無くね?只人の村にでも行く?」


「アリ。班員様のお仕事でも見に行こうぜ」


「わざわざ見に行かなくても、今からお見せしますよ」


「うおっ」




 デイビッド達は素っ頓狂な声を出した。いないはずの女性の声にだろうか。それともその声が感情を感じさせない冷たさを含んでいたからだろうか。


 恐る恐る振り返るデイビッド達は、軽蔑の眼差しをした、うっすらと笑いを浮かべるアルカを見つける。見つけてしまった。


 アルカが無造作に一歩を踏み出す。さらにもう一歩。デイビッド達は無意識のうちに半歩下がっていた。


 アルカが動いた。デイビッドから一番遠い隊員の体が浮き、地面に崩れ落ちる。辛うじて認識できたが、アルカに鳩尾を殴られたようだ。




「ひぃぃ」




 崩れ落ちた隊員の隣にいた隊員が悲鳴を上げた。しかし、すぐに静かになった。


 逃げ出そうとアルカに背を向けた隊員は一瞬にして回り込まれた。


抵抗しようと魔動武装に手を伸ばした隊員は構えることすらできなかった。


また一人、また一人と倒れていき、最後にデイビッドだけが残った。


 たった一人相手に手も足も出ず一方的にやられ、恐怖のあまり尻もちをつく。目の前にある絶望的な差を嫌というほど理解させられた。逃げることはできないと悟り、懇願する。




「謝るから!謝るから!許し……」


「うるさい」




 デイビッドの言葉など聞く価値が無いと判断したアルカは、即座に黙らせる。


 少し運動できて、幾分気が晴れたアルカは持ってきていたロープで全員を縛り上げる。未だ意識を失っているデイビッド達を起こそうか考えたが、話などしたくないので引き摺って戻ることにする。


 待機地点に戻ると、アルカの後ろを見た隊員からどよめきが上がる。騒ぎを聞きつけ静香が速足でやって来た。




「アルカ、どういうことだ?」


「班員の仕事を見たいと言っていたので、見せてあげました」


「やり過ぎだ」


「そうでしょうか?命令違反に逃亡、上官に武器を向ける。どれも重罪ですが」




 ニッコリと笑うアルカに、静香は苦虫を噛み潰したような顔になる。事実、どれも軍法会議にかけられてもおかしくはない。特にアルカに武器を向けたのは、班員の特権により十分に処罰の対象になりうるのだから。


 静香の判断により処罰に関しては、この訓練終了後に下すことになり、デイビッド達を隊員に任せてアルカは通常の監視任務に戻る。


 前と同じように隊員達を監視していると、アルカの耳に様々な会話が聞こえてきた。




「やべぇよ。新人班員のアルカさん」


「さっきの騒ぎってそのアルカって人が原因なのか?」


「バッカ、『さん』をつけろ。デイビッド達みたいになりたいのか」


「何かあいつらやったのか。やるとは思っていたけど」


「脱走してアルカさんに気絶させられた。で、ロープに繋がれて引きずられて戻って来た」


「うわぁ」


「何でも武器を向けたらしいが、アルカさんは傷一つなく、疲れた様子もなかったぞ」


「マジで?強すぎだろ。『さん』づけで呼ぶわ」




 このような会話が伝わっていき、どんどん尾ひれがついていく。その様子にいたたまれない気持ちになりながら、その待機地点で過ごすのだった。

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