第24話 都市外調査訓練3
野営地に到着したのは、太陽が西に傾いてほどなくしてからだった。少し遅れたものの、予定通りではあるので、野営の準備に取り掛かる。初めにトイレを設置してから、キョウとともにテントを立てる。
「んで、どうだったよ。初めての訪問は?」
「大変だった。一つ目は何もなかったけど、二つ目は襲われた」
「マジかー。アタシも明日、戦うことになるのか」
「戦いはダメだよ。怪我させちゃう。いなすだけ」
「無茶言うなよ」
「面倒くさいだけで出来るでしょ」
うへぇ、と謎の声を上げるキョウにジト目を向ける。キョウの強さをよく知っているからこそ、単純に手加減が面倒なだけだとわかるのだ。
そんなアルカを気に留めることなく、サクサクと準備を進めるキョウ。既に簡易テーブルとイスを出している。
「昼食べてないから、たくさん食べるぞー」
「食べてたよね。持ち込み荷物の分もしっかり」
「記憶にございません」
「キョウの記憶には期待していません。私の記憶にはあります」
座学トップのアルカと赤点ギリギリのキョウでは説得力が違う。分が悪いと判断したキョウはサッと顔を逸らした。
「さーて、ちょっと散歩してくる」
そう言って、散歩にしては早すぎる動きでナイフ片手に森の奥に消えていった。今日は仕事をアルカが静香から教わりながらするため、キョウがいなくても問題ないが、明日のためにも見学しておくべきではないのか。こういうところが座学で赤点をとる原因なのだ。
キョウが散歩に行って少し経ってから、金属の箱を持った静香がやって来た。アルカを確認し、キョウの姿が見えないため周囲を見回す。
「キョウはどうした?」
「散歩に行きました」
「散歩?時間はあるが、キョウがするのか。意外だな。まあいい。アルカ、そこの川で水を補給する。ついてこい」
静香の後に続き、数名の隊員を伴って野営地近くの川に向かう。
「静香さん。その箱は何ですか?」
「ん?これか。これは小型ろ過機だ」
静香は金属の箱を指差してそう言った。
今回のような訓練や非常時に活用するもので、都市にはもっと巨大なものもあるそうだ。
「村には井戸があるから、そこで貰えればいいが、私達死神が村に入ることを良く思う人はいないからな。余計な諍いを起こさないためにも必須なのだよ」
野営地に井戸を掘ってもいいが、年に数回しか使われず、管理人も置くわけにいかないので、周辺の村人に何をされるかわからないからだ。
「私達のバックパックには入っていませんでしたけど……」
「高価なものだから数が多くない。今回は私とアケミが管理している……着いたぞ。こっちのホースを水中に入れてくれ」
ろ過機に収納されていた蛇腹のホースを水に沈め、ろ過機についているボタンを押すと水が吸い込まれる。ろ過機の反対側には蛇口が取り付けられており、そこから水が出てきた。その水を隊員が容器に入れていく。
「この水は必ず煮沸しろ。理論上はそのまま飲めるが用心に越したことはない。水を汲み終えたら次の隊員を呼んできてくれ」
容器一杯に水を汲んだ隊員が去っていき、すぐに別の隊員がやってくる。
全員が一度に来ないのは待ち時間が無駄になるからで、この水は二人一組のチームで共有なので実際来るのは半分だそうだ。
「体を拭くのもこの水だから、飲む分を確保してから使うように」
沸騰させたお湯を水で割って、ちょうどいい温度にして濡れタオルで体を拭く。それで訓練中、体を清潔に保つのだ。
「髪を洗えるわけではないし、マシになる程度だ。慣れるしかない」
この時はトイレと同じように周囲を布で覆い、外から見えないようにして、チームの相方を見張りに立たせる。
女性隊員はチームの垣根を越えて一丸となるが、如何せん人数が少ないので、覗き魔が多いと対処が追い付かなくなる。
一応、機動隊も引率をする班員が女性の時に女性隊員を参加させるたり、素行の悪い隊員は参加させないなどの対策を講じているが、人数や相性の問題があり、解決には至っていない。
「そんなに女性隊員って少ないですか?」
出発前に全員を見たが、少ないと言っても三、四割は女性だった。これだけ人数がいたら、覗きなんて不可能に近いのではないかと、アルカは考える。
「アケミがいるからな。今回が異常に多いだけだ」
かつてのアケミの所業は機動隊中に伝わり、訓練に参加した隊員がアケミの性格を広げていく。回を重ねるごとに女性隊員の参加率が高くなっていったそうだ。嘘か本当か、アケミのファンクラブまであるのだとか。
「アケミさん凄いですね。というか、もう少し隊員はよくならないのですか?」
「隊員すべてが悪いのではなく、悪いのは一部だけなんだがな」
明らかに悪いのは除外されており、一部が特権により処罰にならないギリギリの範囲で行動しているだけなのだ。あまりに処罰の範囲を広くしてしまうと、機動隊の死神が不足する事態に陥ることになる。
どうにもならない事を理解して利用している、ある意味考えられた行動にアルカは深いため息をつく。
「どこにでもそういうヤツはいるのさ。実に気に入らないが」
不愉快極まりない顔で、吐き捨てるように静香は言う。真面目な静香にとって不正や怠惰は許し難いのだろう。
話が一区切りつき、気が付くと最後の隊員が水を汲み終わっていた。二人だけになったアルカと静香も水を汲み始める。
アルカは周囲に人の気配がないことを確認してから、静香に問いかける。
「何も聞かないんですか?」
静香は顔を上げ、アルカをじっと見つめる。そして肩を竦めた。
「今日の訪問のことか?聞きたいさ」
「なら……」
「アケミに釘を刺されている。都市外で育ったアルカ達が何かしても、こちらから聞いてはいけない。向こうから話してくれるまで待つべきだ、ってな」
都市外移住者の村で育ったアルカとキョウならば、機動隊としてしか接したことのない静香達では知らない事を知っていてもおかしくない、そうアケミは考えているそうだ。
「それに班長から口止めされているのだろう?ならばアルカではなく班長に聞きに行くさ」
アルカが話すと命令違反だが、命令した本人のヴィクターに聞くなら問題にはならない。ヴィクターが話すとは到底思えないが、聞くだけ聞いてみる、と静香は言う。
自分の知らないところで気を使ってもらっていることを知り、アルカはお礼を言わなければならない人が増えたことを理解した。
静香が水を汲み終わり、今度はアルカの番になる。
「ごめんなさい。言えない事ばかりで」
「気にするな。私が融通が効かないだけだ」
少し遠い目をして対岸を見ている静香に何も言えなくなる。
川の流れる音が周囲を包み込み、太陽は山の影を映していた。
―
水汲みから戻る頃には、山の向こうに日が落ちて暗くなり始めた。
完全に暗くなり、作業がしにくくなる前に体を拭くための場所を設置する。設置個所はトイレの近くで、構造もトイレと同じだ。数名の女性隊員を連れ立って手早く三つ設置した。
男性用のものは男性用トイレの近くに設置するよう指示を出しておく。
設置が完了したのでテントに戻ると、キョウが手に持っていたものを投げてきた。
「ほい」
「ありがと、鳥?」
「うん、雉」
「ラッキーじゃん」
キョウの隣に座り、狩ってきたであろう雉肉を口に放り込む。血抜きもバッチリで臭みもなく、程よく噛み応えのある肉から噛むほどに肉汁が溢れ出す。
「あー、美味しい」
「なかなか見かけないからな。ちょっと本気出した」
「キョウにしてはいい判断」
「だろ?」
缶詰も美味しかったが、やはり新鮮な食材は格別だ。アルカとキョウの尻尾が二人の機嫌を表すかのようにゆらゆらと揺れる。
夕食を食べ終え、体を拭くことにする。お湯とタオルを片手に向かうと、既に何人も先客がいた。
「あら、アルカにキョウ、来たのね」
先客の中からアケミが出てきて、アルカ達に声を掛ける。今は静香が入っていて、見張りがてら女性隊員達と話していたそうだ。
アケミが二人を引っ張り、隊員たちの前に連れていく。
「わたしの後輩のアルカとキョウよ」
「九十九 アルカです」
「轟 キョウだ」
アルカから自己紹介が始まる。すると、名前を述べていく隊員達の中にあの新人隊員がいることに気がついた。
名前はチェリンカ・ハミット。ピンク色の髪が特徴だ。
「この訓練は初めてのことばかりで疲れました。アルカさん、キョウさんは疲れていなさそうですけど」
「鍛えているからね。これくらいなら問題ないよ」
特異技能が芽生えている死神なので基礎がそもそも違う。しかし、特異技能に関しては、隊員相手なので罰則などはないが一応、伏せて伝える。
「私も努力しているのですけど、自信無くしちゃいます」
「うふふ、気にすることはないわ。アルカとキョウは群を抜いて優秀だから。戦闘訓練でもわたしと静香と対等以上に戦えるのよ?」
その言葉にその場に居る全員の視線がアルカとキョウに集まる。その目には尊敬と驚愕、疑念が灯っていた。
死神は年上が強いという通説があるからだ。本人の資質や努力にもよるが、実際長く生きている方が魔力効率が良く、長時間魔力による身体能力の強化ができる。また強化上限も上がるため、素の身体能力が互角でも年上に勝つのは難しい傾向にある。
「アルカさんとキョウさんって実は年上?」
「いえ、十七です」
「同じく」
アルカ達の年齢を聞いて、信じられないとばかりに驚きの声が上がる。
「嘘でしょ。アケミも三……」
「乙女の年齢をペラペラと話すものではないわよ」
アケミが素早く間に入って、笑顔の威圧をする。アケミのことを気安く呼び捨てにしていたところを見るに、隊員だった時の同期だろうか。その隊員はアケミに気圧されて青ざめた。
アケミは二度と言わないように、と念押ししてから話し始める。
「二人が強いのは才能もだけど、努力がすごいわ。ほとんどの休日は訓練に当てているもの」
「訓練生時代と同じですね」
アケミとチェリンカの言葉に、今度は若干引き気味な驚きの声が上がる。
それもそうだろう。彼女達にはそこまで頑張る理由がなく、せっかくの休日を訓練に使う意味が分からないのだから。
と、丁度その時、後ろの布が捲られ人が出てきた。入れ替わるように別の人が中に入っていく。出てき方の隊員はチームの相方とともに野営地に戻っていった。
そこからは、他愛のない話をして自分の順番が来るのを待つ。
アルカの順番が回って来た時には、お湯が少しぬるくなってからだった。
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