第12話 事情聴取

「来たか」




 取調室の前には難しい顔で腕を組んでいるヴィクターが立っていた。




「班長、呼ばれた理由はもしかして……」


「察している通り、黙秘をしている彼らの事情聴取をしてもらう」




 取調室に呼び出された時点で予想はできていたが、あまりにも突然ではないだろうか。そんな二人の内心を読み取ったように、ヴィクターは言葉を続ける。




「急かもしれないが、本来、班に配属された時点で事情聴取くらい何度もしているはずなのだ。今回は単なる練習だと思って行ってくれればいい」




 機動隊員としてある程度、実務経験を積むのが普通であるが、初めから班員として配属されたアルカとキョウは、実務経験が無いに等しいのだ。二人に実務経験を積ませるため、今回の事件を利用することにしたそうだ。


 ヴィクターに促され、取調室に入る。内部は犯人に聴取をする部屋と、待機するための部屋の二つに分けられていた。入ってすぐの部屋は数人の機動隊員が待機しており、壁に取り付けられたガラスの向こうには、二人の機動隊員と、向かい合うようにして座っているリーダーの男がいた。




「進展は?」


「いえ、ありません」




ヴィクターは部屋にいる機動隊員からの返事を聞いて、やはりか、と呟く。同時に、紙を受け取り一瞥した後、アルカ達に手渡した。




「調書だ。報告書と然程、変わらないが」




 アルカは調書を手に取り、キョウとともに内容を確認する。




森 彰浩年齢65歳


 元機動隊員 10年前、機動隊を退役後、未来科学技術工作研究所に就職、現在に至る。


 神意教教徒。機動隊退役前後に入信したものと思われる。


 雑談には応じるものの、事件に関しては黙秘している。


 言葉の端々から、相手を揶揄するような発言を多数している。




 ヴィクターの言葉通り、報告書以上の情報は書いていなかった。




「あの、班長。取り調べをしたことが無い私達では、有益な証言など引き出せないと思いますけど」




 アルカは素直な感想を述べた。すでに何人もの機動隊員から事情聴取を受けてなお、口を割らないのであれば、ずぶの素人である二人では無理ではないか、と思ったのだ。




「引き出せないならば、それでいい。まずは雰囲気ややり方を学ぶことが大事だ」


「そうですか……」




 何となく、ヴィクターとの会話が腑に落ちないような気がしたが、言われたことはもっともなことなので、納得しておく。


 と、その時、ガラスの向こうでガシャンと音がした。一斉に視線が音のした方に向く。そこでは一人の機動隊員が彰浩に掴みかかろうとしていて、もう一人が抑え込んでいる様子が伺える。


 待機部屋にいた機動隊員が聴取部屋に入っていき、掴みかかろうとしていた機動隊員達を引っ張り出してきた。




「何があった?」




 ヴィクターが出てきた機動隊員に尋ねる。しかし、機動隊員は目に怒りを宿すだけで、話そうとしない。


 その態度に、ヴィクターは眉をひそめる。すると、抑え込んでいた機動隊員が代わりに答えた。




「ただ揶揄われただけです。コイツが短気だったので掴みかかろうとしました」


「……そうか。君達は一度、頭を冷やしなさい」




 ヴィクターの言葉に従い、二人は取調室から出ていく。二人が立ち去り、気配がなくなったところで、ヴィクターは大きくため息を吐く。




「はぁ、まったく。……それで、どんな会話をしていたのだ?」




 ヴィクターは、後ろに控えていた機動隊員に振り返る。その機動隊員は、通信機越しに会話を聞いていたのだ。聞こえてきたやり取りはこうだ。




「このままだと軍法会議にかけられるぞ」


「それはねぇな。魔力自動車の起動方法は教えた訳ではない。過去に同じような事例があったが、懲罰隊員行きだったはずだ。勉強不足だな」


「くっ、家族に迷惑がかかることになるぞ」


「生憎、とっくの昔に離婚してるんでね。親も子どももいねぇし、天涯孤独の身なんで。そんなことも調べ切れていねぇのか。機動隊の質も落ちたな」


「このっ!」


「おい!やめろ!」


「おー、怖い怖い。すぐに暴力を振るおうとする。てめえらみたいな死神なんてクソ以下だな」


「ぶっ殺してやる」


「てめえらみたいな雑魚が殺せるわけねぇだろ、考えろ。あ、そんな頭ある訳ないか」




 概ね、このような会話になっていた。


 その間、ヴィクターは目を閉じ、手で口元を隠すようにして考えていたが、顔を上げてアルカ達の方を向いた。




「取り調べの間、ずっとこの様子だ。相手のペースに持ち込まれないように気をつけなさい。何を言われても平然と受け流すことを意識するように」




 そう注意をして、アルカとキョウは通信機を取り付けて、聴取部屋に入る。


 アルカとキョウの姿を確認すると、彰浩は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに笑みを浮かべた。




「今度は小娘二人か。俺を嘗めてるのか?」




 挑発的な言葉を受け流し、平然とアルカは正面に座り、キョウはその隣に立つ。その様子を見た彰浩はつまらなさそうな、それでいて感心したような表情になる。




「この程度は受け流すか。流石は機動隊のエリートたる班員だな」


「へぇ。よくわかったな」


「その歩き方、身のこなし、油断のなさ。どれもさっきの機動隊員とは次元が違う。それに大きい方の小娘は、俺を気絶させた張本人だろう?気絶する寸前に、お前の顔を見た覚えがある」


「……あー、そうか」




 キョウの反応的に忘れていたらしい。アルカは分かったが、彰浩は気づいてないようで、さらに続ける。




「だからこそ、分からねぇ。ここに入ってきたときから、微妙に表情が強張っている。視線も物珍しそうに動いている。まるで新人のようにな。なんでだ?」




 入室からの短い時間で、ここまで正確に情報を読み取れる当たり、相当優秀だったのだろう。アルカはそう考えつつ口を開く。




「彰浩さんの感じたことは正しいです。私達は今年から機動隊に入隊しましたから」




 彰浩は今度こそ、驚きのあまり目を見開いて、動きが止まる。




「……てことは、なんだ。訓練生からいきなり班員になったのか」


「そうなります」


「なるほどな。納得だ」


「それはよかったです」




 彰浩の反応から察するに、アルカ達はかなり珍しいタイプらしい。そんなことを考えつつ、事件について以外にも、様々なことを織り交ぜて質問をしていく。肝心の事件に関してははぐらかされてしまう。




「やはり、事件についてはお話してくださいませんか」


「するわけねぇだろ。てめえらみたいな死神なんかに」




 ここでアルカは、ふと、気になったことを尋ねる。




「先ほどから死神に対して辛辣な言葉を言っていますが、何か死神について思うところがあるのですか?」




 アルカの放った言葉に、それまでは飄々としていた彰浩の雰囲気が変わる。それを鋭敏に感じ取ったアルカは畳みかける。




「彰浩さんは神意教の教徒でしたね?死神が神意教に入信するのは、とても珍しいことです」


「……」


「ならば、相応の理由があると思うんです。……例えば、死神に大切な何かを奪われたり」


「黙れ」




 低い、怒気を含んだ声だった。




「てめえら死神に話すことなんざ、何もねぇ。失せろ」




 その彰浩の態度に、アルカは半ば確信を持つ。過去に死神と何かあったのだと。ならば立場を変えて交渉すればいいと。




「では、機動隊の死神ではなく、同じ神意教の死神としてなら、話してくださいますか?」




 アルカの言葉に、彰浩の目には、怒りよりも戸惑いの色が浮かぶ。




「……てめえらが神意教っていう証拠もなしに信じられるか」


「では証拠を出しましょう」




 そう言って、アルカはいつも身に着けている、育ての親から貰ったお守りを取り出す。それに倣って、キョウもお守りを取り出した。




「彰浩さんが身に着けている物と同じです。色は違いますが。神意教のシンボルマークですよね」




 彰浩もアルカ達と同じ形のお守りを首から下げていた。アルカ達は金色で、彰浩は銀色である。




「お話していると、どうにも熱心な神意教の教徒ということは伝わってきます。ならば、これがどういう意味か、わかりますよね」




 育ての親は、これを見せれば、本物の神意教の神官や教徒ならば意味が分かる。君たちを守ってくれる、と言っていた。


 お守りをしばらく見つめていた彰浩は、一度目を閉じてから口を開く。




「……本物かどうか確認したい。本物であれば話す」




 アルカとキョウはお守りを渡す。それを手に取り、様々な角度から観察した彰浩は、お守りを返しつつ、語り始めた。




「俺の知っていることは多くねぇ。転売先だが、神意教がメインだ。その他には、アングラな組織にも渡っていたが、詳しくは知らない。この計画を持ってきたのが、社長だからな。あいつなら、詳しく知っている。この刻印を持って、俺が話したと言えば、あいつも話すと思う」




 おもむろに、首から掛けていたお守り―刻印をアルカに差し出す。




「ただし、てめえら二人が神意教の教徒であることを伝えた上で、直接聞くのなら、だがな。他人では絶対に口を割らないぜ、あいつは」




 彰浩は少しスッキリとした顔をしていた。その変化にアルカ達の方が驚いたくらいである。




「色が違うのに、本物だと分かりましたね」


「何を言っている。色が違うのは当たり前だろう?……まさか知らないのか」




 二人の様子から、察したらしい彰浩が教えてくれる。


 刻印は神意教でもごく一部の神官や教徒しか持っていない物で、刻印は上から、金、銀、銅で作られている。金が一番少なく、銅が多いそうだ。刻印を持つ人から認められて、刻印を持つことが許される。自身の持つ刻印以下のものしか送ることが出来ず、刻印を持つに相応しくないと判断されたら、はく奪もあり得る。刻印をはく奪された人が多いと、刻印を渡した側も、はく奪されるのだ。




「金で制作されていて、ナンバーも連続している。てめえらの目を見ても信用できる。だから本物と判断した。金の刻印を持つ人が信用したんだ。てめえらになら話してもいいと思った」


「あー、ありがとうございます?」


「ただし、忠告もしておく。この件に深入りすると、てめえらみたいな純粋そうなやつらには、かなりキツイぞ。後悔することになる」


「忠告は有難く受け取ります。でも、私たちも機動隊なので、覚悟はできています」


「けっ、言いやがる」




 最後に彰浩はニッと笑う。それを最後に、アルカとキョウは聴取部屋から出たのだった。


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