第7話 初任務2
聞き込みを終え本部に戻り、かなり遅めの昼食を食べつつアルカとキョウは一息つく。
あの後、二件の聞き込みをしたが、想像以上に時間がかかったのだ。しかし、収穫もあった。
「二人組の機動隊員、残された魔力鍵、合鍵で開けられたと思われるシャッターやゲート。確実に同一犯だよね」
どの聞き込みでもこの三つの共通点が出てきたのだ。
「けどなんで、わざわざ企業に注意をしに行ったんだ?顔を覚えられたら厄介だろ」
キョウはアルカの言葉に頷きつつも、疑問を呈する。
「多分だけど、シャッターの鍵を確認したんじゃないかな」
と言って、情報端末の映像をキョウに見せる。
画面にはさまざまな種類のシャッターが映っていた。
「なにこれ?てか、シャッターってかなり高いのか」
「見るのは値段じゃなくて、鍵の種類」
キョウは目を細めて、小さく書いてある文字を読む。
「へー。魔力鍵もあるのか。値段は跳ね上がるけど」
「値段はどうでもいいよ。ここで大事なのは魔力鍵でも、普通の鍵でも見た目は変わらないところだよ」
「なるほどな。普通の鍵かどうか確認する必要があったわけか」
うんうん、とキョウは頷いた後に、アルカに質問を投げかけた。
「でもそうなると、魔力鍵は開けられないってことになるよな。どうやって魔力自動車を盗んだんだ?」
「そこがわかんない。……私は魔力自動車に何かがあると思う」
魔力鍵のシャッターは開けられないのに、魔力鍵がなくても魔力自動車は盗める。この矛盾が意味の分からないことになっている。アルカはしばらく考えていたが、答えが出てこないため、思考を放棄した。
「キョウは何か気になることがあった?」
「うーん、気になるというか、なんというか、落書きが気になった」
「落書き?」
アルカは首を傾げる。聞き込みでは、落書きの話なんて出てきた記憶がないのだ。
「最初の聞き込みで、隣が壁を塗りかえたって言っていただろ。気になって見に行ったら、偶然そこの従業員に出会ったから話を聞いたんだよ」
なんでも、事件の前日に落書きがされており、その日の終業後、そこの社長が塗りなおしたらしい。
その時は特に何も感じなかったが、残り二つの現場の近くを探したところ、両方とも落書きがあったのだ。
「子供のいたずらにしては、書いてあるものが子供っぽくなかった」
と言って、キョウは情報端末の映像をアルカに見せる。
「……なにこれ」
そこには、記号のようなものが乱雑に書かれていただけだった。二か所とも子供が描くような落書きらしさは無く、なんとなく共通するものがある。
アルカは一度放棄した思考を再び呼び戻す。
「確かに子供の落書きには見えないね。あるとしたら暗号かな」
落書きでないとしたら暗号なのでは、とあたりをつける。
一度大きく伸びをしてから、大護に報告することにした。
「ふむ、なるほど」
報告を聞いた大護は、腕を組んで満足そうな顔をする。
「とてもよくできていますね。私の考えと同じです。落書きに関しては、私も見落としていました。素晴らしいです」
意外なことに、キョウが役に立ったらしい。アルカが内心驚きつつキョウを見ると、その顔はとても得意そうな顔になっていた。
「それと、魔力自動車についてですが、魔力鍵が無くても動かせます」
「そんなことができるのですか?」
「ええ。魔力自動車が登場した当初は、魔力鍵が近くになくても緊急時に即座に動かせるように、機動隊員は特殊な訓練を受けています」
「つまり犯人は機動隊の死神と断定できますね」
「現職か元かはわかりませんが、そうなりますね」
機動隊の機密情報を流出させると、軍法会議ものですからね、と大護は付け加える。
軍法会議という言葉に二人は青ざめる。なにせ会議とは名ばかりで、一方的に死刑に処されるようなものである。
そんな二人を安心させるように、大護が続ける。
「大丈夫ですよ。今は教えていませんので」
「よかったです」
二人はそろって息をつく。大規模な事件が起きなくなって、緊急時の対応を見直した結果、なくなったという話だ。そのため、知っている人物はある程度、年を取っているらしい。
「では、二人組の機動隊員の洗い出しと、過去の事件で共通点のあるものの選別、鍵の作成・複製をしている企業の調査、再度聞き込みをします」
アルカはこれからやるべきことを述べる。隣にいるキョウは、やることの多さにうんざりとした表情だ。
「二人で作業するにしては多すぎますね。他の班員にも協力してもらいましょう」
「いいのですか?」
「ええ。訓練で体ばかり動かすのではなく、たまには頭も動かしてもらいましょう」
そう言って、情報端末を操作する。すぐに四名の班員がやってきた。
「要件とはなんじゃ、大護?酒でもくれるのか?」
開口一番、絶対に要件とは違うと確信できることを言い放った額に小さな角が一つ生えたお爺さん―酒田 龍造が大護に期待の眼差しを送る。
「そんなわけあるものか、龍造。賭け事に決まっとる。さあ大護、種目はなんだ?ポーカーか?ブラックジャックか?麻雀でもいいぞ」
開口二番、絶対に要件とは違うと確信できることを言い放ったお額に小さな角が二つ生えたお爺さん―金岩 ソウゴが大護に期待の眼差しを送る。
「なんじゃと、ソウゴ。賭け事に使う金があるならいい酒飲んだ方がよっぽど有益じゃろ」
「何を言うか。酒など飲めばなくなり、最後はトイレに出すだけではないか」
「わかってないのう。酒は儂の血肉となり、生き続けるのじゃ」
「理解できん。それに比べて賭け事はいいぞ。ワシはな、金で夢を買っているのだ。」
「下らんのう。夢より現実を見たらどうじゃ」
「そっちこそ、血肉というが禿げておるではないか」
「……」
「……」
互いに互いを睨みつつ、両者の間に険悪な雰囲気が漂う。アルカとキョウはオロオロとしているが、他は呆れたようにため息をついた。
「あの二人のことは放っておけ。それで、要件とは何だ」
涼しげな声を発したのは、凛とした雰囲気を纏う女性-速水 静香である。
「今、アルカとキョウの二人が担当している事件があるのですが、人手が必要になりました」
大護が事件をざっくりと説明する。
「なるほどね。わたし達は過去の事件と、鍵を扱う企業について調べてみるわ」
ふんわりとした雰囲気を漂わせる女性-有明 アケミはそう言って、静香とともに机に向かっていった。
その背中を見送ってから、取っ組み合いに発展したお爺さん達に目を向ける。もちろん先ほどの説明など一切聞いておらず、そもそも呼ばれたことすら忘れていそうである。どうしたものかとアルカはキョウと顔を見合わせた後、大護を見て背筋が凍った。
いつも通りの笑顔なのに、不機嫌なのがありありと伝わってくるのだ。大護は笑顔のままおもむろに立ち上がると、瞬く間に二人の暴漢を制圧し、言い放つ。
「あなた達は機動隊員の特定をしてください。詳細は情報端末に送っておきました。特定が遅いと判断した場合、副班長権限であなた達の部屋の“掃除”を実行しますので」
その言葉に二人は青ざめ、テキパキと仕事をこなし始める。あとで聞いたところ、あの二人の部屋には大量の酒類とギャンブル用品があるらしい。大護の言った掃除とは、それらをすべて捨てるという意味だったとのこと。
「はぁ。優秀なのですから、いつもこれくらいしてほしいものです」
大護は心底疲れたように呟く。そして、気分を変えるように一度頭を振った。
「さて、班長に経過報告をしに行きましょう」
ヴィクターに報告とともにいくつかのやり取りを経て、「引き続き調査を継続するように。期待している」と締めくくられ、机に戻る。
相変わらずの眉間の皺と目つきの鋭さに、アルカは胃に穴が開くような思い、キョウに至っては耳がきれいに折りたたまれている。
そんな二人に苦笑しつつ大護はフォローを入れる。
「今回の班長は機嫌がよかったですよ」
「あれでですか」
「ええ。機嫌が悪いとほぼ無言になります」
大護によると、やり取りがあると機嫌がいい証拠らしい。「期待している」は本当に期待しているだけで、決してプレシャーをかけているわけではないそうだ。大事なのは慣れですよ、と大護は言う。
ヴィクターへの報告が終わったところに、静香とアケミがやってくる。
「過去の事件の選別が終わった。魔力鍵が残されたまま、かつシャッターやゲートが普通の鍵のものだった事例だ」
「鍵を扱う企業は数が少ないからすぐ終わったわ」
二人から情報端末にデータが送られてくる。
魔力自動車の盗難件数が増えると同時期に発生し始めており、先月からは週に二件程度の割合で発生している。一方、鍵を扱う企業は四つしかない。
「ありがとうございます。静香さん、アケミさん」
「なに、気にするな」
「そうよ。かわいい後輩の頼みだもの」
「初任務でこれは大変だろう。また何かあれば協力しよう」
「気楽に呼んでね。できる限り手伝うわ」
二人の先輩の言葉に、アルカとキョウは思わず口元が綻ぶ。
訓練に戻る、と言って立ち去る二人の後姿を見送る。
「該当する事件現場に暗号の有無と、二人組の機動隊員についての聞き込み、それと鍵を扱う企業に出向かないとね」
アルカはこれから行うことを言うと、キョウはうんざりしたような顔をする。
「まだまだやる事たくさんあるのか」
「聞き込みは意外とすぐ終わると思うよ。聞くことが決まっているし、少ないから。鍵の方が大変だと思う」
四社しかないといえども、事件に直接関わっている企業があるはずなので、確実に警戒される。その中で証拠を掴まないといけないのだ。頭の中でどのような質問をしようか考えていると、横で聞いていた大護が声を掛けてきた。
「鍵を扱う企業は聞き込み不要です。犯人に繋がっている可能性が高いですから、変に動くと犯人に伝わり警戒される恐れがあります」
大護の説明に納得はできるが、どうするつもりなのか疑問に思っていると、大護はいつもの笑みをより深めて答える。
「我々三班の最も得意とする調査をしましょう」
その声はとても愉快そうに聞こえた。
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