第6話 初任務1
「疲れた」
引っ越ししたてでまだ見慣れていない寮の自室で、キョウは机に突っ伏して呟く。妙に既視感のあるその光景を眺めつつ、アルカは苦笑する。
午後から行った訓練で、大護をはじめ、三班の班員達と訓練を行ったのだが、大護が戦闘試験での戦いぶりを広めていたらしく、次々と模擬戦をすることになったのだ。
幸か不幸か、大護のような非常識な強さは無く、アルカとキョウは他の班員とかなりいい勝負ができる上、久しぶりの新入りにテンションが上がった班員達が頑張ったのだ。
「これが毎日続くのか……」
アルカは遠い目をする。流石に違うとは思いたいが、訓練終了時の班員の様子を思い出すと、まだしばらく続きそうである。
「しばらくは、長時間の戦闘をするためのスタミナと集中力に重点を置いて訓練だね」
「そうだな」
アルカの言葉に、キョウは同意する。
今日の訓練で二人の課題が明確に出てきたのだ。今までは時間がキッチリと区切られていたため、長時間の戦闘をすることが無かったこと。また、まともに打ち合える相手がお互いしかいなかったため、手の内が完全に読める。そうなると緊張感がなくなり、集中力を保ち続けることがあまりなかったことに気づかされた。
「弱点を見つけることもできたし、あとはやるだけだな」
キョウは拳を上げて意気込んでいるのを見て、アルカは確実に忘れているであろうことを指摘する。
「任務や夜勤もあるからね」
今日は目を逸らした。
―
それから数日、大護に付いての見回りや、訓練をして過ぎていった。
「アルカ、キョウ、話がある」
そう呼ばれて、ヴィクターの机の前に立つ。横にはすでに大護もおり、何やら資料を見ていた。
「さて、呼んだのは他でもない。調べてもらいたいことがある」
そう言って、ヴィクターは資料を渡す。資料には魔力自動車の写真が載っていた。
「昨晩、第二区画で魔力自動車の盗難があった。今月に入ってから三件目になる。ここ数か月で盗難件数が急激に増加している。これまでにも機動隊と警察が罠を張ってみたが、すべて不発に終わっている。これまでの経緯から、組織的グループが関与しており、どこからか情報も洩れている可能性が高いと考えられる」
「……それは、機動隊員に内通者がいるということでしょうか?」
アルカの言葉に、ヴィクターは頷く。
「私もそう考えている。故に今回は三班のみで調査を行う。加えて、盗まれたのが魔力自動車だ。魔力のない只人では動かすことができない」
「容疑者は死神とみてほぼ間違いないでしょう」
「その通りだ。相手が死神ならば、普通の機動隊員では少し荷が重い」
一口に死神といっても、その実力には幅がある。死神になってからの期間が長いほど強い傾向があるが、アルカ達にように若くして強い場合もある。また、ヴィクターのように見た目と実年齢が比例しないこともあるため、外見で強さを判断するのは難しい。
死神相手に確実を期するなら、より強い死神をぶつけるのが鉄則となっている。
「すでに実力ならば一人前の二人ならば問題ないだろう。調査の経験を積むにはちょうどいい。大護も補佐に付ける。基本は手出ししないが、助言などはしてくれるはずだ」
「はい。お任せください」
大護は笑顔で答える。
「この資料と、これまでの事件の詳細なデータは情報端末に送っておく。確認して調査を開始するように」
「はい」
アルカは、文字通り初めての任務に体が否応なく緊張しているのがわかる。
「初任務にしては少し重いかもしれないが、期待している。以上だ」
ヴィクターはそう締めくくり、アルカ達は自分たちの机に戻った。
早速送られてきた資料に目を通しつつ、キョウと確認を行う。
「直近の三件はどれも夜に犯行が行われているね」
「だな」
「どの魔力自動車も企業が所有、しかも新車ばかり」
「ああ」
「犯行は素早く行われており、目撃者はなし。大通りの防犯カメラにも映っていない。手慣れてるし、計画的だね」
「そうだな」
「……キョウ?」
アルカはジト目を向ける。その冷たい声に、さすがにまずいと感じたのか、慌てて口を開く。
「あ、いや、あれだよ。ほら、とりあえず聞き込み捜査にいって、現場を見ないと。何か発見があるかもだし」
「はぁ……」
座って資料を読むのが嫌だ、と顔に書いてあるのが簡単に読み取れる。アルカは呆れをため息とともに吐き出す。
聞き込み捜査に行くのはいいが、最低限の情報を頭に入れずにどうするつもりなのだろうか、とキョウに聞いてみたい。どうせ何も考えていないだろうが。
「キョウ、聞き込み捜査に行くから資料をちゃんと読んでおいて。私は副班長に伝えに行くから」
アルカは席を立ち、大護のもとに向かう。
大護は自分の机からこちらを見ていたのか、心なしかいつもより笑顔だ。
「副班長、聞き込み捜査に行きます」
「わかりました。今回は補佐として同行しますので、私が車を出します。」
「ありがとうございます」
大護に直近の三件に聞き込みに行くことを告げ、資料とにらめっこしているキョウを拾って出動する。
―
第二区画の大通りから外れて10分ほど、そこにアルカ達はいた。
「ここが昨晩、盗難にあった企業か」
白い外壁に四角い外見のよくある企業の一つだ。さっそく受付で話を通してもらい、担当者に詳しい話を聞いた。互いに挨拶を交わし、三班に所属していると言うと、担当者はとても驚いた顔をしていた。
「昨晩はいつも通り、車の魔力鍵を鍵管理ケースに入れていました。この建物の施錠もしましたし、車庫のシャッターも閉めていました。ですが今朝出社したら、シャッターが開いていたのです。そして中に止めてあるはずの車もなくなっていました」
「魔力鍵もなくなっていたのですか?」
「いえ、それがなくなってないのです」
そう言って担当者は魔力鍵を取り出す。
「鍵がなくても魔力自動車は動くのですか?」
「そのような方法があるなら、こちらが聞きたいくらいです」
アルカの問いに、明確な答えは返ってこなかった。考えるのは後回しにして、さらに質問を続ける。
「最近、周囲で普段とは異なったことはありませんでしたか?どんな些細なことでもいいです」
担当者は一度目を閉じ、躊躇いつつも口を開く。
「そうですね……。数日前に機動隊の方が、魔力自動車の盗難が多発している、と注意を促しに来てくださったことがあります」
「それが変わったことなのですか?」
「ええ、直接来てくださることなんて、まずありません。今回が初めてでした。その時に魔力鍵の保管場所や、シャッターの施錠をしておくように言われました。あとは、隣の店が外壁を塗り替えたくらいです」
情報端末を通しての注意喚起はいつものことだが、機動隊が直接来るのは初めてで、よく覚えていたそうだ。注意しに来た機動隊員は二人組で、名前は名乗らなかったためわからないとのこと。一応その二人の特徴を聞き出した後、車庫を見せてもらう。
「シャッターを開けて侵入、車を盗みそのまま逃走したようです。事務所に侵入した形跡はありませんでした」
「シャッターの鍵もケースに?」
「はい。ですがシャッターを無理やりこじ開けた訳ではないそうです」
なんでも、今朝調査を行った警察曰く、ピッキングなどではなく鍵を使って開けられた可能性が高いとのこと。
「スペアなどはあるのですか?」
「ありますが、それも盗まれていませんでした」
またしても不可解な事実が出てきて、アルカは首を傾げる。そこにどこかに行っていたらしいキョウが戻ってきた。
「キョウ、何かあった?」
「これといっては無かった」
キョウが無いと言ったら、本当にないのだろう。アルカは、勉強は苦手だがこういう時のキョウの勘は信用している。
聞き込みを終え、その場を後にする。
残りの二件を終える頃には、とうに昼は過ぎていた。
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