土砂降りパンダ事件

坂神京平

第1話

 その日の朝。

 中学校へ登校し、教室の中へ入ると――

「パンダの生首」が私の目を引いた。


 それが置かれていたのは、二年一組で真ん中辺りにある席だ。

 人間の大人より二回りほど大きな頭が、机の上に乗っていた。

 ただし誰でも、ひと目見て実物じゃないとわかる。


 これは人がかぶって、仮装などに使用する衣装の一部分だ。

 実は昨日の放課後にも、私は別の場所で見掛けている。



「――堀辺ほりべくん。どうしてパンダの被り物を、教室の中に持ち込んだの?」


 私は、室内の中央付近まで歩み寄って、声を掛けた。

 パンダの頭が置かれた机の前に立つと、着席していた男子が顔を上げる。

 クラスメイトの堀辺くんだ。サッカー部の部員で、陽気な性格のお調子者。

 でも勉強の成績はあまり良くなくて、不真面目なところがある。


「おっ、なんだ成海なるみじゃん。オハヨー」


「おはよう。でも挨拶あいさつはいいから質問に答えて」


 誤魔化されまいと、再び強い調子でたずねた。

 自分にはそうしなきゃいけない義務がある、と思う。


「い、いやー。どうしてとかれてもなぁ……」


 堀辺くんは、へらへらとが悪そうに笑う。

 私が苦手なタイプの反応だ。


「昨日の放課後に校舎の外で被ってたら、雨に打たれてれちゃってさ。だから教室でひと晩、かわかそうと思ったんだよ」


 そばで話を聞いていた他の生徒が数人、堀辺くんの返事に笑った。


 昨日の午後からこっち側、屋外はずっと雨降りだ。

 そんな悪天候の下、堀辺くんは放課後に被り物をしていたらしい。

 改めて見ると、パンダの表面をおおう白と黒の毛が、まだ湿しめっていた。



 と、近くに居合わせた女子数名が、堀辺くんの説明を裏付けた。


「たしかに堀辺くんがパンダの被り物していたの、昨日見たよー」


 目撃者の話によれば、堀辺くんを見掛けたのは午後六時過ぎ。

 教室の窓から外をながめると、パンダの頭を被った男子が校庭グラウンドを横断していたそうだ。雨で見通しが悪く、薄暗かったが間違いないという。

 校庭の隅には、サッカー部が部室に使用しているプレハブ小屋があるんだけど、そこから校舎まで全力疾走していたようだった。


 なお堀辺くんの被り物以外の服装は、学校指定のブレザー制服だったとか。

 また女の子のうち一人は、通用口で被り物を脱いでいるところも見たらしい。



「……なぜ突然、パンダの被り物をして雨の日に校庭を走ったりしたの」


「昨日はサッカー部の練習のあと、部室で練習着を着替えていたんだ」


 さらに追求すると、堀辺くんはほほを指でかきながら答えた。


「校庭で部活している最中も雨降りだったけど、その頃から雨脚あまあしが強くなってさ……。だけど部室に傘は置いてないし、そのままもう一度外へ出たら髪が濡れちまうだろ?」


「屋外で部活していたなら、部室を出る前の時点でもう髪の毛は濡れていたんじゃない」


「着替えたときにタオルでふいて、いっぺん乾かしたんだよ」


 それで再び髪が雨に濡れるのを防ぐため、被り物をして校舎まで走った――

 堀辺くんは、へらへら笑ったままで言った。


 ずいぶん身勝手な言い分だな、と私は思った。

 この件はやはり、厳しくいましめておかなくちゃいけない。


「とにかく、そのパンダは被り物の下に着る衣装とひとまとめにして、着ぐるみ全体を演劇部へ早めに返却しておいてよね。でなきゃ私まで文句を言われちゃうもの」

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