6-1-5 ゲシュタポ

1937年7月1日にハイドリヒは保安警察及びSD長官(Chef der Sicherheitspolizei und des SD、略称CSSD)命令を出して、両者の職務領域を区分している。


SDは党内問題、人種問題、文化問題、教育問題、外国問題、行政問題、フリーメイソンなどを専管するとされ、一方ゲシュタポはマルクス主義、移民、国事犯を専管とすると定めた。教会、世界観問題、ユダヤ人、過激派、黒色戦線(ナチス左派のオットー・シュトラッサーの分派組織)、経済問題、報道問題については共同管轄となった。


SDを情報分析機関とし、ゲシュタポを執行機関とするのがこの区分命令の狙いであったと指摘されている。


 しかしSDの独自行動はやまず、1936年の年末にアプヴェーア(ドイツ国防軍防諜部)とゲシュタポは権限分画を定めた協定を結んでいたが、SDがゲシュタポや官庁に対する監視活動を続け、アプヴェーアは「(SDが)国防上捨て置けない存在」になっていると訴えるほどであった。


 1938年1月には内務省が定めていた「保護拘禁規則」が改定された。これにより保護拘禁の権限はゲシュタポにしかないことが明確に定められた。


 また保護拘禁の対象は政治的敵対者に限定されず、「その行動が民族や国家に危険を及ぼす者」全てに適用されることとなった。これによりこれまで「予防拘禁 (Sicherungsverwahrung)」によって強制収容所へ入れていた「反社会分子」をゲシュタポが保護拘禁で強制収容所へ送ることができるようになった。


 ゲシュタポは強制収容所に収容する者の選定権を有したが、収容所そのものの管理権はなかった。


 これはヒムラーに直属するテオドール・アイケ(戦時中にはリヒャルト・グリュックス)の指揮下にある親衛隊髑髏部隊にあった。


 ハイドリヒは強制収容所の管理権を欲しがり、その種の工作をしていたが、ハイドリヒへの権力集中を恐れていたヒムラーは最後までこれを認めなかった。


 1938年1月から2月に保安警察は国防相ヴェルナー・フォン・ブロンベルク元帥と陸軍総司令官ヴェルナー・フォン・フリッチュ上級大将の失脚事件(ブロンベルク罷免事件)に関与した。


 1938年6月23日には保安警察の警察官はすべて親衛隊に入隊せねばならない旨の政令が出され、ゲシュタポと党との一体化が進んだ。


 11月11日にはSDが保安警察を支持するため国家の命令に従うという内相布告が行われ、SDの再編問題が課題となりつつあった。


 1939年9月27日にはヒムラーの布告により国家機関である保安警察とSDがハイドリヒを長官とする国家保安本部(親衛隊の組織)の下に束ねられた。


 SDは同本部の第二局 (世界観調査)、第三局(内国情報)、第六局(外国情報)に分割され、ゲシュタポは第IV局 (Amt IV)、クリポは第V局 (Amt V) に配された。


 国家機関と党機関の区別はなくなり、ナチ党が国家機関を飲み込んだ型になった。


 ハイドリヒは公式には国家保安本部長官ではなく保安警察とSD長官を名乗った。


 これは国家と党の両方からの介入を受けないための措置であった。


 ここに国家・党を上回り、総統のみに直属する執行機関が成立した。


 ゲシュタポは国家保安本部の一部局となり、ハインリヒ・ミュラー局長の下に1職員数は約4万5000人に膨張した(1943年の最大規模時)。


 このミュラーは「ゲシュタポ・ミュラー」の異名を取るようになった。


 第二次世界大戦中、一時ドイツはヨーロッパのほぼ全域を占領下におさめ、ゲシュタポの活動もヨーロッパ中に拡大されることとなった。


 戦時中のゲシュタポは、ドイツ国内でも占領地でも保護拘禁と強制収容所移送を徹底した。


 特に1941年6月に独ソ戦がはじまると東ヨーロッパでそれは顕著となった。


 並行して国家保安本部はアインザッツグルッペンを組織し、東部戦線で「保安的警察措置」と称した反体制派やユダヤ人の銃殺活動を行っていた。


 第二局局長を務めたフランツ・ジックスは後に「ユダヤ系住民を部隊の安全にとって危険な存在とは思っていなかった」と証言しており、実態は治安活動ではなくジェノサイドの実行であった。


 1941年12月に国防軍最高司令部総長ヴィルヘルム・カイテル元帥は「夜と霧」と呼ばれる法令の布告を行った。


 占領地で危険分子とみられた人物はゲシュタポによって「夜と霧」の中に消され、その消息は家族には一切通達されない旨が定められた。

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