夜を独り占めする子供ら ③
映画館でデートして2日目になる。話が旅行まで発展すると想定していないから、資金が足りない。後でコンビニによってバイト代を下ろそう。そんなこと考えていたら、目的地に着いた。
「ここによく行ってたの?」
いま私は商店街にある定食屋を前にした。ここは海鮮がメインで、値段も学生には優しい。
今日は私の休日ルートを覚えたいとお願いされた。基本は家から出ていかないが、CDを買うときは別だ。購入し、好きな漫画の新刊をさがしたら寄っていた。
「お腹すいたし入ろうか」
「うん」
平日で昼すぎだから席が空いていた。常連客が時間を潰すために新聞を広げたり、テレビを眺めている姿が目立つ。セルフの水を注いで、畳の席を選択した。テーブルに置かれたメニュー表を開く。パリッと音がして、私が今日初めて開けてあげた人になったのかも。
「海鮮丼は高いから、この定食とかどう?」
「それにしようかな」
注文のために店員を呼ぶ。カウンターから来たのは、腰の曲がった後年の女性だった。彼女は眼鏡越しに目が合う。
「あれ、かりんちゃん帰ってきたの。お友達と?」
「ちょっと墓参りに来ました」
「ああっ、夏樹さん。あの人は声の大きか人やったね」
田舎の年寄りはどうして話が長く、本題に入るのが遅いのだろう。急かしてるわけではないが、我慢を強いられてるようで痒い。逃れるようにそらしたら、あいはメニュー表から顔を上げていた。
「ここは家族できたこともあるの?」
「父親が生きていた頃に来たことある。ここは父親の故郷でもあるから、顔なじみが多い」
ここでは夏樹の娘という側が付きまとう。どうあろうと優しくする町が好きで嫌い。その取れない汚れのような感情が1歩ずつかえってくる。そうそう嫌気も指していたなと。
「ごめん。ばあちゃん注文するね」
「ああ、はいはい」
店員が去っていく。あいに詫びを入れた。自分が入られない内輪のネタほど退屈なものはない。だが、大丈夫と続ける。
「お墓参りいく?」
「また今度でもいいかな」
「私に遠慮してない?」
「次来た時は一緒に参ろうよ」
「わかった」
食べ終わってすぐ移動した。近くのコンビニでお金を下ろし、小さなお茶を買う。
駐車場に変わった公園跡地やメタル専門のCDショップを紹介する。
「あいのお父さんはどんな感じ?」
「私の父さんは滅多に家へ帰らない。人を連れてくるか、泊まりの準備で来ることある。なんか、修宇家に対するお客さんみたい」
彼らは付き合いがあるから、プライベートを生け贄に仕事へ献身しているのか。なら、路林も繁忙期と言えるだろう。
「同じ家の匂いがしなくなったら他人のように感じるよね」
飛谷は同じ匂いがしてきたから、家族だと示し出されてるようで逃げたくなる。
「二作家。まあ、わたしの父は酒癖が悪かった。酔っ払うと本音を母や私に言って甘えてくる。例えば金を貸してくれてありがとうとか、授業参観に行けなくてごめんとか。酒で記憶が混濁している状況なら隙を見せても良いと思ってそうなズルい人だった。父方の家系も男性社会の縮図で、私はいつも食事の運びとか手伝わされた」
当時は思わなかったけど、百合にこのことを話したら好奇心でなぜ女性が手伝うのか指摘された。私は答えられなかった。
「でも悪い人じゃない。お母さんは出かけたい時に出かけられるような気軽さがあった。既存の構造は触れないけれど、クローズドな場では率先して子育てを担っていたような気がする。よく思い出すのは、米の引っ付いた炒飯」
「お父さんが作ってくれたとか?」
「料理が本当に下手くそだった。俺は食う専門なんだってよく言い訳してた。お母さんがいなかったら必ずしてくれた」
お父さんの思い出も同じ。好きなところもあれば嫌いなところもある。究極に迫られるなら嫌いな方が近い。家族というのは、本棚に積もる埃を指でなぞるように短所を探してしまう関係かもしれない。近いからこそ期待してしまう。いや、親だから助けてくれるかもと期待するのは間違っているのだろうか。私は誰かを育てたことがないから不明だ。ましてや、今初めて人を愛している。身体の関係はたくさんあったけど、心の寄り方は初心者だ。物事の順列がつかないから、私の全てを知って欲しいとしても拙い。
「色々、教えてくれてありがとう」
「うん」
△
「疲れたね」
「うん」
私たちは駅前の安いホテルを借りた。素泊まりだから、狭い部屋にベッドがひとつ置かれているだけ。夜ご飯の海鮮丼も胃袋を満たしてくれた。
「映画でも見る?」
「うん」
私たちは2人で映画を視聴する。小さいスマホの画面だから密接した。保安官が事務所に乗り込むところだ。
「かりん。連れてきてくれてありがとう」
「いいよ。私も自分を見つめ直すことが出来た。故郷に行くだけで深く考えられたなら、世界でも見て回ればよかった」
「落ち着いたら行こうよ」
「墓参りや旅行いくとか。やることいっぱいだ」
「好きな予定を入れていると、まだやらなきゃなって思えるね」
これで映画を一緒に見たのは二回目だ。いや、文化祭の予行練習あわせて3回目。あれは地車とも見た学生制作の映画だった。
「カソに何かされたでしょ?」
私は答えなかった。せっかく距離をおけているから触れていたくない。でも、修宇あいのなかで遊びながらも地続きの悩みだったのかもしれなかった。
「路林が元カノを連れてきて土下座させた」
「あいつまじでクズだな」
あ、私は限界だったのか。
彼女を感じられるように腕の中で目を瞑る。既に涙は涸れているけど、さいど深く傷ついた。ここまで後を引くという事は、私は路林が嫌いだ。嫌いだと自覚することが大事だった。私は路林に百合を利用されたことや将来を決め付けられたこと、そして親を巻き込んだことが許せない。
「百合にはブロックされたし。母さんもカソのこと良く言うし。疲れた」
「路林はいつか自滅するよ。だって相手を勝手にタイプ付けしてちゃんと見ないもん」
頭が痛くなってきた。拳に力が入ってきて、制御できない。目の前が霞かかっている。自分の為に怒れている。
「ごめんね。そばにいてあげられなくて」
怒気混じる吐息を出すあいの瞳には、鋭い光がさしてある。
「あなたのを知る旅路で自分の身勝手さと向き合うことが出来た。ありがとう」
「もう現実逃避は終わり?」
「私は自分の弱さと向き合う時が来た。まだ遅くないんだよね?」
「うん」
元の修宇あいが隣にいた。だけど、弱音を吐くことは悪いことじゃないと後で伝えようと決める。
彼女は静沼に電話をかけた。
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