第95話乱暴な申し入れ

来客者であるケント伯爵の名前を聞いて、ルイザさんはあからさまに嫌な顔をした。

もともと感情が顔にでやすい人だと思っていたが、これははっきりとしてわかりやすい。

「どうされますか、お断りしますか」

そのルイザさんの顔を見て、ウェズンは言う。

「しつこいのがまた来たよ。ねえ、騎士様、お願いがあるんだけどきいてくれるかな」

ルイザさんが言う。


ルイザさんにはついさっきまで極上の快楽を味あわせてもらったのでそのお礼をしたい。

「なんですか?」

僕は訊く。

「あの嫌なやつに会うのに立ち会って欲しいんだよ」

ルイザさんは答える。

表情や言葉使いから、あきらかにルイザさんはこの面会を嫌がっている。だけれども相手が王国の貴族だからあまり無下にできないのも事実のようだ。

「僕でよかったらいいですよ」

僕は言う。

この言葉を聞き、ルイザさんは安堵の息をもらした。


身支度をととのえた僕たちは応接間に向かう。

その途中、僕は救護院の幼い女の子に声をかけられた。この子は両親を病気で失くして、路上で餓死しかけていたのをゲンマが救い出したのだ。すっかり顔色も肌つやもよくなっている。

ルイザさんが懸命に看護してくれたおかげだろう。本を読むのが好きなようで、よく麗華に読み書きを教わっている。

僕とは気があいそうだ。

ちなみに救護院の子供たちは僕のアルタイル邸へはフリーパスで入れるようにしてある。

もちろん、メイドのアルに一声かけてもらうようにはしているが。

庭であそんだり、書庫への出入りも自由にしている。

アヴィオールなんかはよく庭でこの子たちとアルの作ったお菓子を食べている。

「ねえ、騎士様。お願いがあるの」

その女の子は僕のそでをもって言う。

「なんだい」

僕は言う。

「ルイザ先生をあいつにつれていかせないで」

そのこの子はいうと泣きだしてしまった。

ウェズンがハンカチを取り出し、涙をふいてあげる。


この涙でだいたい内容がわかった。

ルイザさんは僕のものだ。

誰にもあげる気はない。

ここは僕の帰るべき大事な場所だ。

誰にもやるわけにはいかない。

俺の女に手をだすやつは許すわけにはいかない。

おっとまた一人称が俺になってしまった。

こんなところで悪魔皇帝サタンになるわけにはいかない。

この子たちを怖がらせてしまう。

「大丈夫だよ。ルイザさんはどこにもいかないよ」

僕は女の子に約束した。



応接間にいたのはいかにもな貴族の男性であった。茶色の髪も髭もつやつやで仕立てのいい生地の服を着ている。

応接用のソファーに長い足を組んですわっている。顔立ちは端正な部類にはいるが偉そうな態度なので絶対に好感はもてない。

どうやら、こいつがケント伯爵のようだ。

彼の後ろには屈強な護衛の兵士が一人たっている。

僕一人なら逆立ちしてもかなわないだろうな。単純な腕力ならね。ウェズンがいてよかったよ。

いざとなったら不可侵領域も発動できるしね。まあ、なんとかなるだろう。怖じけずく必要はない。


ケント伯爵は僕の顔を見て、わかりやすいほど驚いた。

「どうしてモードレッド卿がここにいるのだ」

といった。


いやいや、ここは僕が発案して王国に認めさせた場所だよ。いてあたり前じゃないか。

「ここは僕のいわゆる別邸でもありますので」

そう言い、僕は彼の向かいに座る。

人と対面しているのに組んだ足をさげろよ。

ケント伯爵はふんぞりかえったままだ。


ウェズンが紅茶と焼き菓子を用意して、僕たちの前においていく。

ケント伯爵はそれに口をつけない。

なんだよ、庶民の食べ物は口にできないっていうのかい。

けっこう美味しいのに。

そう言えばエルナト財務大臣も一応貴族なのにアルタイル邸ではお茶とお菓子を堪能していたな。

あの人は貴族だけど話やすい人だ。

若いときに庶民の間に入り、放浪旅行をしていたからかもしれない。きどらずに気さくなのだ。

彼は庶民の暮らしを肌で知っているのだろう。

そして、その放浪旅行で瑞白元帥としりあったいう。


「ところで、シーサーペント男爵夫人。私の申し入れを受ける気になったかね。あなたは平民出身ではあるが貴族に列っせられているのでわざわざ、私みずからこのような場所に出向いているのだよ」

ご自慢の髭を撫でながら、ケント伯爵は言う。

ルイザさんの話では彼女をいわゆる側室として迎えたいということであった。

簡単にいうと愛人になれというのだ。

この救護院をやめてである。

ケント伯爵の別荘で愛人として夜の相手をしろというのである。

その代わりにその別荘と多額の生活費を用意してあるという。

小声でルイザさんは説明した。


「このような場所で汚い孤児や病人の相手をするよりは私のもとでゆとりある暮らしをおくるのが男爵夫人のためだとおもうのだがね」

ケント伯爵は言う。


汚いってなんだよ。ここにいる子たちはみんなルイザさんがきっちりと世話をして、清潔だよ。お風呂も毎日はいっているし。


俺の女に手をだそうというのか。

食い殺してやろうか。

またサタンの声がする。

僕は頭を左右にふる。

怒りに支配されてはいけない。

こいつら悪魔の力はこっちが使いこなしてやる。


「前もいいましたけどそのお話はお断りします」

きっぱりとルイザさんがいう。


「なぜだ。このようなところで働くよりもわたしのところで遊んで暮らすほうがいいのではないか」

なおもケント伯爵は言う。


「なら、逆にききますがあなた様は魔王軍が攻めて来たときどうしていましたか?」

かなり怒りをおさえてルイザさんは言う。


「わ、私は亡き父と兄の残したこの家門をまもっているのだ」

どうやら痛いところをついたようでケント伯爵は若干あわてている。


なんだ、つまり家をついだだけでなにもしてないということか。こいつは偉そうにしているけど中身はからっぽなんだな。よるべきところが血統しかないのだろう。


「モードレッド伯爵様はわずかな仲間たちだけですでに四つも都市を解放したんだよ。それでそのとき、あなた様はなにをしていたんだい?」

にらみつけながら、ルイザさんは言う。

これは手厳しい。

どうやら彼は死ぬのが怖くてなにもしていないようだ。

王国のために戦う気があるなら瑞白元帥やアルが仲間になったときに来ていてもおかしくなかったはずだ。

だけどあのとき、アルタイルに手をかしてくれたのは麗華、イザール、瑞白元帥、アルだけだ。他の生き残りの貴族は誰も手を上げなかった。


「わ、私は家門をまもらなければいけないのだ。中興の祖といわれるアストリア王につかえたこの血統をたやすわけにはいかないのだ」

ケント伯爵はぶるぶると口をふるわせていう。

どうやら、彼がひそかにコンプレックスにおもっていることをつかれたようだ。

彼の正体は尊大な態度をとるわがままな子供にしかすぎない。


「ルイザさんは僕の大事な人なのです。それにここにいる子供たちや病気や怪我のある人たちにもなくてはならない人です。それに働くことに誇りをもつ人なのです。残念ながらケント伯爵のご要望はききかねます。もし、これ以上なにかお話があらのなら不肖このアルタイル・モードレッドがお聞きいたします」

僕はおちついて言う。

心に怒りはない。

いさとなれば悪魔王たちの称号をスキルとして使えばケント伯爵たちは跡形もなく消すことができる。

その力が僕に余裕を与えてくれる。


ケント伯爵はただぐぬぬっと血がでるほど唇をかみしめて、このロイド邸をあとにしていった。


ケント伯爵たちがいなくなったあと、ルイザさんはその豊満はおっぱいを僕の顔にあてて、ぎゅっと力いっぱい抱きしめた。

「大事な人だなんてこんなにうれしい言葉はないよ」

ちょっと泣きながら、ルイザさんは言った。

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