第6話 はじめまして、妹です

 昼下がりのオフィス街を一台のバイクが走っていた。緑色のフルカウル、スポーツタイプのバイクにスーツ姿の男性が跨がっている。

 風を切りながらビルの合間を走る。そうしている内に一軒のビルに到着した。

 ビルの側面、大きく口を開けた地下駐車場にバイクは入っていく。

 薄暗い地下。来客以外には使われていないのか、妙に駐車場は空いていた。


「ふぅ。こりゃスターカウントの頃よりでかい会社だな。真理のやつなんて会社と繋がってたんだ?」


 バイクから降りヘルメットを外す。善継はスマホで時間を確認すると、待ち合わせの十分前だった。


「たしか受付前だったな。もういるだろ」


 善継はサイドミラーを見ながらネクタイを直し身だしなみを確認する。今日は善継が参加するチーム、オルタナティブのスポンサー兼管理会社との打ち合わせだ。正式な契約、今後の活動や真理の言っていた新型のギア。話す事は山盛りだ。

 それに真理の妹である勇者や他のメンバーとも顔合わせもある。ヒーローになってからずっとスターカウントに所属していたせいか新鮮な気持ちだ。

 年甲斐もなくウキウキした気持ちでエレベーターに乗る。そして一階受付の前まで訪れた。

 周囲にはここの社員が行き来している。大きな会社なだけあって、スーツも善継が着ているものより一回りは高そうだ。


「流石二葉製薬。社員の給料も良さそうだな」


 ここは大手の製薬会社、二葉製薬。医療業界に疎い善継でも知ってるような会社だ。こんな大きな会社と仕事をするなんて初めてなせいか、今になって緊張してきた。


「さてと真理はいるかな?」


 周囲を見回し真理の姿を探す。小柄だから見つけにくい、と思っていたがむしろ逆だ。彼女の体型はここでは目立つ。

 向こうもこちらをこちらに気付いたようだ。


「来たか。時間通りだな」


 珍しく真理はスーツ姿だった。歳相応かもしれないが、小さな背丈のせいで妙にアンバランスに見える。


「すまん、待たせた。っと、君が……」


 真理の後ろを追う少女に目が移る。ブレザーを着た高校生だ。


「ああ、紹介しよう。あたしの妹の由紀だ」


「はじめまして、黒井由紀です。お姉ちゃんからお話しは伺っています」


 ショートカットの明るい雰囲気の少女だ。顔立ち、特に目は真理に似ている。しかし善継には二人が姉妹である事が疑わしかった。

 背だ。由紀は真理と違い年相応、百六十近い身長をしている。体型も同じく……いや、凹凸のはっきりした年齢以上の大人びた姿をしていた。


「よろしく。メタルスパイダー……八ツ木善継だ。しっかし本当に姉妹か? 真理、お前の方が妹に見えるぞ」


「よく言われる。だがあたしは自分の体型に不満は無い。妹は父親似であたしが母親似なだけだからな。正真正銘あたしが姉で由紀が妹だ」


「そうかい。まっ、姉妹なのは見てわかるさ。顔立ちとか似てる」


「あはは……。あっ、そういえば八ツ木さん、一つ聞きたい事があるんです」


 由紀が思い出したように善継の顔を覗き込んだ。清んだ瞳には善継の姿が映る。可愛らしい娘だ。勿論未成年に粉かけるつもりは無いが、思わず息を呑む。


「お姉ちゃんとどんな関係なんですか?」


「っ!」


 殺気に身構えメダルに手を伸ばす。心臓を直接掴まれたかのような悪寒に冷や汗が流れた。

 彼女が勇者だったのを思い出す。圧倒的強者、生きた戦略兵器、人類の最大戦力、そう呼ばれる怪物なのだ。

 魔物とは桁違いの威圧感に善継の身体が反応し警告する。

 そんな緊迫とした空気を真理が吹き飛ばす。


「ヒーローとメカニックだ。少しばかり交流のあるな。すまないな善継、由紀は少々シスコンとブラコン、あとマザコンとファザコンの気質があるんだ」


 そう言いながら由紀の頭を小突く。


「数え役満じゃないか……」


 フッと消えた殺気に肩の力が抜ける。


「由紀、あたしの人間関係を詮索しなくても良いから」


「でもお姉ちゃんに言い寄る人は絶対ロリコンだよ。変態だよ」


「成人してるんだから問題無いって。それよりあたしは由紀の方が心配だよ。こんな美少女女子高生なんだから……あっ、善継、手出すんじゃないよ。由紀はまだ十六なんだから」


「わかってるっての。十二も下の小娘に言い寄ったら犯罪だ」


 流石に十代はノーサンキュー。アラサーなのだから好みも相応だ。

 そんな事を考えていると由紀が興味深そうに話し掛ける。


「て事は八ツ木さんは二十八ですよね。お姉ちゃんから十年はヒーローやってるって聞いたんですけど、もしかして高校卒業したらすぐに?」


「ああ。卒業してヒーローになったから大学も行ってない」


「そうなんですね。私だったんで異世界に召還される前からヒーローになる訓練受けてたんです……少しだけですけど。高校卒業したらバイトくらいのペースでヒーローになろっかなって考えてて」


「ほう?」


 善継の目の色が変わる。今まで警戒していたが、興味が湧いてきた。


「ヒーローになる予定だったのか。なら異世界は楽だったんじゃないか? 勇者の中には力に慣れるまで時間がかかったって奴もいるし」


 一般人から勇者になった者と話した事はあるが、ヒーロー……の卵は初めてだ。どんな思想で異世界から地球に帰ってきたのか気になる。


「そうですね、魔物退治とかはスムーズにいきました。だけど正直良い気分じゃなかったです」


 物悲しげに視線を落とす。


「勇者のせいで地球に魔物が来ているのに、むしろ好都合だって。最低……」


「好都合か。魔物が減るのを喜ぶ気持ちは、わからなくはないが……。押し付けられる側はたまったもんじゃないな」


 勇者と言う戦力を得た上に、魔物は自分達のテリトリーから逃げていく。異世界人からすれば最高の状況だ。気持ちもわからなくはない。

 だが地球からすればいい迷惑だ。


「ですよね? だから地球に逃げる魔物にくっついて帰ってきちゃいました」


「そういえば由紀が見付かった時、魔物の群相手に暴れてたんだっけな」


 真理の苦笑いからして壮絶な光景だったのだろう。少し見てみたかったような気もする。


「異世界人も困ってるんじゃないか?」


「知りませんよ、魔物のせいで私の家族が危険に晒されてるんですから。召還した勇者がいなくなって魔物に国を滅ぼされてしまえば良いんです」


「成る程、家族想いだな。少々過激だが」


 家族以外はどうなっても良い、そんな気持ちが見え隠れしている。由紀の様子に真理もため息をついた。


「すまんな。元々家族以外を蔑ろにする傾向があったんだが、兄曰く勇者になって気が大きくなったんだろうって」


「アハハ。自信がついたと言うか、やっぱり家族の方が優先ですよ。こう言うのは良くないとわかってますが、人間の命の価値は個人差があります。親しい人を優先するのは当たり前です」


 由紀の価値観を善継は否定しない。彼女の考えは理解できるからだ。善継も人の子。同じ中年の人間だったら、見ず知らずのおっさんより父親を取る。


「…………とりあえず談笑はこの辺にして、お仕事の話しをしよう」


「そうだな。アポはとってあるから、このまま社長室まで行こう。由紀も行くぞ」


「うん」


 真理を先頭に三人はエレベーターへと向かった。

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