第5話 メタルスパイダー
挑発するように指を振る。かかってこい、そう言うように。
オークからすれば善継はただの邪魔者、障害でしかない。折角のお楽しみをフイにされた恨みは大きかった。
「フンガー!」
言葉にすらならない雄叫びを上げながら棍棒を振り回す。人間と同じ一対の手足を持っていながら彼の姿は獣そのものだ。
「離れてろ!」
善継が走り出し、真横に凪払われた棍棒を跳躍し回避。棍棒を踏み台にしオークの鼻先を蹴る。
頭を大きく揺らしながら後退るも威力はいまいちのようだ。すぐに善継を睨み返す。
「頑丈なこった。これならどうだ!」
指先に力を込める。すると僅かな光を反射し輝く何かが吹き出た。糸だ。それも細いワイヤー。彼はメタルスパイダーの名前通り、金属の糸を操るヒーローなのだ。
十本の指を小刻みに動かしワイヤーを絡めて何かを編む。そうして針を作り出し組み合わせ、蜘蛛の巣の形をした手裏剣が両手に生成される。
「切り裂け!」
高速回転し円盤状になった針の塊を投げる。 弧を描きオークの首を狙う。
だが流石にオークも見過ごす程のろまではない。投げられたのが武器だと察する知能は持ち合わせていた。軽々と手裏剣を弾いてしまう。
「甘い」
だがそれは囮。人間が持つものより遥かに大きな棍棒を振り回すも、内側はがら空きだ。
「セイ!」
真っ直ぐ突き出す右ストレート。善継の拳はオークのでっぷりと肥えた腹に突き刺さる。
しかしオークは笑っていた。
腹の脂肪が分厚過ぎた。柔らかく弾力のある肉に強靭な皮膚に受け止められ、拳が内臓まで到達していない。
「キヒっ!」
余裕綽々といった様子で棍棒で善継の頭を殴る。
「!」
咄嗟にワイヤーで蜘蛛の巣型の盾を編む。正面から受け止めてはいけない。力の差は歴然、まともに受ければ防御の上から潰される。
盾を斜めに、角度をつけて受け流す。後ろに跳びながら、衝撃を逃がしながらいなす。
腕に、骨の髄まで響くような怪力。それでも善継は怯まない。
連続で振り回す棍棒を受け流しながら隙を探る。
「フン!」
大きくバットのように握りフルスイング。その大掛かりな動きを善継は見切った。オークの股下をスライディングで潜り抜け、背後に回り込む。
「まだまだ……」
その最中両足にワイヤーを絡め、立ち上がるのと同時に引っ張る。
オークはバランスを崩し前のめりに倒れた。
「さて、下ごしらえだ」
起き上がるまでの僅かな時間、指先から周囲に糸を飛ばす。
「……グゥ」
起きたオークの目には怒りの炎が燃え上がっていた。ダメージは無いに等しい。しかしちょこまかと動き回る善継にペースを握られているのが腹立たしかった。こんな雑魚におちょくられているなんて、とでも思っているのだろう。
「簡単にはいかないな。勇者なら最初の蹴りで頭消し飛んでいたのに」
怒りに燃えるオークを見ながら善継は仮面の中でため息をつく。己の非力さに、勇者に劣るヒーローの力に虚しさを感じていた。
だがヒーローの力は魔物に劣っている訳じゃない。最低限、対等に戦える武器としては機能している。今巻き込まれていたカップルを守る力はある。それだけでも充分だと言い聞かせる。
「ガアァァァァァァ!!!」
それは叫び声ではなく獣の咆哮。棍棒が善継を磨り潰そうと迫る。
だが善継も見えている。棍棒を避けて跳躍、ワイヤーを散らしながら再びオークの背後に回る。今度は自分の背を向けたまま。
凶悪な魔物は振り向きすぐさま善継を襲おうと棍棒を振り上げ走る。
「!?」
しかし一歩踏み込んだ瞬間、オークの身体は身動き一つとれなくなった。
「悪いな。もう俺の巣の中だ」
ワイヤーが全身に絡み付いていた。棍棒にも、手足にも。大量のワイヤーがオークを拘束している。
「糸使いだからな。本当ならこのまま切り刻むってのをやりたいんだが……残念ながら俺の糸じゃお前を切れる細さと強度が足りない」
左手の指が震えている。オークを拘束するワイヤーは片手でコントロールしていたのだ。
空いている右手は変身アイテム、スピリットギアのレバーに添えられていた。
「さてと。片付けだ」
『Finish!』
再びレバーを回しギアが叫ぶ。善継の右手にワイヤーが集まり、蜘蛛の頭を模した手甲が形成された。
「くらえ!!!」
蜘蛛の牙、鋏角を伸ばしオークの胸に突き刺す。
「!?!?」
深々と肉を貫く二本の刃。だが刺すだけでは終わらない。
「さっき言ったよな。俺は糸でお前の分厚い皮膚を切る事はできない。だけど中身はどうかな?」
「グフ……」
突き刺さった鋏角を引き抜く。ブチブチと何かを引き裂く感覚が伝わる。その先端からは何本ものオークを拘束していたものより細いワイヤーが体内に繋がっていた。傷口からワイヤーを伝い血が垂れ、地面に赤い水滴が落ちると同時に黒い塵へと変化していく。
「フン!」
残りのワイヤーをオークの体内から引きずり出す。血に染まった金属の糸。内臓に極細のワイヤーを絡め切り裂いたのだ。
口から血を吐きながらオークは倒れると、足先から黒い塵となって霧散していく。
魔物は死ぬと肉体を残さない。黒い塵となって消えていくのだ。
善継はオークの死亡を確認し一息。カップルの二人の方を見ると、彼らもお互いに顔を見合せ喜んでいた。
「仕事完了。二人とも無事か?」
ワイヤーに残った血が消えていき、手甲を分解しながら駆け寄る。
男性の方は胸を押さえながらフラフラと立ち上がった。
「オークからしたら軽く小突いたとしても、人間からすれば馬鹿力だ。一応病院で診てもらった方が良い」
「あ、ありがとうございます。あんた、ヒーローだよな? どっかで見た事がある。確か……」
男性はまじまじと善継を爪先から頭のてっぺんまで見る。
「そうだ、スターカウントのメタルスパイダーだ。ダークヒーローランキング三位の」
「ああ、あの悪そうなデザインだけど三下っぽいってコメントついてた」
「うぐっ……」
善継は思わずたじろぐ。
「そうなんだよな。このドレットヘアみたいな頭がどうも……じゃなくて」
軽く咳払いをし、姿勢を正し親指を立てサムズアップを二人に向けた。
「スターカウントは辞めてね。今度新しいチームに参加する事になったんだ。オルタナティブってとこ。来週には公式SNSも開設されるから、応援よろしくな」
「は、はぁ……」
「うっし、宣伝と営業もオッケイ。じゃあ救急車は俺が呼んどくから。彼氏君も骨にヒビ入ってるかもしれないから動くなよ。彼女ちゃんも側にいてやってくれ」
ワイヤーを飛ばし跳躍。月を背に黒い影が街の闇へと消えていった。
魔物を喰らう銀色の蜘蛛。その糸に囚われれば命は無い。
ヒーロー、メタルスパイダー。新しいチーム、新しいスポンサー。それらが彼をどう扱うのか、善継は想像していなかった。
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