第3話 仲間からの申し出

「司令官?」


 想定外の依頼に首を傾げる。予想とは違った要望に驚く。

 善継はヒーローとして十年は働いているベテランだ。怪我による引退や殉職の多いこの仕事の中ではかなり珍しい。歳も二十八とまだまだ現役なのだから、最前線の戦力として求められているのだと思っていた。奇妙と言うか違和感に疑念が心の片隅に浮かぶ。

 その疑いの目に真理も気付いている。


「そう。正確には勇者のフォローと対魔物戦闘の教官、指揮系統統括って感じかな」


「妹さん、非戦闘型の勇者なのか?」


「あー、一応荒事向けだけどね。戦術面ではからっきしだかし、追加でヒーローもいるのよ。その辺のフォローかな」


「ヒーロー? って事は新人か」


 そういえば勇者を看板にしたチームだと言っていた。真理の妹以外にも人員がいるのは想像に容易い。

 善継のような経験者が新人教育に回るのも納得できる。


「まあね」


 しかし真理の顔色は優れない。何か思い詰めたように口ごもりながら視線を反らす。

 妹か新人ヒーローか、もしくは両方に問題があるのか。自分から依頼しに来たのにいまいち乗り気ではなさそうだ。


「どうしたんだ? 何か問題があるのか?」


「…………」


 真理は頭を掻くと善継のメダルを一瞥する。


「善継、ヒーローって何だか知ってるか?」


「何だよ藪から棒に」


「答えて」


 善継は一瞬戸惑うも頭の中で知ってる知識を整理する。


「勇者の力を科学で再現した者……だろ? 異世界に召還された勇者は身体に精霊が混ぜられるからな。だけど地球では存在を維持できない精霊をこのメダルに定着、間接的に精霊の力を利用しているのがヒーローだ。こいつを使ってな」


 善継はおもむろに何かを取り出した。回転レバーとメダルをはめる隙間のついたブレスレット。遠目から見れば商品の無いガチャガチャのようにも見える。

 変身ブレスレット、スピリットギア。これを介する事で勇者でなくても精霊の力を使う事が出来るようになる。


「そうだ。一方勇者は異世界へ召還される際身体を粒子まで分解、異世界で再構築しその時に精霊を混ぜる。複数体のな」


 メダルを善継に投げ渡す。


「そこが勇者とヒーローの力の差になっている。あいつらは複数のエンジンと燃料タンクを持っているようなもんだ。しかも精霊を身体に混ぜるのは召還魔法を間に挟まないといけないし、地球では勿論不可能。更に異世界に行く方法は召喚のみときたもんだ」


 真理の口調が少しばかりイラついたようになる。


「なのに異世界人は自己都合で呼ぶだけ。酷い話だろ?」


「だな。こちらから意図的に勇者を生産できないのは痛い」


「そうだ。しかも異世界から地球へ移動する手段だけは何故かある。そうして異世界で勇者が暴れた結果、魔物達が地球に追いやられたのが今の状況だ。まるで山から人里に降りてきたクマのようにね」


「何もかも異世界人のせい……か」


 善継も頭が痛そうにカウンターに寄りかかる。


「っと、話しが逸れたな。……そこであたしは新しい変身アイテムを作ったんだよ」


「はぁ?」


 驚きを隠せなかった。ただでさえこのスピリットギアも帰還した勇者の協力でようやく開発された代物だ。いくら彼女がヒーロー関係の技術者だったとしても、そんな簡単にいくはずがない。


「いやいや。そんなのホイホイと作れるかって。スピリットギアも細かいバージョンアップはしても新規の装備は作られていないんだ」


「それをやったんだよ。まあ、あたし一人じゃないし色々不完全な部分はあるがな」


「…………信じられん」


「信じるかは任せる。とにかくあたしらには善継が、メタルスパイダーが必要なんだ」


 まっすぐと善継の目を見る。

 歳不相応に幼く見えるも、彼女もヒーローの戦いを間近で見てきた。魔物達の被害を、戦い散っていったヒーロー達を知っている。真理が冗談でこんな事を言うとは思えない。


「本当に俺でいいのか?」


「ああ。現役かつ信頼性を考慮した結果、善継が適任だったんだ。頼む、力を貸してくれ」


 腰を曲げ頭を下げる。彼女が人に頭を下げるなんて初めて見た。


「勇者にでかい顔をさせるのはもう沢山だ。あいつらのせいで地球に異世界の魔物が流れてきて、助けるふりして暴れているだけの連中だ。必死に地球を守ろうとしている一部の勇者とヒーローに泥を塗るような奴には負けたくない。お前もそうだろ?」


「それは……」


 真理の言う通り善継も身勝手な勇者に良い印象は抱いていない。

 勇者達の中には異世界に定住する者がいる。超常の力を手にし人々に甘やかされる世界を楽しむ者はいよう。しかしそれでも地球に帰る者は少なくない。故郷を懐かしむ者もいれば、文明の利器を求めて帰る者もいる。

 当たり前だ。力を存分に振るえるなら機械技術の無い異世界より地球が良い。


「お前達を追い出した勇者、たしかハルトとか呼ばれてたな。あいつも異世界の奴隷の女の子をつれ回して、やれ平穏に生きたいだのふざけた事をぬかして。ならフリーランスでやれってんだ」


「あー。そんなの多いよな。こんなの普通だとか言って山半壊させたりとか」


「だろ? なぁ、協力してくれよ。給料は悪くないぞ」


 覗き込むような上目遣い。男としてはこんな目を向けられ揺らがないはずがない。

 彼女でなければ。


「んな視線を向けても無駄だって。色気の欠片も無いんだから」


「ハッ。あたしに欲情するのならただのヘンタイだ。まあ法的に問題は無いんだが」


「そういやそうだったな。まっ……」


 カウンター越しから真理の頭を撫でる。いや、撫でると言うより揺さぶるようだ。


「こっちにとっては渡りに船だ。喜んで協力するよ」


「本当か!?」


「嘘はつかないよ」


 メダルを指で弾き握りしめた。笑いながら、手の中にある金属片に熱がこもる。

 何の為にヒーローになったのか、考えれば断る理由は無い。

 地球を人々を守る盾となる。その為に戦い続けてきた。そしてこれからも……

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